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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#032



元歌 尾崎豊「OH MY LITTLE GIRL」

Oh My Little Girl 暖めてあげよう
Oh My Little Girl こんなにも愛してる


ネコだって 親族の一員
ならなんで 相続がマタタビ粉




ネコにはマタタビ粉でも嗅がしておけば良いのです

下手に現ナマなど与えようものなら、値段の安さにつられ、質の悪い非合法のマタタビ粉を大量購入するに決まっているのです

そして、ジャンクなマタタビを乱用し続け、廃ネコになっていくのです

マタタビやめますか? それともネコやめますか?

何事にも節度が大切です

だから、ネコへの相続は合法マタタビ粉、少々で十分なのです




「お前は最近、目つきがおかしい」

先輩にそういわれました

そしてアタイは、イサオに近づくことを禁止されてしまいました

イサオは生きているのか? イサオの姿が消えてしまってはいないか?

アタイは、遠くから先輩の表情を観察しては、イサオの無事を確認するのでした

……

自分は頭がおかしくなっているのだ

そう思い始めると、気持ちが少し楽になっていきました

夜も少しだけですが、前よりも眠れるようになりました

……

アタイは、その頃からある夢を頻繁に見るようになりました

クジラの目に、ジッと見つめられる夢です

大きくクローズアップされたクジラの目に、アタイは毎晩見つめられるようになりました

その視線は、深く突き刺さってくるというのか、正面にいるのに後ろ頭まで見られているというのか……

とにかく、心を丸裸にされてしまうような視線なのでした

……

そんな日々のなか、アタイはふと暮居カズヤスの言葉を思い出しました

そう、手紙に書いてあった、〈朝焼け〉についての文章です

「自分だったらどうするか? と問われたら、そうだな、〈朝焼け〉に会いに行くかな……」

……

あの目は、〈朝焼け〉という名のミナミセミクジラのものなのだろうか?

時がたつにつれ、その疑問は確信へと変わっていきました

いや、そう思い込むほかに、道は無かったのかもしれません




その日の朝、アタイは先輩の様子をうかがっていました

使い捨てカイロをモミモミしながら、周辺視覚で先輩を観察していました

今日は燃えるゴミの日です

先輩は、これからゴミ出しのために表に出るはずです

その時がチャンスなのです

……

テレビの天気予報士が、今日は初雪が降るかもしれないといいました

その直後、先輩はゴミ袋を持って表に出て行きました

ドアが閉まると同時に、アタイは反射的に立ち上がりました

そして、使い捨てカイロをハンドタオルで包むと、ピクニックバスケットに駆け寄りました

眠っているイサオの下に、使い捨てカイロをそっとすべり込ませるとバスケットのフタを閉めます

アタイはバスケットを持つと、財布が入っている方のポケットのふくらみを確認しながら玄関に向かいました

そして、久しぶりに履くスニーカーに足をねじ込みながら、玄関のドアを開けました

……

目の前に、腕組みをした先輩が立っていました

……

先輩には、全てがお見通しだったようです

アタイは少し後ずさりましたが、体にぐっと力を込めました

……

「お前は正気じゃない……だから、お前を行かせるわけにはいかねえ」と先輩は静かな声でいいました

アタイは先輩の目をジッと見つめ返しました

……

「どんなに辛い時も二人は一緒だっただろ? これからだってそうだろ?」

……

先輩ごめんなさい……今回だけは、今日だけは……見逃してください……

……

確かにアタイは正気じゃないです、そのことは自分でもわかっています

でも……でも、頭のおかしい奴じゃなきゃ出来ないこともあるんです……

……

先輩はアタイの顔をしばらく見つめたあと、目を伏せました

そして、大きく息を吐きながら道を開けるように退くと、横の壁に寄りかかりました

……

先輩……ごめんなさい……

……

前を通り過ぎるアタイに向かって、先輩は一言「生きて帰ってこいよ、絶対」とだけいいました




アタイは、券売機の上の路線図を見上げました

どの電車に乗ればいいのか、サッパリわかりません

海に行くにはどの電車に乗ればいいのかと、アタイは駅員に訊ねました

駅員は一瞬、不審な表情をしましたが、行き方を丁寧に教えてくれました

その後も、駅員はアタイのことをジッと見つめていました

当たり前です、ピクニックバスケットを持った髪の毛がボサボサな女が、一人で海に行こうとしているのですから……

こんな怪しい奴を見て、プロの勘が働かないはずがありません

……

アタイは、駅員の視線を感じながら、ホームへの階段をゆっくりと下っていきました





朝焼けに会いに行く





海に近づくにつれ、乗客の数は徐々に減っていきました

鉛色の空に染められた冬の家並みが、車窓を流れていきます

連結部のドアは全て開けっ放しになっていて、ガラガラの車両がどこまでも続いているのが見えました

なだらかなカーブが来るたびに、電車はゆっくりと曲がり、まるで巨大な蛇の内部にいるような気分にさせてくれます

全てが直線でできているはずの車両が、まるで生物のようにわずかに湾曲しながら進んで行くのを、アタイは不思議な気分で眺め続けました

……

途中、小学一、二年生くらいの男の子が一人乗ってきました

男の子は、海色の大きなリュックサックを背負っていました

向かい側に座った男の子は、興味深そうな目つきでアタイのことをジッと見つめました

そして、リュックから電卓のようなものを取り出すと、ゲームを始めました

ゲームがクリアされたような音が鳴り一段落するたびに、男の子はアタイの方をチラリと見ます

アタイは、男の子と目が合うたびに小さくうなずきました

……

小学生が降り、乗客が自分一人になったことを確認すると、アタイはピクニックバスケットのフタをゆっくりと開けました

小さなイサオがタオルの上でスヤスヤと眠っています

イサオ……

久しぶりに見たイサオの毛色は真っ白で、何だか輪郭もうっすらぼやけているように見えました

イサオ……イサオ……

アタイは、震える手でイサオの背中をそっと撫でました

イサオは「きゅ~」と小さな声を出しながら、気持ちよさそうに伸びをしました

アタイは、ポケットからマタタビ粉の入った小袋を取り出しました

そして、先輩がやっていたように、眠っているイサオの鼻先にマタタビ粉をチョンとつけてあげました

イサオは舌でそれをペロンと舐めると、満足げな表情で口をモグモグさせました

眠り続けているイサオの最近の食事はこれだけで、この行為だけが唯一のコミュニケーションなのでした

鼻と口の周りがうっすら茶色に変色しているのは、マタタビ粉のせいなのでしょう

そういえば、水を含ませた脱脂綿で優しく拭いてあげても、マタタビ色がなかなか落ちないと先輩がいっていたっけ……





海岸線が見え始めてから最初の駅で、アタイは電車を降りました

待合席に置かれたストーブがチンチンと鳴っている小さの駅を出ると、車道を挟んだ向こう側には冬の海が広がっていました

アタイは、海岸へと降りる場所を探しながら、一車線道路をしばらく歩きました

冬の海岸道路は、時々車が通り過ぎるくらいで、人影は全くありません

海沿いの風は冷たく、身にしみました

アタイは急に心配になり、ピクニックバスケットのフタを開け、イサオの下のカイロを確認しました

不良品だったのでしょうか、使い捨てカイロはすっかり冷たくなっていました

眠っているイサオも、心なしか震えているように見えます

アタイは、海岸道路沿いの寂れたドライブインに入りました

……

ドライブインは休みのようでしたが、たい焼き屋だけが営業をしていました

アタイは、たい焼きを一つ買いました

茶色い紙袋に入ったたい焼きを受け取ると、自販機の横のベンチに座りました

紙袋からたい焼きを取り出すと、寝てるイサオをそっとその紙袋の中に移してあげました

温かい紙袋が気持ちいいのか、イサオはモゾモゾと体をくねらせました

……

アタイは、たい焼きの頭を一口かじりました

別に腹が空いていたわけではありません

ただ、エネルギーを補給しないと体がもたないと思ったからです

けれど、たい焼きは喉を通りませんでした

アタイは自販機でカフェオレを買うと、たい焼きを一気に流し込みました

そのカフェオレはとても美味しくて……

そして、こんな時にでも美味しく感じてしまうことが、何だかとても悲しくて……

……

アタイはベンチに座り、紙袋を膝の上に乗せました

そして、紙袋の中のイサオをジッと上から見つめました

……

イサオ……イサオ……ごめんな……

こんなに愛おしくて……こんなに心配で……

でも、何もしてあげられない

悲しくて……辛くて……胸が締め付けられるほど辛くて……

何でこんなにも苦しいんだ?

イサオ……イサオ……

お前は、アタイを苦しめるために生まれてきたのか?

イサオ……イサオ……

アタイはお前が憎い……憎い……

涙が、紙袋の上にポタポタと落ちました

……

……




ひとりの釣り人とすれ違いましたが、海岸には他に誰もいませんでした

しばらく歩くと、沖の方へとのびる長い防波堤にたどり着きました

……

防波堤を沖に向かって歩き始めると、雪がちらちらと降ってきました

雪は海風のせいで下から上へと舞い上がり、まるでタンポポの綿毛みたいです

アタイは、イサオの入った紙袋を服の中にそっと入れました

防波堤の所々が濡れているのは、時々高い波がやってくるからなのでしょう

そういえば、防波堤の入口あたりに高波注意の警告表示があったような気がします

けれど、そんな警告はもう関係ありません

アタイとイサオにとって、この宇宙の全ての場所が、均しく死の世界のようなものなのですから……

……




とうとう防波堤の先端まで来てしまいました

ここが、この場所が目的地なのでしょうか?

こんなところに、ミナミセミクジラがいるわけありません

わかっていながらも、こんなところまで来てしまったのです

アタイは、途方に暮れるためにここにやって来たのでしょうか?

本格的に、途方に暮れるために……

何もせず、ただ悶々とするだけの自分から逃げるために……

そうだとしたら、この選択は正解なのかもしれません

……

黒い海に雪がチラチラと舞い落ちるのを、アタイはボーっと眺めていました

防波堤の近くの海は、なお一層黒く、何だかアタイを誘っているようにも見えます

その黒い海面を覗き込んでいると、魂が吸い込まれていくような感覚に襲われるのです

アタイが一点を見つめれば見つめるほど、その一箇所は周りの海から黒を集め、ますます深い黒色になっていきます

ダメだ! それ以上覗き込んだら海に落ちてしまう!

そう思えば思うほど、アタイはドンドン前かがみになってしまうのでした

……

穴のように黒い一点はブラックホールのように丸くなり、いよいよアタイを吸い込もうとしています

ああ、このまま何の抵抗もせずに、この引力に身を任せられたらどんなに楽なことだろう

……

全てから解放された気分になりかけたとき、海の黒い一点が膨らみ始めていることに気がつきました

それは黒いボールのようにどんどんと膨らんでいき、海面を盛り上げて行きました

ああ、アタイが躊躇しているものだから、海の方から迎えに来てくれたんだな

そう、覚悟を決めた瞬間……

海の中から大きな黒い塊が現れました

それは、球体から流線形へと形を変えながら、あっという間に上昇すると、空中で反り返りました

空から覆い被さってくるような、想像を絶する黒い体積

アタイは、そのあまりの巨大さに、思わず後ずさってしまいました

水面からのジャンプが頂点に達し、一瞬静止すると、次にくる展開を直感的に察知したアタイは、イサオを守るため前かがみになりました

……

しかし、その瞬間はやってきませんでした

その巨大な塊は、空中で反り返ったまま動かなくなってしまったのです

そればかりではありませんでした

防波堤から見える波も、タンポポの綿毛のように舞い踊る雪も、全てが静止しているのでした

そう、時間が止まっていたのです

世界は無音状態となり、聞こえるのは骨を伝わって響いてくる自分の鼓動だけでした

……

空中で静止している巨大な塊は、反り返ったクジラの形をしていました

黒くて密度の高い、その重量感に圧倒されましたが、それと同時に曇り空にポッカリと空いた大きな穴のようにも見えました

クジラの形をした穴の向うには漆黒の宇宙が広がっていて、白い斑紋のような銀河が所々に浮かんでいました

……

クジラ?……ミナミセミクジラ?……

……

朝焼け? 朝焼けなのか?

……

だよな?……朝焼けだよな?……

……

朝焼けは全く動きません

クジラの目が、ジッとアタイを見つめています

どういうわけか、アタイにはその目がクローズアップで見えていました

何度も夢に現れ、アタイの全てを見通していた、あの朝焼けの目です

朝焼けは全く動きませんでしたが、世界と共に静止しているというよりも、アタイとイサオを吟味するために、わざと動きを止めているように思えました

……

クジラの目が、アタイとイサオを見おろしています

アタイは朝焼けの潤んだ瞳をジッと見つめ返しました

……

……朝焼け……来てくれたんだな……

こんなアタイのために……来てくれたんだな……

クジラの輪郭が滲み始め、自分が泣いていることに気がつきました

……

朝焼け……助けてくれ……

お願いだ……イサオを助けてくれ………

……

アタイは服の中からイサオの入った紙袋を取り出しました

イサオ、ちょっとだけ我慢してくれな

アタイはそういったあと、朝焼けに向かってイサオを高々と掲げました

……

朝焼け……お願いだ……

イサオを……イサオを普通のネコに戻してくれ………

……

イサオに寿命を与えてくれ……

普通のネコの限りある命を……

……

……必要なら、アタイの命を使ってくれ!

アタイは、もう精一杯生き抜いた!

クソみたいな人生だったけど……先輩にも、イサオにも巡り会えた……

もう未練はねえ

朝焼け……お願いだ……

イサオのために、アタイのこの命を使ってくれ!

そう叫ぶと、アタイはコンクリートに跪きました

……

朝焼けは、無言のままアタイたちを見おろし、全く動こうとしませんでした

……

お願いだ! 朝焼け! アタイラには、ほかに道が……ほかに道がないんだ!

……

それでも世界は静止したまま、ただ黙り込んでいるだけでした

……

……




どれくらい時間が経ったでしょうか

朝焼けの潤んだ瞳が少しだけ動いたような気がした瞬間、頬に冷たいものが触れました

雪が動いていることに気づき、アタイはハッとしました

クジラはゆっくりと下降し始め、速度を増すと、その巨大な体を水面に叩きつけました

轟音と共に白い水飛沫が高々と舞い上がります

イサオを守るために前かがみになったアタイの上に、大波が覆いかぶさってきました

土砂のように硬い渦が、アタイの体をコマのように回転させます

そしてアタイは、防波堤のコンクリートに激しく叩きつけられました

脳の中心がしびれ、その中心点に向かって、アタイの体の全てが勢い良く吸い込まれていくのがわかりました

……

……

……

……


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