可能なるコモンウェルス〈39〉
くどいようだがここで今一度、一般的な社会契約概念の骨格について、ルソーの『社会契約論』にインスパイアされた議論をベースに見直してみよう。近代民主主義=デモクラシーが「一般論として」いかに形成され浸透されていったものであるか、その一端を垣間見るのに、このことはそれなりの役に立つはずだ。
ここではひとまず、西研による要約を引いてみることにしよう。
「…1.国家は、〈社会契約〉によってつくられたものであり、その目的は成員の『共通利益』を守り推進するためのものである。
2.国家は、明文化されたルールである『法』が支配すべきである。法のもとでは全員が平等である。
3.法は、国家の成員の共通利益にかなったものでなくてはならず、それは『人民集会』の決議によって決定される。こうして法は、〈一般意志=成員の共通の意志〉を表現するものとならなくてはならない。…」(※1)
一般的な社会契約概念にもとづく「権力構造の区別」を前提にして言うならば、この定義はもちろん「設立されたコモンウェルス」の構想理論を念頭に考えられているものであろう。とはいえ、この社会構想で考えられている「目的」は、「結果的に獲得されたコモンウェルスにおいてであってもほぼ同様に目的とすることができる」ものなのである。そしてその目的実現のために社会的・「政治的」な諸方策を実行する機関、すなわち「コモンウェルス=国家」とは、たとえそれが「獲得されたもの」であれ「設立されたもの」であれ、いずれにせよ「その形式としては似通ったものとなる」のだ。いや、むしろそのように「形式として似通ったもの」として成立していなければそれは、「他のコモンウェルス=国家から国家として見なされない」ものとなるだろう。
ジョゼフ・プルードンは、母国フランスである種の「思想的権威」であるかのように機能してきたルソーについて、「彼はまさしく『社会契約論』をその主著として著しながら、実は少しも社会契約の概念を理解していなかった」と斬り捨て、「ルソーにとって社会契約とは交換的な行為でもないし、結社行為でさえもない」と厳しく糾弾している(※2)。プルードンによれば、ルソーの考える社会契約概念とはあくまでも、帰属する成員間の諸関係およびそれに端を発するさまざまな紛争を、「調停し規制する」ために設けられているだけの、いわば「内部的な社会規範」にすぎない(※3)というわけなのだが、無論これはルソーに限らず、「一般的な社会契約の考え方」において大体その通りに、「内部的規範=ルール」として機能するように構想されているのは、上記要約から見ても明らかなことである。ついでに言うと、「法」なるものについてもやはりその程度の、「社会内部の規範=ルール」くらいの位置づけで考えられているというわけだ。
柄谷行人も、上記のようなプルードンによるルソーへの批判に絡めて、「ルソーの人民主権という考えは、実際は絶対主義王権国家の変形でしかないのに、そのことを隠蔽するもの」でしかないとし、その考えにおける「主権者としての国民とは、主権者(絶対王政)に属する臣下として形成されたものであることが忘れられた時に成り立つ、架空の観念である」(※4)と批判し、、絶対王権構造の変形でしかない「ルソーの言う社会契約では、個々人は事実上存在していない」(※5)と指摘している。
「…ルソーは個々人の意志を越えた『一般意志』をもってきて、これによってすべてを基礎づける。しかし、一般意志は個々人の意志を国家に従属させるものでしかない。…」(※6)
とは言うものの、もしも「人民主権においては、個々人は存在している」というのであれば、「絶対王権においてもやはり、個々人は存在しうる」ものだろう。人民主権国家であれ絶対王権国家であれ、それに帰属する者の自己保存利益が一定の状態に維持されるというのであれば、当人たちにとって「結果的にどちらでもいいこと」なのである。このような場合、人々にとって自分自身が「個人」であるのか否かなどといったことは、それこそまさしく「架空の観念でしかない」のだ。
国家なるものを「帰属する成員の共通利益=コモン−ウェルスを一定状態に維持することを第一の目的として構想されているもの」として見出している限り、そのような成立の形式にもとづいて構想されざるをえないことになるだろう。何より、その国家に帰属する成員たち自身が、現実として自分たち自身の「自己保存という利益」と引き替えに、そのような「従属」を受け入れてしまっているわけなのだから、話は当然そのような着地点に落とし込まれるだろうし、その地点に留めて置かざるをえないのである。
〈つづく〉
◎引用・参照
※1 西研「ヘーゲル・大人のなりかた」
※2 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」
※3 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」
※4 柄谷行人「世界史の構造」
※5 柄谷行人「世界史の構造」
※6 柄谷行人「世界史の構造」
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