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『盆栽の記憶』 叔父さんが教えてくれた喜びを育てる意味。
六本木の盆栽
ボクはラジオ番組の制作会社で、社長補佐とプロデューサーの見習いとして働いていた。
そんなボクが働いていたオフィスは、六本木の国立新美術館の近くにあった。
ボクはよく企画書作成に頭を揉むと、会社を少しの間出て、六本木を散歩していた。
時間は15時過ぎた頃。
個人の飲食店が、丁度仕込みをしている時間だ。
この時間に六本木を散歩すると、たまに目に入ってくるのが『盆栽』であった。
ある鮨屋が店の入口で『盆栽』の水やりと、日光浴をさせていた。
恐らく営業中は店内のインテリアとして鎮座しているのだと察する。
ボクはこの盆栽を見ると、いつも叔父さんの事を思い出していた。
叔父さんの決断
ボクの叔父さん・・・
詳しくは、ボクの母親の姉の旦那さんで、叔父さんは三重県は伊勢市に住んでいる。
とても人懐っこい人で、ボクの事をいつも可愛がってくれた。
その叔父さんは、若い頃からずっと盆栽が好きで育てていた。
何やら過去には特別な賞をもらった事もあるという腕前だった。
しかし、叔父さんは今、盆栽を育てていない。
なぜ盆栽をやめてしまったのか、不思議に思い、ボクは叔父さんに盆栽を辞めた理由を聞いた事がある。
叔父さんが選んだ新しい道
ボク『叔父さん、盆栽を辞めたってオカンから聞いたけど、何でやめちゃったの?賞までもらってたのに勿体無い・・・』
叔父さん『盆栽はな、どんなに愛情をそそいでも食えんのや!美味しく食べる事が出来ひん。だから盆栽をやめたんや!』
ボク『えー!そんな理由?』
叔父さん『そうや!重要や!だから今は盆栽やめて野菜つくっとるわ!野菜はええぞ!愛情をそそいで育てたら食える!最高や!ワハハハハ!』
ボク『叔父さん、面白いね。。。』
叔父さん『そうか?今度慎吾にも旬の野菜送ったるから楽しみに待っとき!』
ボク『えー!ありがとう!楽しみにしてる!』
ボクは六本木で『盆栽』を見ると、いつも叔父さんとの会話を思い出していた。
そして何故だか、自分も盆栽やってみたいなぁと思っていた。
叔父さんがやめてしまったのは『盆栽』だけど、ボクは野菜より『盆栽』に漠然と惹かれていた。
叔父さんの『育てる喜び』の変化
ボクは散歩を終えて、企画書作りに戻る前に、偶然オフィスで新聞を広げていた社長を見つけ『叔父さんが盆栽をやめた話』を『思い出した笑い話』として話してみた。
すると社長から意外な反応が返ってきた。
社長『お前は、なぜ叔父さんが盆栽を辞めて、野菜を作り出したかわかるか?』とボクに問いた。
ボク『ん〜。深く考えた事も無かったですが、単純に野菜に興味が移ったんじゃないんですか。』と答えた。
社長『俺はその考えは浅いと思うな。きっと叔父さんの喜びが、自分から他者に移ったんじゃないかな。』
ボク『喜びが自分から他者に?』
社長『そう。つまり、盆栽は自分だけの喜びだったのが、野菜を作る事で、喜びが”自分が作った物で、他者に喜んでもらう喜び”に変化したんじゃないかな。』
ボク『はぁ〜。なるほど。』と社長の考察が、目から鱗で深く感心した。
社長『まっ。真実はわからないが、お前自身でもっと物事に対して”なぜ?”を深く巡らせて企画書を書けよ!お前まだあの企画書終わってないだろ?』
ボク『は、は、はい。今からまた取りかかる所でした。』と、ボクは居心地悪そうに雑談を切り上げて自分のデスクに戻った。
『他者に喜んでもらう喜び』か・・・考えた事無かったなぁと、その日ボクは社長の言葉が頭から離れなかった。
続く。