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003 サザエさん症候群どころの騒ぎではない

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自分がおかしくなったと認めた日の話をしようと思う。

兆候は感じていた。日に日に足取りは重くなっていて、元から苦手な朝がその頃にはもう大嫌いだった。こんなにも起きられないのは朝が弱いからだと思って夜は早く眠った。仕事が終わればまっすぐ家に帰り、食べたような食べてないような意識の中でおそらくご飯を食べ、最低限の身だしなみとしてさっさとシャワーを浴びたらすぐに眠った。当時も一人暮らしだったので誰に咎められることも誰のペースに合わせることもなく生活ができたことは幸いだった。とにかく仕事と睡眠だけの生活だった。休日は特に酷かった。

"休みが始まってしまう。"

本来なら喜ばしいことのはずだった。しかしながら私はいつも金曜日の夜からすでに悲しくなっていた。最早これはサザエさん症候群どころの騒ぎではない。始まってしまえば終わりが来ると、毎週味わった。嫌というほど知っていた。しかしその究極に短い休みを楽しもうというよりはすべて睡眠に捧げた。あの年の長睡眠時間ランキングを作っていただければきっとおそらく入賞している。そうだろう、そうに違いない。寝てしまうとあっという間に一日が終わっていて、時を早めている気もしたが起きていられなかった。何もしていないのに布団から出るのが億劫でトイレ以外で布団という優しい世界から出る気にはなれなかった。そんな兆候も見ないふりをするように眠った。

そして。
その日も嫌々胃のむかつきも飲み込みながら嫌々起き上がって嫌々仕事に行こうと支度をし嫌々靴を履こうと玄関に向かうも、靴箱の一歩手前で何気なく座り込んでしまった。そして急に、本当に急に立ち上がれなくなった。立ち上がり方を忘れてしまったくらいどうしていいのか分からなくなった。これはおかしいと思いながら涙も出ずただただぽっかりとしていて「ああ、何もできない」と思った。あの感覚は本当に不思議だった。なにもかも無くなったような気がした。脳の機能がシャットダウンすると体の機能もシャットダウンされるのか、と思った。考えている時点で脳は動いていたと今なら思うけれど。次に頭が働いたのは出勤時刻について。いつもギリギリを攻めていた私は座り込んでしまっているせいで確実に遅刻だった。ただ、まだ始業まで僅か数分ある。この間に電話をしなければ、幸い有給休暇はまだある、体調が悪いと言おう。

「あ、おはようございます」
「おはよう、あれ、どうしたの、そろそろ始業だよ」
「あの、」

ここまできて体調が悪いと言えない。お腹が痛いでも頭が痛いでも熱があるでも何だって良いのに、言葉が何も出てこない。

「た……たてなくて」

言いながら泣いた。立てないと言って泣き始めるだなんてどんな奇病なのだと思われても仕方がないと思った。しかしながらなんと当時私が働いていた業種では鬱病になる人も少なくなかったため、電話先の上司には奇病ではないことが速攻でバレてしまった。元から心優しい上司ではあったが、三割り増に優しいトーンで「今日は休んで」と言われた。

休みをとるという任務完了の安堵感と同時に、ああ終わりだと思った。

会社をクビになると思ったのではなく、心が折れた気がした。それまでなんとか見ないふりをしてやってきたすべてが自他ともに認められてしまったということを重々に理解してしまった瞬間だった。途端にしくしくと涙は止まず声を出すにも喉が重々しくなり頭は痛く心は重く仕方がなくなった。自分はおかしくなった(正確に言うと身体に異変がある)のだと自覚した。人や心というものがとんでもなく脆いことを知った。


003 サザエさん症候群どころの騒ぎではない

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