安斉弘毅

安斉弘毅

最近の記事

  • 固定された記事

瞳の奥の憂いを覗く

ある日、夜の10時ごろに駅前の椅子に一人腰掛けて街ゆく人をぼんやりと眺めていたことがありました。飲み会帰りの人や、手を繋いで帰路につく男女、他にも様々な人生が交錯して流れていく様を目で追っていました。 そんな中で、突然大声で歌を歌う中年の男性が現れました。すれ違う人は皆彼を怪訝な目で避けながら通り過ぎていきました。さらに、彼は大声で歌うだけでなく、すれ違う女性に対して親しげに話しかけては逃げられ、また別の女性に話しかけては何かお菓子のようなものを手渡したりと、悪い意味でかな

    • 「あのね、」

      「あのね、あなたとの関係よりもこのミサンガの方が長くもったわ」 「そうだね。もう外したの?」 「ええ、あなたと別れてすぐに切ったわ」 「そっか。君は先に進むんだね」 「そうよ。私は、自分のことを愛してくれる人を探すの」 「付き合っていた頃は、あれほど『あなたがいなくなったら死ぬ』って言い続けてたのに、別に俺だからって訳じゃなかったんだ」 「そういうものよ」 「そういうもんか。呆気ないな」 「そうね、もう未練はないわ。実は、明日新しい人と会うの」 「そっか、良

      • 「無色」

        僕は、無色だ。 何の色も持たず、ただそこに存在するだけの幽霊みたいな存在。 人々が作り上げた理想像の中に、僕は姿を潜めている。 それは、僕じゃない。 なぜなら、僕には色がないからだ。 嫌いな人をひどく罵ったりもすれば、悲しい時は涙を流すこともある。 様々な人々から、恨まれていたり、愛されてもいる。 けれど、そんな僕に色はない。 触れられそうで触れられない、近くにいるようで果てしなく遠い場所にいる存在。 夏の名残が街に漂う、9月の昼下がり。 僕は一人、自転車

        • monochrome

          モノクロな世界。 これだけ情報で溢れた時代だからこそ、 これだけ色にまみれた街だからこそ、 これだけ欲に溺れた人々が蔓延っているからこそ、 白と黒の世界の中で表現したい。 白と黒の間にも複雑な色が沢山あって、それだけでも色彩豊かなのだ。 淡い白、影がかった黒、白と黒だけでこんなにも違った見え方がするとは27年生きてきて考えたこともなかった。 無意識に白と黒の世界に惹かれていたようだが、昨日その感覚を言語化することができて何だか腑に落ちた。 よく考えれば、僕は選

        • 固定された記事

        瞳の奥の憂いを覗く

          「パラシュート」

          空中でパラシュートを開いた時には、隣に誰もいなかった。足首からは、断面が雑に切られた1mくらいの縄が風に揺れてぶら下がっていた。 つい60秒前に仲間5人でセスナ機から肩を組んで一斉に飛び降りたはずなのだが、僕は降りた途端に、皆の足首に繋がれた縄のロープを、腰に挿したサバイバルナイフで一人一人切って、切って、切って…。一つの群れになっていた僕たちは、空中分解するようにバラバラになって落ちていった。 そんな行動に出たのにはちゃんと理由がある。高度4000mから地上を目指して、

          「パラシュート」

          「空の広さは心の広さ」

          東京の空は狭い 街が眩しすぎて星もほとんど見えない 人の可能性は空より遥かに広いのに その狭い空すら見ようとせず 足元や、手元の画面と睨めっこ 捨てられた空き缶 アスファルトの割れ目 タバコの吸い殻 無表情の人の波 モノクロで味気ない風景ばかり見ていると 心はどんどん狭くなるばかり 武者小路実篤さんがこう言った 「ふまれても ふまれても 我はおきあがるなり 青空を見て微笑むなり 星は我に光をあたえ給うなり」 大好きな言葉 空の広さは、心

          「空の広さは心の広さ」

          「君が泣いた夜。」

          君の悲しみを全部背負ってあげられたらいいのに、と過呼吸になりながら呻くように泣き続ける早希の背中をさすりながら考えていた。深夜2時を過ぎ、少し開いた窓からは夏にしては少し冷たい夜風が入り込んできた。狭い4畳ほどの寝室を埋め尽くすようにダブルベッドが置かれており、その上で早希が膝の間に顔を埋めて顔を隠すように体育座りをしている。なぜ早希がそれほどまでに激しく泣いているのか、僕にはまだよく分かっていない。だって、まだ知り合って2週間しか経っていないのだから、分かるはずがないのだ。

          「君が泣いた夜。」

          「蜘蛛の糸」

          朝の強い日差しに、まどろむ間もなく目を覚ました。寝たら忘れるなんて嘘だ、なんて思いながら昨夜抱えていた鬱屈とした思いがまだ胸の奥に棲んでいることを嘆いた。 いつからか私の身体の内側には、黒い糸でできた大きな蜘蛛の巣が張り巡らされている。しかし、それが胸のあたりにあることだけは分かるのだが、心臓の中なのか肺の中なのか、はたまた骨と骨の隙間に巣作っているのかは分からない。ただ、はっきりとその糸が胸を圧迫していることだけはわかる。 身体の中に手を入れることは叶わず、私はずっとそ

          「蜘蛛の糸」

          生まれてきた理由

          僕の生まれてきた意味はなんだろう。 朝、そんなことを考えながら街を歩いていた。 空を見上げれば、雲ひとつない雄大な青が広がっている。 南東の方角には眩いばかりの輝きを放つ太陽が、北の方角には遠くで飛行機が飛んでいる。 飛行機と重なるように、手前で2羽の小鳥が枯れた街路樹の枝の間で、戯れながら飛んでいた。 朝の暖かな日差しをかき消すほどの冷たい風に思わず背を丸めながら、舗装された硬い道を足早に進んだ。 この世界は一体何なのだろう。 この景色も、すれ違う人も、そして

          生まれてきた理由

          ちゃう、チャイや。

          なぜかわからないが、ラッシーとチャイが区別できない。 きっと頭の中で「外国の名前が変な飲み物」として保存されているのだろう。 今朝、寝ぼけながら行きつけのカフェに向かった。 着くや否や、慣れた足取りでカウンターへと向かい、 「アイスのラッシーで」 とはっきりとした声で口にした瞬間、世界から時が止まったかのように店員と僕の間で5秒間の沈黙が訪れた。 ああ、そうだ。 この店にはチャイしかない。 僕はこの半年間、幾度となくチャイを頼んできた。 それにインド料理屋じゃあるまいし、

          ちゃう、チャイや。

          「ガラスのハート」

          「この世には、簡単に傷つく人とちゃんと傷つく人がいて、君はちゃんと傷つく人。」 「どういうこと?」 「君はちゃんと傷ついて、深く深く傷ついて、その傷をいつまでも覚えてる人。」 「んー、言われてみれば、そうかもしれないな」 「君はなんか、繊細だよね。仮に気持ちとか心に色があるとして、君は全部純度が高いの。大人なんだけど、子供。」 「はは、なんか見透かされてる気分。」 「そうよ。私は君が一番傷つく言葉を知ってるもの。」 「なにそれ。言ってみろよ。」 「いいの?」

          「ガラスのハート」

          「ゴミ箱人間」

           誰しも自分が可愛いこの世界で、人を頼ることが罪な気がして、黒川誠はいつも一人になると涙を流していた。 過去に背負い込んできた致死量の悲しみが、日を追うにつれて積み重なり、ほんの些細な一言や、他人の行動一つで、涙となって溢れ出てくるのであった。 だが、誠は決して人前で泣くことはなかった。 彼が大好きだった祖父の葬儀でも、周りがわんわんと人目をはばからずに涙を流す中、必死に泣くまいと太ももにアザができるほど強くつねって涙を堪えたほどである。 別に、誠は人前で泣ける人間を

          「ゴミ箱人間」

          深夜のコンビニ

          今夜、春から抱えていた心の荷を一つ下ろすことができた。 ひと仕事終えた後、渋谷でピアニストの仲間たちと食事の約束があり、束の間のひと時を経て、終電間際の電車で帰路についた。 帰りの電車で、早速次の課題に取り掛かり、駅から家に帰るまでも頭の中はフル回転で新しい事業のことを考えていた。 少し喉が渇いたな、と思い、さっき通り過ぎたコンビニへ足を引き返した。 時刻は真夜中0時を過ぎていた。 コンビニに入った時、「いらっしゃいませ」とレジの方から女性の声がしたが、目をやっても

          深夜のコンビニ

          愛想が、良すぎる。

          愛想の良い人は好きだが、愛想が良すぎる人は心配の方が勝る。 綿棒と漂白剤、あとは、一日頑張った自分へのご褒美に柚子の香りがするホットアイマスクの入った買い物カゴを引っ提げ、レジの順番待ちをしていた。 時計は、深夜0時を指していた。 僕が並んですぐに、前の女性がレジに通された。 レジ待ちほど退屈な時間はないため、ついつい女性の買い物かごの中身に目がいった。 ただ、目が悪い僕は、カメラのピントを合わせるように視点をその一点に集中させていると、彼女が慌てるように財布をごそ

          愛想が、良すぎる。

          「君は秋だ」

          「秋になると、いろんな感情が渦巻く。」 深夜2時、閉店後のショッピングセンターの駐車場に停めた真っ赤なJeepの運転席で、美穂はそう口にした。 同じく違法駐車している車が遠くに2台、点々と散らばって停まっているが、大抵、深夜の駐車場は不倫をしているカップルしかいない。 だが、美穂と僕は不倫関係にあるわけでもなければ、そもそも恋人ではない。 かといって、友達だとかセフレだとか、一言で関係を形容できればいいのだが、そのどれもしっくりこない。 「君と話しているときも、わた

          「君は秋だ」

          金髪にしたら世界が変わったような、そんな話

          自分の金髪姿が見てみたい、時々そんな欲が湧いては、いやいや、と蓋をする日々だった。 金髪なんてイケメンの特権だと潜在的に思っていたのだろう。 けれど、やっぱり見てみたかった。 過去に突然思い立って薬局でカラー剤を買い、自分で髪を染めたことがある。 茶色に染まった頭でドキドキしながら人と会うと、「垢抜けた」「黒の方がいい」など、色んな声があって楽しかった。 それもかれこれ3年も前のこと。 * 今この文章を打っている俺は見事にパツキン野郎だ。 人生で最初で最後、派手

          金髪にしたら世界が変わったような、そんな話