手作りチョコレート (1分小説)
今年も、バレンタインデーが近づいてきた。
この季節になると、毎年、森中製菓株式会社の女性スタッフたちは、自社製菓商品を購入するよう、会社から再三、圧を掛けられる。
しかし、中には「社内割引で格安になった商品なんて、失礼で男性スタッフには渡せない」という女性もいた。
「そういう人って、結局、手作りチョコをくれるんだけど、だいたいが、既製品を溶かして型に入れて、固めただけのものなんだよな」
僕と同期の西森信吾は、営業成績トップで分析力に優れている。
「うん。たいして手間は掛かってない」
同じく同期の田辺政明は、自他とも認めるイケメンで、彼らは毎年、いくつものチョコをもらっている。
「おまえはどう思う?」
仕事も恋愛もダメ社員な僕を、からかうつもりだ。
「最近、リモート会議で知り合った女性スタッフが、手作りチョコを送ってきてくれてね。すごく手間が掛かっていて感激したよ」
僕は、胸ポケットから、いびつなハート型のチョコレートを出した。
「えっ?これ!?」
「感激できねえよ」
同封されていた手紙も見せてやった。
『たべてね』
下手くそな字。
彼らはドン引きしている。
そろそろ時間だ。
「ふたりとも、今まで、見捨てることなく一緒にいてくれてありがとう。ガーナ支社に行っても忘れないよ」
左遷である。
サラリーマン社会、ここからの巻き返し、出世はあり得ない。
でも、僕には、彼女とカカオを栽培する日々が待っている。
それもまた、幸せではないか。
僕は、力強くスーツケースを引いた。