その先へ 2 その変わり目 第六話
食欲が満たされた。最近の満たされ方、半端じゃない。君のご飯は、腹がいっぱいになるってだけじゃないからね。一人飯との落差を感じるけど、まあ、そんな時でも、できるだけ、美味いものは外さないようにはしてる。一人でトライして、今度、二人で行く、みたいなね。その為に、無駄にしないようにとか。朝も早めにカフェに行ったりね。スタンスは変わらない。三年前から、なんとなく、そんな動き方してきたんだよね。なんとなく、一緒に、そんな感じにできそうな気がしてたから。
君がキッチンでエプロンして、茶碗洗ってくれてるなんてね。水音まで、気持ちがいい。自分以外が、キッチンで水使うって、まあ、なかったことでもないけど、すごい、久しぶり。先日まで、夢のまた夢、っていうか、数時間前までは、だよ。
「スーツから、着替えた方がいいんじゃないかな?」
・・・って、実は、言えてない。着替えるタイミングって、どうなってるのかなって。
元カノは、もう、一緒に居過ぎた感じで、その場でバッとやってて。
まあ、そうなんだよね。結婚寸前まで行ってるんだから、そうなんだろうと思う。そこにはもう、意識も何もないよね。・・・色々とあって、三年前に、別れてる。
「これで、少し、乾かしておきますね。後でいいかな」
「・・・明日でいいよ」
「あ・・・」
「というか、後で、こっちでやっとくから」
「このまま、取り易い所に並べて、普段使いでいいですよ。このグラスも、お皿も、小鉢と御揃いの大鉢も」
「そうかあ。じゃあ、取り易い所、だね」
「そうですね」
「卯月さんの」
「え?」
「ね?」
小首傾げた。照れ乍ら、また、頬が赤くなった。
ほーら、もう、近いぞ、距離が。時間もいいよ。
もう、泣いてもいい時間だしね。俺しか、いないから。
「スーツ、辛くない?楽な恰好、持ってきてないの?」
言えたぞ。
「あるけど・・・」
「何?着替えるなら、向こうの部屋でやったら?俺、こっちにいるから」
「・・・」
ん?・・・困ってる、のかな?
でも、顔、困ってない感じ?どっちだ?
何か、言い淀んでる?・・・あ、そろそろ、そういうことかな。
ひょっとして。
「お風呂使ってもいいよ」
「えー」
「もう、そろ、でしょ?」
「・・・わぁ、なんだか、エスパーみたい」
「そう。卯月さんも、そういう時あるよ。俺と同じこと考えてること、口に出してくれてたり。まあ、そんなの、いちいち、言ってないけど・・・って、冷めないうちに、お風呂どうぞ。沸いてるから」
「いいんですか?」
「いいよ。もう、入ったら?」
「・・・お世話になります」
「お世話致します。・・・お風呂のご説明致します。お客様」
「・・・はい」
ふざけるのが、一番の照れ隠しだったりするよね。もう、得意技。
「ああ、うちのと同じタイプでした」
「じゃあ、使い方は、大丈夫だね」
「後は、必要なものは、持ってきてるので」
「そう、じゃあ、後は、気楽に、自宅と同じにやってください。ここに、タオルとバスタオル。これぐらいはあるから。後、あっちの、リビングの奥のドアね、俺の趣味部屋兼寝室だから、そっちにいるから、終わったら、ノックして入ってきて。ドライヤーも、ここにあるから、ご自由にどうぞ」
「はい、ありがとうございます。使わせてもらいます」
脱衣所を退出。彼女は肩掛けバック大を持ちこんだままだな。
やっぱり、「お泊りセット」・・・あれがそうだ。
で、彼女と入れ替わって、入るかな。
って、確か、俺、帰ってきて、すぐ、シャワー浴びたんだ。
入ったんだよな。じゃあ、いいんだ。いいよな?
各所、臭いとか、確認・・・。うん、いいかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちょっと、遅いかな。でも、ないか。
30分とかって、当たり前に入るから。
トントン・・・
来た。ノック。
「すみません。手がいっぱいで、開けてもらえますか?」
「はいはい」
「あー、そうか、ごめん。スーツ、これにかけて」
ハンガーを渡す。
なんか、また、脱いだスーツの所為で、大荷物になってる。
・・・って、ほっぺ赤い。スッピンなのかな?全然、変わんない。
って、普段から、あんまりメイクしてないんだな。
へえ。唇だけが、ノーメイクって感じかな。
それも、いい感じなんだけど・・・。
ハンガーにスーツを掛けたのを受け取る。何気に、俺のスーツの隣に掛ける。
「ここで、いいよね?」
「はい、すみません」
いいねえ、俺の部屋に、彼女の通勤着が・・・俺のスーツの隣に掛かってる。久しぶりだな、こういう感じ。
「後は、いいかな?掛けとくものはない?」
「はい、ありがとうございます。後、荷物は置かしておいてもらって、いいですか?」
「いいよ、どこでも置いて」
「うちに比べれば、広いから・・・、置いたとこ、忘れないようにしないと・・・わあ、壁いっぱいに、本とか、CDとか、色々ありますね」
「これでも、好きなの厳選なんだけどね、増えたな、これも」
「ふーん、なんか、いい感じですね。お気に入りなんですね。これ全部」「なんか聴く?」
「ああ、なくても、いいかも・・・」
「そう?」
「はい、なんか、ありすぎて、見るだけで、なんだか、満喫です・・・」
デスクの椅子に掛けてたけど、何気にベッドに横になる。
瞬間、目が泳いだね。
「ここ、掛けたら?」
「いいんですか?」
「うん」
そうなんだよね。着替え、ひょっとして、これ、部屋着じゃなくて、寝間着だったのかな。慌てて、出て来てくれたから、取るもの、とりあえず、みたいな?食事とお酒の気遣いから見たら、自分のことは、後回しなのかな?なーんか、どっちかなあ。解るのは、元カノなら、自分の設えを優先してたな、多分。それでも、全然、構わないんだけどな・・・。多分、前者優先が、卯月さんなんだろうけど。
あれだね。流行りっぽいのかな。ショートパンツに、Tシャツなのかな?上にガウンみたいに長いの、羽織ってる。これは、薄手だけど。ひざ下まで隠れる感じの。中のは、黄色っぽい感じかな。ガウンは、薄いオレンジかな。見ようによってはピンクかな。本当に家で着てそうだな。
「ごめんなさい。いつも、家で着てるの、持ってきちゃって」
やっぱし。
「いいよ。俺もそうだから、これ」
まあ、UNAGAだから、少し、いいやつだけど。
やっぱり、そんな感じだったんだろうなあ・・・。
「それが一番、リラックスだもんね」
「はい。手に取ったのだから、なんか、可愛くないので、ごめんなさい」
「・・・可愛いの、って、それ、逆にあるの?」
「あー、そういうんじゃなくて、ないです。ない、ない、全然」
「そんなに、否定しなくても、いいじゃん」
耳まで赤くなってる。あああ、もう、いい筈なんだよね。
・・・どうしようかなあ。
「うーんと、なんだったか。話、あったよな・・・」
「ああ、中野、行けてなくて、ごめんなさい。土曜日も違くて・・・」「え?ああ、サットンね。いつでも、いいじゃんか、食べたい時で。・・・食べたいの?」
「うーん、今は、いいかなあと」
「俺も浅井で、満足したからね。しばらく、サットン熱も収まってるかな」「ああ、そう。後、ドライブのこと」
「ああ、そうだ、それね。どこら辺がいいかなあ」
これね。ドライブ日帰りって、前提があったよね。
でもさ、多分、これで、どうでもいい話になるよね。
日帰らなくて、良くなっちゃいそうだし・・・。
「こっちの方では、あんまり、ドライブしたことなくて。西都の方は、友達が住んでて、よく連れて行ってもらって」
「友達?・・・元彼じゃないの?」
「わあ、違います」
おー、瞬間大否定で、首を振ったぞ。
んー・・・、却って、怪しいかも・・・。
「・・・んで、お友達と、西都は、どの辺、回ったの?」
「旧都周辺から、更に西とか、諸島部をちょっと、かな」
「なるほど。山に、海にって、色々、地形が入り組んでるから、観光スポット、西は多いんだよね」
「東都周辺は、どうしても、平坦でって、西の人には言われて」
「ふーん、西の人、なんだ・・・」
「あ」
「何?」
「なんでも、ないです」
「何かな?ひっかかってるでしょ?今」
「っていうか、貞躬さんが、ふーん、っていう時は、関係ない、って考えてる時」
「アタリ。それ男が言った言葉でしょ?運転手は男」
「あ・・・」
「見えない過去は関係なし。だから、こっち、もう、ベッド上がっちゃって」
「・・・」
「退いてる?」
いきなり、言っちゃったよ。・・・ううんと、首を横に振った。
隠せなかったね。いつまで、付き合ってたのかな?
いないわけなかったわけで・・・、当たり前じゃん。
今、フリーで、御の字なぐらいなんだから。
・・・で、もう、ごり押しついでに。
「おいで、ここ、隣」
ゆっくり、足を回して、ベッドに上がる。素直だね。
大丈夫だよ。ゴーサインが出なければ、俺は動けないから。
少し、近づいたね。
「はい、これ、卯月さん専用ね」
あああ、驚いた顔。まだ、隣に来ないね。
少しある距離から、腕を伸ばして、ポンと、枕を渡してやる。
それを受け取ると、しばらく見てから、顔を上げる。
赤くなって、・・・来たかな。目が潤んできてる。
「いいよ、待ってるから」
ゆっくりと、いざって、枕抱えて・・・やっと、隣に。
「長旅、お疲れ様」
また、複雑な顔してる。ちょっと、笑ってる?泣きそうだけど。
「これさ、俺も同じのなんだよね。使ってみたけど、まだ、コロコロしてて、頭落ちるんだよね。まあ、最初は仕方ないから、慣らすしかないね、ほら・・・でも、失敗したかな?」
横になって、見せると、首を横に振ってる。
いいから、寝てみ、って感じ。あ、今度は、素直だ。
ちょっと、観念したかな。
んー・・・スッと、薄掛けの中に、身体が入ってきた。
「落ちちゃうけど、どっかに、収まるとこがあるのかも・・・
あれ・・・?」
「ほら、でしょ?」
「そうですね」
ストンとね。枕が頭の上に逃げる。こんなやつだったのかな?
動くと、身体が触れる。
「多分ね、こうすれば、いいかな」
頭を乗っけ直した所に、枕の端、首の下に、腕を通す。もうね・・・。
「ああ、それ、ダメなやつ・・・貞躬さんが疲れちゃう」
「多分、お試しで、長くしないよ」
もう、口元、両手で抑えて。身体固くしてるの。
守備堅固で。想定の定石で。
「嫌?」
「・・・」
「困ってる?」
「・・・ん、うん」
「大丈夫、腕、こうするだけ」
「・・・はい」
「はい、って・・・」
クスクスと笑けてきた。お互いに、なんとなくね。
「ごめん、もう、触ってもいい?」
「・・・んー」
「下、腕が入ってるから、・・・横向いて、こっちの腕、被せると、こうなる・・・」
あああ、潜った。顔、薄掛けで隠してる。
「逃げちゃうの?」
「・・・えー、逃げてない・・・っていうか、逃げらんない・・・」
「そうか、そうだね・・・顔、見えないのはね、・・・寂しいかなあ」
クスクス、笑ってる。
「だって、近い」
「そうだね、もう、仕方ないでしょ」
「・・・んー」
あ、少し覗いてる。おどけた顔してみせると、また、クスクスと・・・
「少しだけ」
身体をそのまま、触れていた所を捕まえる。
・・・ん?案外、抵抗なしで。そのまま、力を入れて、引き寄せる。
「あ・・・」
「ダメ?」
「・・・ゆっくり、」
「はいはい・・・」
ついに、抱き締めたぞ。
~つづく~
みとぎやの小説・連載中「その先へ 2 」守護の熱 第十八話
お読み頂き、ありがとうございます。
大きな変わり目が訪れかけておりますが、
今回は、この辺で。
次回は「彼女の心情」です。
これまでは、貞躬君視点でしたが、次は彼女の視点からです。
お楽しみに💜
この前のお話は、こちらからになります😊✨
宜しかったら、未読の方は、お勧めです。