時間の使者はBARにいる。
「いらっしゃいませ」
20XX年 4月9日 午後9時
「ウォッカを一つ。」
表商店街の地下にあるこの店は、私の愛用しているBARだ。きつく胸の焼けるあの感覚の虜になり、週一回は来ている。
しかしもうこの店に来ることも、ウォッカを飲むこともなくなるだろう。
20XX年 4月9日 午後4時頃
「速報です。巨大隕石が地球に接近しています。専門家の調べによりますと後5時間ほどで地球に衝突し、地球の4分の3は破壊されるとのことです。」
無茶苦茶だ。
そう、まるで映画のような展開になってしまったのだ。隕石衝突。地球破滅。
もう、後30分ほどしたら我々は死ぬだろう。空に赤い軌跡が見えてきている。
残りの生きれる時間、自分の好きなことをして死ぬ。これほど美しく残酷な時間は一度きりしか味わえないだろう。
空港には何とかしてでも生き残ろうとする国民が押し寄せ、混乱に陥っている。
おそらくもう誰1人として助からないだろう。
最後くらい、落ち着いて過ごそうじゃないか。
妻も、遠い地方へ働いておりもう顔を見ることすらできない。ああ、なんて脆いんだろう。
カチャ。
それは唐突にバーカウンターに置かれた。
「それ」はあのお金の入っているかのような一面銀色のケースに入っていた。
「な、何ですかこれ?」
動揺を隠せず、マスターに質問をする。
「時空移転装置だよ。これを使えば過去や未来に行くことができる。信じるか信じないか、使うか使わないかは君次第だがね。」
そう言いながらマスターはケースの鍵を開け、時空移転なんとやらを見せてきた。
それは時計のような形状をしていて、ケースの割にはちっちゃく普通の時計にありそうなデザインだった。
一つ変わっていたのは時計に時刻がついていなかったことだ。普通の時計ならば1、2、3などと数字が書いてあるがこれには書いていない。代わりに、年号のような4桁の数字が並べてあった。
「は、はあ、これを使えば死ぬことを免れると、?」
無論、こんなものを信じてはいないが、どうせ最後だ。やれることならやっておきたいという好奇心が抑えきれなかった。
「ああ。使い方は君しだい。過去へでも未来へでも。その先がどんなことになっているのかは、私にもわからんがね。」
酔っていたのだろうか。何か思い立った私は無言でその時計のような時空移転装置を手につけた。
「こうですか?この後はどうすれば?」
「ああそれでいい。後は過去か未来どちらかをダイヤルを回し、長針を行きたい年号に合わせればそれで目的の時空にたどり着くはずだ。」
それを聞くと私は颯爽とダイヤルと長針を適当に回した。
「では、行ってきます。笑」
「ああ、一つ大事なことを言い忘れていた。その時計は一回使えば壊れて、君の記憶も同時に時計のことだけ消えるようになっている。それだけ知っておいてくれ。と言ってもすぐに忘れるがね。」
「わかりました。では。」
カチッとダイヤルがどこかの位置にはまった。
視界が真っ白になる。周りには何だろうか。そうだ、ドラえもんのタイムマシンのホール見たいな景色が広がっている。これ、本物だったんだ。笑
半分笑いながらもワクワクと胸を高鳴らせ瞳を閉じる。
* * *
「あなた、私今日から出張だから2日間家にいないからご飯も自分でやってね。」
「ああ、分かった。頑張ってね、いってらっしゃい。」
「行ってきます。」
出張か。休日は仕事休みだし暇だな、テレビでも見るか。
20XX年 4月9日 午後4時頃
「速報です。巨大隕石が地球に接近しています。専門家の調べによりますと後5時間ほどで地球に衝突し、地球の4分の3は破壊されるとのことです。」
「え、?なにこれ?ほんとに?もう助からないってこと?」
急いで妻に電話をかける。
「ただいま、通信状況が逼迫しており電波が届きません。」
「くそっ!もう顔も声も聞けねえってことか!?」
ハハハ。ハハハハハ。
「最後くらい自分の好きなことしていいよな。笑BARでもいくか。笑」
ここのBARはなかなかいいんだよなあ。味が決まってる。
「いらっしゃいませ。」
「ウォッカを一つ。」