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紡ぐ

8
自分の書いた、少し長めの文章
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2020年11月の記事一覧

私も「キノコがかわいかった」と言って笑いたいと思った。

私も「キノコがかわいかった」と言って笑いたいと思った。

「そう。彼、5日間研修に行ったのよ」

彼のお母さんが言う。
その先に続く言葉を、息を呑んで待った。
落ち葉を巻き上げていた風が、一瞬止んだような気がした。
彼と職場が合わなかったらどうしよう。
嫌だと嘆いていたらどうしよう。
記憶にある彼を思うと心配ばかり浮かぶ。
けれど、続いた言葉はこうだった。

「毎日『キノコがかわいかった』って帰ってくるの」

よかった。
心からそう思った。
彼が「幸せだ

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『注文の多い料理店』には遅効性の毒が盛られていた。

『注文の多い料理店』には遅効性の毒が盛られていた。

宮澤賢治が苦手だった。

現実味がなくて、かと言ってフィクションとも言い難い生々しさを持っていて、
ふわっと終わる彼の小説は私の好みではなくて避けてきた。

しかし私は彼に変えられる。
たった半年で「自分の文章」を書くまでになる。
『注文の多い料理店』で想いを知り、
『なめとこ山の熊』や『よだかの星』で涙した。

時間を越えて蝕む呪いのような魅力を、ここで紹介したいと思う。
あわよくばこれを読ん

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舌打ちから「想像力」を学んだ話

舌打ちから「想像力」を学んだ話

「チッ」

舌打ちが聞こえる。
それは明らかに私に向けられたものだった。
普段なら気にしながらも「ままあることよ」と流せるのだが、そのときばかりはできなかった。なんたって原因が分かっているから。
罪悪感に潰されそうになりながら、私は電車に乗り込んだ。

電車は苦手だ。
特に朝なんて悪意が飛び交うように見える。
大勢が詰まった箱の中で多くの思惑が絡み合う感じがする。
絡まってもつれて、解こうと強引に

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