もみぢ葉 最終回 ~艶楽の徒然なる儘
ドンドン、ドンドン
「はいはい、どうぞ」
ガラガラ、ガラガラ・・・
「ケンさん、今日も、興業なんだろう?・・・なんだい?そう、毎日来なくったってねえ。ちゃあんと、やってるんだから、」
にっこにこ、の笑顔、・・・は、いいんですけど、
腹の中、どうなってるんですかい?師匠。・・・狸だったんですかい?
「なあに、怖い顔して?見栄の練習かい?そんなの、稽古場でやっとくれ」
「・・・」
「なんだい?ケンさん?黙りこくって、ほんとに。具合でも悪いのかい?」
「・・・あっしだって、馬鹿ばっかりじゃねえんすから・・・」
なんていうのか、・・・庵麝先生のこと、解ってるんですかい?
庵麝先生を、その、男の純情ってのを・・・
「・・・もう、なんか、変だねえ。今日のケンさんは。まあ、いいから、あがんなさい」
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「申し訳ねえです。手ぇ、止めさせて・・・」
「ほんとだよ、描けっていったのは、ケンさんだよ。ああ、昨日の夜ね、短いのだけど、本の方も描いてるからね。悪いけど、これ、書物屋の和賀次んとこ、もってっておくれな」
人情本の元原稿だ。あの頃みてぇじゃねえですか。
「師匠・・・描けるんですかい?」
「え?描けてるでしょ?これ、」
「・・・庵麝先生は?」
「え?」
「とぼけないで、おくんなさい、師匠」
「なぁに、怖い顔して、庵麝先生が、どうしたってんだい?」
あれぇ・・・。
「その・・・庵麝先生が、気に入りで、だから、安楽寺の山もみぢを・・・」
師匠、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。
「そうなのかい?・・・はあ、そうだったのかい?」
「知らなかったんですかい?」
「うん、気に入りとは、知らなかった」
「あ、そう・・・」
師匠・・・?
「ああ、そうかい・・・随分、ケンさんには、気を揉ませたみたいだねぇ」
「えっとぉ・・・描けなくなるから、師匠は、旦那ができると」
「ふふふ・・・」
師匠は、笑いながら、赤の絵の具の粉を、鉢で削り潰し始めた。
「ああ、あっしがやります」
「御弟子みたいじゃないか」
「そんなもんですから・・・」
あっしが、すり鉢を受け取ると、また、うっふっふ、って、
昔の売れっ子の頃みてぇに、
「庵麝先生、気に入りだったんだねぇ、それは気づかなかったねえ・・・」
「あっしも、診療所の書庫で、師匠の本見つけて、初めて知ったんですけど・・・」
楽しそうに、くすくすと、笑い始めた。
「・・・つまり、どういう仲だか、知りたいんだね?」
「あ、いや、その・・・まぁ」
「また、ケンさん、一人で勘ぐってたんだろ?」
「・・・っていうか、庵麝先生が・・・」
「まぁ、あのお人が、あんたに小細工、頼むわけないのは、解ってるからね」
「あああ、じゃあ、師匠は、庵麝先生のお気持ちを」
「うーん、もう、数年前にね」
「ええっ・・・」
「ってね、本人の口から聞いたんじゃないよ。そんな素振りするからね」
「はあ、じゃあ、解ってたんですか?」
「じゃないの、かなって」
「なのに、団子、袖にして」
「まあねえ」
え、確信犯だったってことですかい?
「もみぢ葉がね、あったからね、でも、本当の気に入りだったとはね・・・」
えーーーっ、じゃあ、庵麝先生、見限られてた、ってことですかい?
師匠は、あの団子の意味が解ってて、わざと、あっしに寄越してきたってことですかい・・・はぁ・・・。
「あの、師匠、・・・つまりは、庵麝先生じゃ、駄目ってことですかい?」
「・・・うーん、描いたら、描けちゃってるからねえ、勿体ないじゃないか、描けてるのに・・・」
「まあ、そうですけど・・・」
解ってるんだよなぁ、師匠も、きっと。
「ふふふ、本命になったら、描けなくなるからね」
あ・・・
「まあ、面倒臭いから、仙吉さんがいるって体でね、先生の話に乗ったんだよ。・・・あの人ったら、気が弱いからね。診立ての時、あたしに触れるのに、手が震えてて、可哀想なくらいで・・・」
ああ、ほんとだ。師匠、解ってて。・・・何やってんだい、二人して。
「・・・あの、それで、いいんですかい?」
「え?・・・まあ、いいんだよ」
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「・・・先の愉しみがあれば、命は繋がる。艶楽が、一番喜んで、本でも、絵でも、描き続けられる、その心持で、居続けることが肝要で・・・」
「艶楽が笑って、楽しく、描いていてくれれば、私は、その姿を時々、見られれば・・・」
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「どうしたんだい?・・・ケンさん、何、泣いてんだい?」
ちくしょう、なんか、涙が出て決まったぜ・・・
もう、勝手にしろってんだっ・・・
あ・・・でも、あっしは、諦めが悪いんで、
「じゃあ、その絵は、誰の為に描いてるんですかい?」
「・・・そうさねえ・・・貰ってくれるお人の為だねえ・・・あ、それ、もう、いいから」
そういうと、師匠は、絵の具の鉢を受け取ると、あっしの頭を撫でた。
「泣き虫は、変わんないね。ちっさい時からね。ふふふ・・・」
なあんだ、もう、大人の駆け引きってのは、あっしには、よく解んねえが・・・まあ、芝居の為には、いいかもしれねえが・・・。
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この晩秋には、久しぶりに、艶楽の風景画が完成し、小品集の人情本が出された。そこそこ、巷の噂に上り始めた。千部振舞までには行かなかったが、艶楽は、これを機に、作家活動を再開することができた。
研之丞は、役者として、一皮剥けたようで、女役から男役に抜擢され、客の入りも、女役の時さながら、満員御礼となった。
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「では、この薬を。前と変わらずに、飯の後に忘れずに」
「時に、先生、研之丞の新作、御覧になりましたかい?」
「あ、いえ、この所、診立てで、忙しくて」
「じゃあ、お手隙の時に、ご一緒しませんかい?」
「え?・・・あ・・・」
「ああ、お武家のお嬢様とおいでなら、あたしは出る幕では・・・」
「ああ、いえ、行こう。明日、診立てを休みにする」
「うふふ、ご無理なさんな、先生」
「無理ではなく・・・その・・・」
「まあね、たまには、研之丞の芝居もね、観てやらないとね」
「もみぢ葉」~完~
みとぎやの小説・連載中 艶楽の徒然なる儘「もみぢ葉」最終回
お読み頂きました皆様、ありがとうございました。
この段は、完結致しました。スキ💜を下さった皆様のお蔭です。
そちらにも感謝、ありがとうございました。
晩生の庵麝先生、いいですね。
艶楽師匠は、いちいち、揶揄っていたのですね。
研之丞は、そんな二人をなんとかしようと躍起になって。
このシリーズで、そんな人の可愛い気みたいなものが
表わせればいいなと、描いている最中に思いました。
全体を通しての物語は、まだまだ、続く予定です。
また、よろしくお願い致します。
このシリーズは、こちらのマガジンから、纏め読みできます。
宜しかったら、ご一読、お勧めです。