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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#034



元歌 北島三郎「与作」

女房ははたを織る
トントントン トントントン
気だてのいい嫁(こ)だよ
トントントン トントントン


おせちの人気者
栗きんとん 栗きんとん
最初に無くなるよ
栗きんとん 忽然とん




とうとう年が明けてしまいました

……

正月は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

……

気持ちはわかります

確かにその通りなのでしょう

でも、元旦からわざわざそんな事をいわなくてもイイんじゃないの? とも思ってしまいます

おせちだ、雑煮だ、お年玉だと盛り上がってる人たちに、場が凍りつくような真実を突きつけてしまうなんて……

性格が悪いのでしょうか?

♫ すきすきすきすき すき すき 愛してる ♪

♫ すきすきすきすき すき すき 一休さん ♪

と歌われるくらいに愛されていたのに、何でこんな風にひねくれてしまったのでしょう?

……

サイコパスなのでしょうか?

確かに、子供の頃から切れ味鋭い〈とんち〉で大人をギャフンといわせるくらいなのですから、そうなのかもしれませんが……

でも、もしかしたら、ただ単に

♫ わからんちんども とっちめちん ♪

なのかもしれません……

……

……

こんな風になってしまったアタイでさえも、正月ともなれば少しは気分が違うものです

わかっています

暦なんてものは、どこかの誰かが勝手に決めたものだということを

そして、大晦日から元旦になったとしても、本当は何も変わっていないということも……

それでもやっぱり、生活に区切りを入れたり、過去をリセットしたりすることが人間には必要なのでしょう、きっと……

……

冷蔵庫の中には、大きなタッパーが二つあります

二つともオムレツババアがくれたものです

右側のタッパーには、栗きんとんがぎっしりと詰まっています

いつからだったか、正月になるとおせち料理を作ってくれるようになったババアなのですが、アタイラが栗きんとんにしか興味を示さないことを知ると、それ以降はタッパーいっぱいの栗きんとんをくれるようになったのです

そういえば、暮れにビニール袋に入ったタッパーを持って帰ってきた先輩が「ババア、やっぱりチョットだけ若かったぞ」といって笑っていたっけ……

先輩は、アタイラだけが少しだけ年老いているということをまだ良く理解していないようなのです

……

左側のタッパーには、カットされた野菜なんかが入っていました

アタイのための雑煮用なのでしょう

絶対に食べてやるものか! と心の中で思わず叫んでしまいます

先輩とオムレツババアが、アタイのために何やら相談しているところを想像するだけで、もう嫌なのです

そう、アタイは今、絶賛反抗期中なのです

まるで自分の境遇に復讐するかのように、アタイはこれでもかと先輩に甘えているのです

先輩の方も、自分本位でデリカシーの無い母親役に徹してくれています

……

雑煮なんか絶対に食べませんが、隣の栗きんとんは別です

バリバリ食べます

というか、もう食べています

上からだと手をつけていないように見えるのですが、タッパーを横から見ると、ところどころに空洞ができているのです

栗きんとんに反抗なんてできませんから





先輩が、いきなりパーカーを投げてよこしました

「出かけるぞ」

行かない!

アタイはパーカーを投げ返しました

「行くんだよ」

先輩がパーカーを蹴り返しました

絶対! 絶対! 絶対! 行かない!

アタイは、壁に向かって思いっきりパーカーを投げつけました

……

……

心がすさみ食欲がなくても、部屋から一歩も出ない暮らしをしていると、やはり人は太ってしまうようです

アタイはパーカーを着ながら、やっぱり栗きんとんを食べ過ぎたせいかな? と呟きました

正月という特別な力に抗えず、結局アタイは先輩と出かけてしまいました

……




アタイラは、駅のホームで電車を待ちました

アタイは、先輩から少し距離をとってベンチに座りました

それが精一杯の反抗なのです

……

天気は快晴でした

ホームの屋根の影が、アタイの足元を横切っています

アタイはパーカーに両手を突っ込みながら、ふてくされた顔でその光と影の境界線をじっと睨みつけていました

アタイがどんな心持ちであろうと、そんなことには全く関係なく、陽の光はひとしく地表を照らし全てを暖めます

そして、アタイが生きていようが死んでいようが、電車は時間通りにやってくるのです

そんな当たり前のことが、今日はなんだか妙に腹立たしいのでした

……

時間帯のせいなのか、電車は混んでいなくて余裕で座ることができました

途中の駅で四人家族が乗ってきました

子供は二人とも晴れ着を着ていました

小学校高学年くらいのお姉さんは、車内の女性たちから「あらまあ、可愛いこと」「綺麗ね~」と声をかけられても、ツンとしたすまし顔をしています

本当は嬉しいくせに、大女優ばりの演技力で、そんなの当たり前でしょ! 的な態度で頑張っています

いがぐり坊主の弟は、和服を着ているという自覚が無いらしく、ずっと母親に怒られています

叱られているのに、男の子は笑っていました

母親の顔を見上げながらニヤニヤしているのです

なぜでしょう?

正月だからでしょうか?

それとも、サイコパスなのでしょうか?

男の子の笑顔につられ、とうとう母親も吹き出してしまいました




降りた駅には人が大勢いました

改札を出ると、もっと大勢いました

近くに有名な神社があるらしく、沢山の初詣客がそちらの方向に向かって流れていきます

アタイラは、その場にしばらく立ち尽くしたあと、どちらともなくその流れの中に入っていきました

……

……

入り口に立つと、人混みのはるか向こうに神社の屋根が見えました

先輩は腕組みをしながら人混みをにらみつけています

……

先輩……帰りましょ

先輩はアタイを引き寄せると耳元で「お前、咳き込め、具合悪そうに」といいました

え? なんで?

「もともと具合悪そうだから咳だけでイイや、苦しそうにゲホゲホ咳き込め!」

嫌ですよ、そんなの

先輩はアタイの腕をつかむと、人混みの中に突進していきました

アタイは、しょうがないと観念して、ゲホゲホと咳をしました

「ああ! やばいなーこれ! インフルエンザかな~!」

先輩が大声で叫びます

「それとも未知のウィルスかな~! やばいなー! うつっちゃうな~これ!」

恥ずかしくて、自分の顔が赤くなっていくのがわかりました

そして、咳き込むふりをしているうちに、アタイは本当に咳が止まらなくなってしまったのです

ゲッホ! ゲホ! ゲッホ! ウェッ……

「はい、ごめんなさいねー! はい、はい、ごめんなさいねー!」

迫真の演技のおかげで、人混みは十戒の海のように割れていきました

そのかわり「ふざけんなよ!」などの罵声や舌打ちも、ずいぶんと聞こえてきました

……

……

やっとのことで、アタイラは賽銭箱の前にたどり着きました

アタイは急いでお参りをしました

頭上を賽銭が飛び、時おり後頭部にぶつかります

手を合わせながら横を見ると、先輩は腕組みをしながら何やら考え事をしているようです

先輩、お参りしないんすか?

「う~ん、特に無いんだよな~、願い事」

形だけ形だけ、ね、形だけやって帰りましょ

……

結局、何をしに来たのか良くわからなくなってしまいましたが、来たこと自体に何か意味があったのでしょう

お祭りなどが良い例ですが、ヤンキーというものは、とにかく人が大勢集まる所が好きなのです

……

ひさびさの外出で疲れてしまったアタイは、帰りの電車で少し寝てしまいました




最寄駅からアパートまでの坂道をアタイラは上りました

アタイは、先輩の後ろを少し離れながら歩きます

……

帰ったら雑煮を作ると先輩がいいました

ほら来た、と思いました

……

「もち、何個?」

……

いらない! もち嫌い!

……

先輩は黙って前を歩いています

自分の子供っぽさが無性に恥ずかしくなったアタイは、顔を隠すためフードをかぶりました

その瞬間、チャリンという音とともに何かが地面に落ちました

足を止め、踵を返した先輩が「何だよ、帰るまで我慢できねえのかよ」といいながら近寄ってきました

そして、アタイの足元に散らばった小銭を拾い上げました

先輩は自分のフードに入り込んでいた賽銭と拾った小銭とを合わせると「まあ、電車代くらいは元がとれたかな」といいました

何という罰当たりな……

……

俳句を始め、何不自由なく暮らしていても

先輩は、昔の野蛮さをちゃんと持ち続けながら生きている

きっとこの人は、何があっても一人で生きていける人なんだな……

そう思うと、少しだけ嬉しい気持ちになりました

……

先輩がまた坂を上り始めました

その後ろをアタイはついていきます

……

「もち、何個?」

……

……

二個……

……

胸の奥がむずがゆくなりました

アタイの体から抜け出た昔の自分が、先輩の背中に向かってドーンと体当たりするのが見えました

そしてアタイの魂は、笑顔で先輩の顔を覗き込むと横に並んで一緒に歩き始めました

……

アタイは、そんな二人の後姿を眺めながら坂を上っていきました





先輩が雑煮を作っています

アタイは、その後姿をジッと見つめています

栗きんとんのつまみ食いがバレたらどうしよう……

バレるのは怖いのですが、見つかってしまって胸ぐらをつかまれてみたい、という気もするのでした

……

アタイがいなくなってしまったら、先輩はどうなってしまうのだろう?

この人の心にも、あのタッパーの中の栗きんとんのような空洞ができてしまうのだろうか?

そして、それを覆い隠したまま何事も無かったように生きていくのだろうか?

……

……

先輩が鼻をすすり始めました

鼻をすすりながら、雑煮の鍋を菜箸でかき混ぜています

……多分、泣いているのでしょう

今年の正月が、二人で過ごす最後の正月になることを先輩はわかっているのです

……

アタイは、愛する人を悲しませている

わかっています

でも、どうすることもできない

自分の心なのに、自分ではどうすることもできないのです

この辛さは、こんな風になってしまった事のある人間でないと、きっと理解できないでしょう

泣き叫ぶことすらできないというのは、本当に辛いことなのです




ポストに年賀状が一枚だけ入っていました

アタイラは、それを見ながら雑煮を食べました

……

「暮居の奴、また殺されたのかなぁ~」と先輩がいいました

差出人のところには、知らない男の名前が書かれていました

ひっくり返してみると、観光地の顔はめパネルから顔を出している男の写真がありました

男は満面の笑みを浮かべていますが、「あけましておめでとう」の一言も書かれていません

心当たりは全くありませんでした

でも、この年賀状の差出人は暮居カズヤスに間違いないでしょう

見ず知らずの男の名前と写真を使って、自分が生きていることを伝えているのです

しかも、年賀状を出せるくらいの余裕もチャンとあるのだと……

ムカつきはしますが、多分、暮居とはもう会うことも無いだろうなと思うと、なんだか無性に愛おしくなってくるのでした




携帯が鳴りました

電話は後輩のレディース総長からでした

……

「あっ、いた! センパイ、いま暇っすか?」

おい、今日は正月だぞ、まずは「あけましておめでとうございます」からだろ

「すいません、あけましておめでとうございます」

別にめでたくねーよ

「でたよ」

正月は冥土の旅の一里塚つってな

「ズカ? なんすかそれ……フフフ」

なに笑ってんだよ

「いや、意外と元気だなぁ~と思って」

うるせえな、で、なんの用だ?

「センパイ猫飼ってたでしょ?」

猫……

アタイが思わず口に出した〈猫〉という言葉に、先輩が反応しました

先輩がアタイの顔をジッと見ています

……

「由美子んちの猫が子供を産んだんですけど、母猫が最近育児放棄気味で……」

「そんで、里親を探してるんすよ、アタイも一匹もらったんですけどね」

「だけど、どうしても最後の一匹だけ里親が見つからなくて」

「そういえばセンパイ猫飼ってたよなーと思って、電話したんすけど……」

……

アタイは声を出すことができなくなっていました

自分には猫を飼う資格がないからです

……

猫……子猫……イサオ……

……

「ん? センパイ聞いてます?」

先輩がアタイから携帯を奪い取りました

「もう一回……うん、うんうん……わかった」

先輩は電話を切るとアタイをジッと見つめました

「行くぞ! 見るだけだから、ただ見るだけだから……」

アタイはこたつの横に寝転ぶと、カブトムシの幼虫のように体を丸めました





先輩に引きずられ、アタイは由美子が彼氏と同棲しているというアパートに向かいました

彼氏が帰省してしまったので、由美子は子猫がいる限りどこへも出かけないぞ! と一人で頑張っているのだそうです

……

ドアを開けると、後輩のレディース総長が先に来ていました

靴を脱ぎながら先輩が

「暖房きかせすぎだぞ! 地球に優しくねえなー!」といいました

「こんなんじゃ、ロハスな森ガールには一生なれねえぞ!」

「すいません、子猫がいるもんで……」

そういいながら頭をかいている由美子に、総長が

「気にすんな、知ってるそれっぽい言葉を適当に並べてるだけだから」といいました

総長が先輩に頭を叩かれている間に、アタイは靴を脱ぎましたが、部屋に足を一歩踏み入れた途端、体が動かなくなってしましました

……

部屋の奥に段ボール箱が一つ、ポツンと置かれていました

アタイは、その子猫が入っているであろう段ボール箱をジッとにらみつけました

先輩が心配そうな顔でアタイを見ています

猫は何とか見れるようになったけれど、子猫といわれるとやっぱりまだ怖いのです

アタイは固まったように、ただ立ちつくしていました

……

「なにやってるんすか? ほらほら」といいながら総長がアタイの背中を押しました

おい! やめろ!

足がもつれ転びそうになったアタイは、バランスを崩しながら前につんのめり、そのまま跪いてしまいました

……

目の前には段ボール箱がありました

「どうっすかセンパイ? 可愛いでしょう?」と由美子がいいました

……

段ボールのすみっこに子猫が一匹寝ていました

毛色はキジトラでした

シンガポールで初めて出会った時のイサオと同じ、キジトラです

アタイは、震える手で子猫の背中をそっと撫でてみました

「こいつ、寝てばっかりだから、体が弱いと思われて最後まで残っちゃったんすよ」と総長がいいました

アタイは、中指の先端を子猫の鼻先に近づけてみました

子猫は鼻をひくひくさせたかと思うと、急に起き上がりミャーミャーと鳴き始めました

総長と由美子が驚きの声をあげながら顔を見合わせました

……イサオ……イサオ

……イサオ……イサオだよね? 先輩、こいつイサオだよね?

そういいながら、アタイは横にいる先輩を見ました

先輩は、顔を両手で覆いながら、ウウウ……と声を漏らしています

……ああ、泣いてもイイんだ

そう思った瞬間、涙が止めどなく溢れてきました

イサオ……イサオ

イサオはミャーミャーと泣きながら小さな爪を立てアタイの袖を上ってきました

イサオ……ごめんな

涙のせいでイサオの姿が歪んで見えます

イサオ……会いたかった……

下ろしても下ろしても、イサオはアタイの顔をめがけて這い上がってきます

イサオ……わかったから……もう、わかったから

それでもイサオは、涙の海を泳ぐように、何度も何度も這い上がって来るのでした

……

……

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