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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#030



元歌 世良公則&ツイスト「あんたのバラード」

あんたにあげた 愛の日々を
今さら返せとは 言わないわ


トゥーンベリ・グレタ I know you know?
グレタのトゥーンベリなら わたしでトゥーン




公則の前髪が、ああだとかこうだとか、正直どうでもイイのです

そんなことを考えること自体、時間の無駄なのです

全く興味が無い、といえば嘘になるかもしれません

暮居カズヤスも「人生に無駄なことなど一つも無い」といっていたような気がします

けれど、今のアタイにとって、公則の前髪の件は、かなり優先順位が低いといわざるをえません

そう、今まさに人生の岐路に立っている自分としては、あえて「無駄である」といわせてほしいのです




アタイは、リビングのソファであぐらをかき、頭からブランケットをかぶっています

今日がその日だというのに、体が動かないのです

先輩を救うことが、本当に正しい選択なのか?

救うことが、本当に先輩の幸福につながるのか?

いや、そもそも幸福とは何だ? 

それがわかったとしても、先輩の幸せをアタイが勝手に決めてイイのか?

そんな問いかけが、頭の中で堂々巡りを繰り返していました

そして、そればかりではなく、暮居カズヤスが打ち明けたイサオの運命までもがアタイの前に立ちはだかることになったのです

あの日、あの夜、イサオは死ぬ運命だった……

先に先輩が車に轢かれてしまったため、イサオは死ぬことが出来なかったのです

今、イサオは自分のいるべき場所、自分の死に場所へ向かって旅をしているのだろう、と暮居はいっていました

奴のいったことは、でたらめではなく本当のことでしょう

イサオの秘密をアタイに隠していたということ自体が、その証拠なのです

歴史を変えることを思いとどまらせるための材料として、イサオの命は最強のカードです

先輩を助ければ、イサオは運命のとおり車に轢かれて死んでしまうという……これ以上ない最強のカード

けれど、暮居は、あえてそのカードを使わなかった

イサオの命を、何かの手段として利用することを、奴の美意識が許さなかったのでしょう……たぶん

……

アタイの体は、よそよそしい自分自身から「何もするな!」と命令され、鉛のように重くなっていました

……

イサオ……イサオ……

もっと一緒にいてあげればよかった

もっともっと、なでてあげればよかった

……

アタイは、食事もせずソファの上で、ただそこにある一つの塊になっていました





玄関で人の気配がしてハッとしました

もう、夕方になっていました

ちょうど先輩が出かけるところのようです

「お願いだから行かないで!」と先輩にしがみつけたら、どんなに楽でしょう

しかし、アタイの魂は、もう疲れ切っていました

先輩……

不意に、先輩と初めて出会ったころの光景がよみがえってきました

……

その頃のアタイは、荒れていました

罠にかかった野生動物のように、周りのもの全てに噛みついていました

そんなアタイを先輩は黙って抱きしめてくれました

何もいわず、ただただ、きつく抱きしめてくれたのです

その時、アタイは生まれて初めて愛というものを知りました

体中がしびれるような幸福感に包まれたのです

ああ、この感覚……これこそが幸福だ!

この一瞬の、何物にも代えがたい震えるような感動……

この、きらめくような思い出さえあれば、生きていける

この思い出さえあれば、この先、どんなクソみたいな人生が待っていようと、アタイは生きていける

本当に、そう思えたのです

……

その後も、先輩はアタイのそばにずっといてくれました

アタイなんかと一緒にいても何の得にもならないのに、離れずにすっと一緒にいてくれたのです

そう、アタイにとって先輩は、愛する人なんかじゃない

アタイにとって先輩は、愛そのものなのです

……

こうして目を閉じていると、楽しかった先輩との日々がよみがえってきます

……

……

しかし、そんな楽しかった思い出を押しのけるように、病院のベッドで横たわる先輩の映像が不意に目の前に飛び込んできました

突然のフラッシュバックに、アタイは思わずソファの上で立ち上がりました

……

もう、すっかり夜です

怖がることはない

確かに今日は、その日だが、先輩が襲われると決まったわけじゃない

万が一、襲われたとしても、先輩が犯人たちをボコボコにしてるかも知れないではないか

クロロホルムで口をおさえるのが一瞬でも遅れたら、先輩は後頭部で男の前歯を砕き、鋭いひじをみぞおちにめり込ませることだろう

大丈夫だ……

……

念のため、確認だけしてみよう……確認だけだ

アタイは震える指で、携帯の番号を押しました

「はい、お世話になっております、『えるみたーちゅ♡』でございます」

アタイは、先輩の源氏名を伝えました

電話の向こうで確認している声が聞こえます

唇は震え、のどはカラカラです

「申し訳ございません、本日出勤予定なのですが、遅刻しているみたいで、まだ来ておりません、よろしかったら折り返しお電話するよう、後で本人に……」

アタイは、携帯電話を切ると財布をつかみ、外に飛び出していました

空回りしていた心が、無慈悲な現実に引っかかってしまったのです

一度歯車が嚙み合ってしまったら、もうその回転を止めることなどできません

アタイは、走りました

……

アタイは、理性的でご立派なAIなんかじゃない!

アタイは、愚かな人間だ!

アタイは、愚かで過ちを犯す人間として生きる!

……イサオ……馬鹿なアタイを許してくれ……

……

大通りに出るとタクシーは簡単につかまりました

アタイは、後部座席に滑り込むと同時に電話をかけまくりました

今回ばかりは、一人の力だけではどうにもならないからです

……

携帯を切った後、アタイはずっと呟き続けました

イサオごめん……イサオごめん……イサオごめん……

……

泣きはしません、泣くことなんか、後からいくらでもできるのですから……





キャバクラ店『えるみたーちゅ♡』の入り口には、誰一人立っていませんでした

ここに来てアタイは、例のキャバ嬢グループのリーダーの顔や名前を全く知らないことに気づいてしまいました

唯一の手掛かりは、グレタ・トゥーンベリにそっくりだという先輩からの情報のみでした

……

アタイは、自分でも驚いてしまうくらいスムーズにフロアにたどり着きました

……

リーダーの嬢を探す必要はありませんでした

アタイがフロアに入ったと同時に、思わず立ち上がってしまった女がいたからです

相当にビビっている証拠です

……

噂どおり、グレタ・トゥーンベリにそっくりだな

お前みたいな、気の強そうな顔の女は大好きだ

でも、今回ばかりは、めぐり合わせが悪かったようだ

……

アタイは、グレタに向かって突き進むと、テーブルを横に蹴り倒しました

そして、右手でグレタの首をつかむと、壁に押しつけました

「お願い! 警察は呼ばないで!」

グレタが、周りの人たちに向かって叫びました

当たり前です、警察が来たら捕まるのは自分自身なのですから……

力を緩めろ! 力を緩めろ! それ以上力を入れたら首の骨が折れてしまう……

アタイは、自分の右手にいい聞かせました

アタイは、首から手をはなすと、今度はグレタの耳をわしづかみにしました

この時、グレタが一瞬余裕の表情を見せたのをアタイは見逃しませんでした

グレタの左側の壁に、運よくシャンデリア風の照明がありました

アタイは、そのロウソクのような形をした一本を根元から引き抜きました

バチンッ!と火花が散ります

アタイは、先端の電球を自分の額にぶつけて割ると、鋭利な部分をグレタの眼球ギリギリにまで近づけました

「先輩はどこにいる? 先輩のいる場所を教えろ! いわねえと目ん玉をくり抜くよ!」

自分の額から溢れ出る生温かいモノが、鼻のわきをとおり口の中に入ってきます

「け、携帯取って! はやく!」グレタが叫びました

そばにいた若い嬢は、倒れたテーブルの近くに落ちていた携帯を急いでグレタにわたすと、こらえきれなくなったのか、急に泣きだしました

……

「ねえ、今どこにいるの?……いいから教えて!!」とグレタは電話の向こうの相手に怒鳴りました

……

先輩の居場所を聞いたアタイは、グレタの耳から手を放しました

グレタは、壁に背中をつけたまま、ズルズルと崩れ落ちました

アタイは、静まりかえったフロアを後にしながら、後輩のレディース総長に電話をかけました

……

表に出ると、店の前に一台のマイクロバスが停められていました

マイクロバスの前には、親友の女子プロレスラーが腕組みをして仁王立ちしています

「おう! 血だらけじゃねえか! デスマッチでもしてきたのか?」

女子プロレスラーは、そういって笑いました

マイクロバスに乗り込むと、座席には練習生らしき少女たちが大勢座っていました

少女たちは、アタイの血だらけの顔を見てとても驚いていました

女子プロレスラーは、後ろから手を回し、アタイの頭にバンダナをきつく巻き付けてくれました

「本当は、すぐにでも病院に行ってもらいたいんだけど、どうせ、いうこと聞かねえんだろ?」

……





すいません

その後の顛末は、正直、切れ切れにしか覚えていないのです

何せ、出血多量でフラフラしていたので……

……

犯人たちの供述によると……

峠の道の途中にある、車が四、五台駐車できるくらいの休憩スペースに、男たちはワンボックスカーを止めていたそうです

するといきなり、原付に乗った少女たちの集団が現れ、周りを囲まれてしまったそうです

すぐに逃げようとしたらしいのですが、バールのようなものでヘッドライトを割られてしまいます

続けて少女たちは、ワンボックスカーの周りに集まると、車体を揺らし始めました

その揺れ方があまりにも激しかったので、男たちは、このまま崖下に投げ落とされるのではないかと子供のように泣き叫んだそうです

……

揺れがおさまったと同時に、一台のマイクロバスがやってきました

……

つかの間の静寂を破るように、後部座席のウィンドガラスが割られました

間髪入れず、外から車内に向けて、美しいドロップキックが炸裂しました

この時、後部座席にいた男のアゴが砕けてしまったそうです

アタイは、ガラス破片だらけの後部座席から、ぐったりとした先輩を引きずり出すと、担いでマイクロバスへと運びました

アタイは、その間ずっと、「先輩、先輩……」と呟き続けていました

しかし、後から女子プロレスラーに聞いた話によると、アタイは終始、ケモノのように唸り続け、誰一人として近づけないほどの殺気を放ち続けていたのだそうです





アジトに戻ると、暮居カズヤスが一人、リビングで待っていました

モナドンは二階から降ろされ、その横には手術器具セットのようなモノが置かれていました

……

イサオは?

……

暮居は首を横に振りました

……

「先輩は?」

……病院

……

アタイは、ソファに崩れるように倒れ込みました

……

「傷を縫わせてもらうけど、麻酔は無いからね」

……

麻酔なんか無くても、一つも痛くありませんでした

自分の体が自分自身のものでないような感覚というのか、もう、ほとんど魂が抜けかけているような状態だったからです

……

手術のあと、アタイは、アタイ自身の体を外側から眺めていました

頭に包帯を巻き、ソファに横たわる一人の女を、アタイは世界のあらゆる方向から眺めていました

女は、目を閉じて何かを囁いています

……イサオ……イサオ……イサオ……

……

一人の男がその横に立ち、そんな女の様子を上から見下ろしていました

女の目じりから涙が一筋流れるのを、男は見ました

……

男は大きく息を吐くと「電話を借りるよ」といって、女のポケットから携帯を取り出しました

そして、その携帯とモナドンとを奇妙なケーブルでつなぎ合わせました

……

……

「……ああ、額の傷なら心配ないよ、傷が残らないようにチョットした魔法もかけたしね」

「うん、大丈夫、医師免許は持ってないけど、『ブラック・ジャック』は全巻読破したからね」

……

「ところで、君たちに是非話しておきたいことがあるんだ」

「僕としても「何で黙ってたんだ!」って後で詰められても困るからね」

「これから信じられないような話をするけど、どうするかは君たち自身が決めてくれ」

「君たちにも将来があるからね……」

……

……

……

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