「やりたいことリスト」にやりたくないことが混ざる理由
「やりたいことリスト」に書いた全ての項目に「✔︎」がつくことは稀である。
もちろん、全てに「✔︎」をつけることが目的ではない。1割でも2割でも、書いたことで達成できた項目があるなら万々歳。🌟
でも、本当だったらワクワクするはずの「やりたいことリスト」の中に、なんとなく重荷に感じる項目があると薄々気づいていたが、ついにその理由がわかった。
結論を言うと、私にとって重荷に感じる項目は、
・本当は、大してやりたくないこと
・達成の判断がしにくい項目
である。
具体的には、
・〜(そのとき思いついたもの)を勉強する
・〜(靴磨き)を習慣化する、といった項目。
ではなぜ「あとから重荷に感じる項目」を書いたのか?
多くの場合、共通点があることに気がつく。
それは「なりたい自分になるための手段(= to beのためのto do)」だから、だと気づいた。
なりたい自分になるための行動だって理想は、やりたい。
ただ、そのための方法はたくさんあるし、そのとき思いついた方法がいいとは限らない。そもそも完全な計画を立てるのは不可能に近い。
だから「なりたい状態」だけを定めて、方法は状況に合わせて臨機応変にするのがいい。
上記をふまえると、やりたいことリストには、
・それ自体が楽しみなこと
・それ自体が目的である体験
だけを書きたいなと思った。
ちなみに、
「なりたい状態を定めて、その時の状況に合わせて臨機応変に行動するための方法」として、
「物語思考」という本がわかりやすくて、おもしろかった。
詳しくは、本書を読んでほしいが、
なりたい状態になるための行動の考え方として
「戦略」「作戦」「戦術」の違いなどにも触れられている。
仕事でもよく聞くフレームワークであるが、圧倒的に「自分ごと」として理解できたので良かった。
雑談
似た響きを持つ言葉の違いといえば、
最近、夫と「平等」と「公平」の違いってなんだっけ?という話になって。
答えは、
すぐに、パスタを200g茹でた場合を連想した。
100gずつ分けるのは「平等」、
夫の方が体が大きいからと多めに取り分けてあげるのは「公平」。
だとすると、私は「公平」だなぁということで、もうこの2つは間違えないと思う。
(イメージすると、覚えやすい🍝)