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システムに最適化する女子高生|羽田圭介『タブ・ートラック』
羽田圭介『タブー・トラック』を読んだ。
この小説には配信者として売れて、整形をする女子高生が登場する。個人的に高校生ながらかなり達観しているように感じた。
分析する力や独学する力は見習うところがあると思う。が、その反面、世の中に対して冷めている。しかし、配信者がある程度成功するには、世の中が何を必要とするかを察し、自分に何ができるかを俯瞰する力が必要なんじゃないかと思ったりもする。
既存のシステムに認められたい
自分は、仕事で出世はしてるけどお金の使い道がなかったり孤独だったりする人たちから お金を巻き上げているかもしれないという、自分にとってはネガティブな真実への自覚を、得たがっているというのだろうか。
いやいや、まだ大学にも行っていない高校生なんですけど、と思い直し開き直ろうともする七海だったが、朝早くから夜遅くまで外で働き疲れた様子の父より稼げてしまっているという変な状況から脱して、早く次の場所へ行きたいと思っているのは確かなように感じた。
お金だけ稼いでも、お金にがめつい人たちからしか尊敬はされないし、反対にそういった人たちからの嫉妬や反感も買う。やはり、オーディションとか、養成所とか、昔からあるシステムはよく できているのかもしれないと七海は思わざるを得なかった。自分で勝手にやり、一部の人たちから 熱狂的な支持を受けても、遠くへはいけない。自分に関心のない人たちにも受け入れてもらうためには、その前に自分が、選ばれた存在にならなければならない。
かなり刺さる内容。たとえ成功したとしても、既存のシステムから認められなければ、周りの人からのお墨付きはもらえない。
10年前までとは行かないが、登録者数100万人を越えるYouTuberが頻繁にテレビに出ていた時期があったように思う。これもネットの世界では成功したとしても世間一般に受け入れられるようにテレビに出た、という見方もできる。テレビが視聴者を増やすためにネットで活躍した人を番組に出演させるという思惑もあると思われるが、配信者にしてみれば七海の見方が強いんじゃないだろうか。
この小説を読んだ当時は、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んで日が浅かったこともあり、「既存のシステムに認められる」ことが妙に引っ掛かった。今は何に引っ掛かっていたのかよく分からなくなりつつあるが、成功という証明を誰かに貼ってもらわなければ自分は救われたと感じないのだろう。『プロ倫』では、救われているかどうかは自分の気づきであって、システムによるものではなかったと思うが、今となってはなぜそう感じたのかよく分からない。
加害者と被害者の境い目
狂っている加害者に寄り添う必要はないけれども、狂っている加害者と自分が、一〇〇パーセント違う人間だなどと断言できるのか。運良くそういう極端な思考に走らない頭脳をもっている人たちもいるのだろうが、悪事をはたらくかもしれない極端な思考回路の頭脳の持ち主がそれなりにいて、それが悪いほうに目覚めてしまうかどうかが、ストレスの有無や偶然の影響力で決まるとする。七海は、運良く殺人鬼にならずに済んでいる予備軍のような人たちが、この世の中には結構な高い割合でいるんじゃないかと、昨今のニュースもあり思うようになっていた。
私も同感している。ニュースのインタビューを見ると、「いや〜、まさかこんな近くでねぇ〜」「信じられないです!」「えぇ、そこでですか!?物騒ですね」という決まったコメントが寄せられるが、隠しているだけで、そんなに驚くべきものではない気がする。
ニュースのインタビューはサクラかもしれないが、ネットの反応、私の周りの人の話を聞くとだいたいこんなものが多い。周りの人は変に思われないために同じようにコメントしている節もある。そんなこと言ったら誰も信用できないわけだが、七海が思っていることは間違っていないと思う。
整形が良しとされる世の中へ
この小説として描かれている1つのテーマとして、「物事善悪は世間の反応で決まる」ことがある。これは今の現実世界でも変わらない。ポストトゥルースと呼ばれる世の中で、真実かどうか関係なく人々の共感を呼んでいるか、そのストーリーに感情を揺さぶられたかが重要視される。
私の肌感として、整形はコロナ前後において世間的に受け入れられてきたように思う。七海も整形に肯定的な考えを持つうちの1人で、生まれつきの不都合は文明の力で取り払うことに賛成している。
生まれつきで決まってしまう負の要素は文明の力でキレイにしてしまい、今の世の中で一番手っ取り早く出世できることをやる。それが最も理にかなった賢い生き方であることは明確で、自分以外の人たちがそれをやろうとするのも当然だと七海は確信している。しかしなぜか、最近似た他人 の姿を見て、世界が妙に殺伐としているようにも感じた。
七海は、整形は効率よく出世する方法であると考えている。出世に限らず、単にモテるという意味でも効率的な方法だと思う。SNSを見れば、整形のビフォーアフターと共に「こんなにモテるようになりました!」という報告はたくさんあるだろう。
七海は似た他人の姿を見て殺伐を感じている。これは整形に限らず、効率化の先にあるものが全く同じものであることを示しているように思う。ビジネスの世界でも、論理を切り詰めていった結果、どの企業もやることが一緒になってしまい、差別化が生まれない。
整形の未来がどうなるのか分からないが、ファッション雑誌のように「今年のモテ顔」や、ファッションスタイルのような「モデル顔」が毎年登場することは想像できる。
たとえば、2024年のJC・JK流行語大賞には、「seju顔」がノミネートされている。これは、タレント所属事務所sejuに所属するモデルがナチュラルメイクの清楚顔をしていることからきている。
メイクで流行り顔に近づけることも十分できることもあるが、より近づけたいのなら、整形を選択肢として取ることも容易な世の中になってきている。
ファッションと同じく、流行り顔に近づけるために毎シーズン整形を繰り返す世の中になることも想像に難くない。整形費用はファッションに比べると費用がかかることだが、今後はより安価な方向へ進んでいくのではないだろうか。
毎シーズン、毎年のように整形を繰り返すことで、人体にどのような影響を及ぼすことは分からないが、顔を変え続けることで「自分」というアイデンティティが崩れていくのは想像できる。
自分が友達でも、親でも、誰かの姿を想像する時に第一に出てくるのは「顔」だ。初めに背格好や歩き方をイメージする人はいないように思う。顔を思い浮かべた後にこれら2つを思い出すことはあるだろう。
整形を繰り返して自分が近づけたい顔や、流行りの顔に近づけることは、流行りのファッションに身を包むように、同じことを思っている別の誰かとも似ていくことにつながる。私は、流行りの顔に基づいて整形をすることは他人への承認欲求を必要としている人だと考えている。誰かから認められる何か1つが欲しい。そんな人だと思う。整形を求めるのは、自分自身には何もないと思い込んでいる人たちだ。
その人たちが整形を繰り返し、他人と似ていくことで、自分が他人と区別のつかない存在へとなっていることには気づかない。承認をもらい続けている内はなんとも思わないかもしれないが、それが途切れてしまえば、整形を繰り返したことによって自分という存在がより薄れていったことに気づくのではないかと思う。
女性誌の表紙を飾る人たちの顔を見て、生まれながらに決まってしまうことはやはり大きいなと七海は感じた。(略)ドラマの脇役や、SNSや動画投稿の人気者レベルくらいであれば、美容整形でもそれなりのところまで成り上がれたりはする。しかし皆同じ顔になるため、希少性はなくなる。だからドラマや映画の主演や、雑誌の表紙のようなトップに進む人は、ある程度は美の黄金比に基づいていたりするが、整形に頼らないでもその人なりの美を発揮できる人や、美以外の取り柄がある人に限定された。
人の指向性
人間の個性は美だけではなく、思考や行動といったものが大事だろう。しかし一人の人間がなにに興味をもつか、なにが好きか、なにをずっと続けられるか等、いわゆる才能に関わることだって、忍耐力や好奇心、細かいことに気づける感性を有しているか等、もって生まれたものの延長線上にあるのではないか、とも七海は思い至る。たとえば自分は、料理が全然できない。具材を均等に切り、熱を通したりするプロセス自体は合理性が要される科学的なプロセスのため得意そうな気はするのだが、食べたら無くなるという帰結にむなしさを感じてしまい、脳がはたらかないのだ。あと、絵を描くのが下手だ。SNSにアップするネタになるかと、書店で買ったデジタルイラストの教本で練習してみたが、無駄だった。そのように不得意なことは不得意なままであるいっぽう、弾き語りやライブ配信、勉強なんかはわりと得意で、苦もなく続けられた。
自分の中の変えられる部分と変えられない部分があるようだと、七海は悟ってきていた。だから井刈蒔による、人間は生まれに関係なくいくらでも変われるのだというような考えを、前ほどは信じなくなってきている。
七海は人の個性が美だけではなく、思考や行動も大切だと思っている。たとえ整形によって、顔が同じになったとしても、考え方や何をするかでその人となりが違うことに気づいている。ここは、文明の力だけではどうしようもない。
私が、配信者が名を上げるために必要な要素として、「今、何が必要とされていて、自分が何に適しているかを俯瞰する力」と書いたが、まさにそれに当たるように感じる。
変えられないことも認識しつつ、変えられる部分をうまく使って、効率よく物事を進めていく。七海にはそんな思想が感じられるし、今の世の中はそういう方向性に進みつつあるように思う。私自身、七海に見習うところがあると素直に感じてしまったのだから、私もそういう方向性を目指しているのかもしれない。