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ギャラリーオーナーの本棚 #14『パイドン』 プラトンとの再会

紀元前399年の春、ソクラテスは「国家公認の神々を拝まず、青年を腐敗させる」という罪状で告発され、アテナイの牢獄で刑死した。刑死の日の早朝、別れを告げに牢獄に集まった弟子たちと、ソクラテスは日暮れまで魂の不死について深く厳しい哲学的対話を交わしたが、その内容が本対話篇である。この対話はその場に居合わせたパイドンによりプレイウスの人エケクラテスに伝えられた、という形で対話篇は進行する。

『パイドン–魂の不死について』(プラトン著、岩田靖夫訳、岩波文庫)


これは岩波文庫版の『パイドン』の出だしです。場面設定が簡潔で分かりやすいのでこちらを引用しましたが、画像に使っているのは光文社古典新訳文庫版。

本書は、この導入部にあるようにソクラテスが死罪を言い渡されて刑が執行されるまでの間に弟子たちと交わした対話を、パイドンから伝え聞いたという形式で一番弟子であったプラトンが記述したものです。

ソクラテスは死を恐れていませんでした。なぜなら肉体が死んでも魂は不滅であると信じていたからです。むしろ、肉体を離れてこそ純粋に物事を見ることができるだろうと弟子たちに語りかけます。肉体的な感覚は、人間を真理とはかけ離れた方へかどわかしてしまうと考えていたのです。

本書でソクラテスが展開する、魂が不死であることの証明は、正直言って無理があるなぁと感じるところもあるのですが、枝葉末端を気にせずにソクラテスが最も伝えたかったことをすくい取ろうとするなら、読むに値する内容です。

また本書の中には、プラトンが後に構築する「イデア論」の礎を読み取ることができます。プラトンは、人間が認識できる物質的な世界は「真実の世界」ではなく、真実の世界は目に見えない抽象的な概念(イデア)で構成されていると考えました。正義にも、美にも、善にもイデアがあり、人は理性と思考でのみ、それらにアクセスすることができると考えたのです。

ところで、本書には登場しませんが、プラトンのイデア論に対抗したのが、その弟子であるアリストテレスでした。アリストテレスは、抽象的な思考だけでは真実にたどり着けず、物質界を観察し、経験することの重要さを訴えました。

さて、この記事の副題を「プラトンとの再会」としたのには、本の内容とは関係のない理由があります。
私の出身高校の中庭にはプラトンとアリストテレスの立像がありまして、ラファエロが「アテネの学堂」に描いた、あの有名なポーズをとっていました。

ラファエロ「アテネの学堂」1509-1510年, ヴァチカン宮殿蔵

画面の中央を拡大するとこうです。

「アテネの学堂」プラトン(左)とアリストテレス(右)の部分

この時、観念主義のプラトンは天を指して「真理は天にあり(目には見えない)」と言い、現実主義のアリストテレスは地を指して「真理は物質界にある(目に見える)」と言っています。

高校生の頃って受動的に勉強していただけなので、毎日目にする二人の哲学者のこのポーズの意味を知ろうともしていませんでしたが、四半世紀以上を経て『パイドン』を読む機会を得て、「そういえば中庭にプラトンとアリストテレスいたな」と思い出しました。出来損ないの卒業生は今になってようやくギリシャ哲学の学びのスタート地点です。


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