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うわのそら
2020年11月30日 21:50
「そう。彼、5日間研修に行ったのよ」彼のお母さんが言う。その先に続く言葉を、息を呑んで待った。落ち葉を巻き上げていた風が、一瞬止んだような気がした。彼と職場が合わなかったらどうしよう。嫌だと嘆いていたらどうしよう。記憶にある彼を思うと心配ばかり浮かぶ。けれど、続いた言葉はこうだった。「毎日『キノコがかわいかった』って帰ってくるの」よかった。心からそう思った。彼が「幸せだ
2020年11月23日 20:40
宮澤賢治が苦手だった。現実味がなくて、かと言ってフィクションとも言い難い生々しさを持っていて、ふわっと終わる彼の小説は私の好みではなくて避けてきた。しかし私は彼に変えられる。たった半年で「自分の文章」を書くまでになる。『注文の多い料理店』で想いを知り、『なめとこ山の熊』や『よだかの星』で涙した。 時間を越えて蝕む呪いのような魅力を、ここで紹介したいと思う。あわよくばこれを読ん
2020年11月16日 15:43
「チッ」舌打ちが聞こえる。それは明らかに私に向けられたものだった。普段なら気にしながらも「ままあることよ」と流せるのだが、そのときばかりはできなかった。なんたって原因が分かっているから。罪悪感に潰されそうになりながら、私は電車に乗り込んだ。電車は苦手だ。特に朝なんて悪意が飛び交うように見える。大勢が詰まった箱の中で多くの思惑が絡み合う感じがする。絡まってもつれて、解こうと強引に