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脱学校的人間(新編集版)〈45〉

 さまざまな社会階級に属するそれぞれ個別の人間を、だいたい同じのものとして作り上げるという一定の基準の下で、なおかつその過程を経る中でそれぞれちょっとずつ違っていくことにより、それぞれ個別の価値を生み出すことが可能ともなる。
 そのような、学校教育の機能を用いた国家的事業である「国民すなわち産業労働力の生産」の、その具体的なプロセスについて、ルイ・アルチュセールは次のように説明する。
「…〈学校〉は幼稚園から、あらゆる社会階級の子どもたちをとらえる。また〈学校〉は、幼稚園から、新しい方法にせよ古い方法にせよ、何年ものあいだ、子どもたちが〈家族〉という国家装置と〈学校〉という国家装置のあいだに挟まれてもっとも『傷つきやすい』年月のあいだ、支配的なイデオロギーのなかにくるまれた『ノウハウ』(フランス語、算術、博物学、諸科学、文学)や、あるいはごく端的に、むきだしの支配的イデオロギー(道徳、公民科、哲学)を子どもたちに教えこむ。十六歳ごろになると、大多数の子どもたちが、どこかで『生産』へと脱落する。これが労働者や小農民である。就学可能な若者たちの他の部分は学業を続ける。そしてなんとか途中までやってくるが脱落し、下級と中級の幹部、サラリーマン、下級と中級の役人、あらゆる種類の小ブルジョアのポストを占める。最後に残った一部分だけが頂点に達するのであるが、半失業的知識人に脱落するか、あるいは『集団的労働者に属する知識人』は別としても、搾取の担い手(資本家、経営者)、抑圧の担い手(軍人、警官、政治家、行政官、等々)、そしてイデオロギーの専門家(あらゆる種類の聖職者、その大部分は確信に満ちた『俗人』である)などを供給することになる。
途中で脱落したそれぞれの集団は、彼らが階級社会において果たすべき役割にふさわしいイデオロギーを実際に身につけている。その役割とは、被搾取者の役割(『職業的』、『道徳的』、『市民的』、『国民的』、そして高度に『発達した』非政治的『意識』をもった)であり、搾取の担い手の役割(労働者に命令し語りかけることができる、つまり『ヒューマン・リレーションズ』)であり、抑圧の担い手の役割(命令を下し『文句なしに』服従させることができる、あるいは政治的指導者の美辞麗句のデマゴギーを操作することができる)であり、あるいはイデオロギーの専門家の役割(あらゆる意識を、敬意をもって扱う、つまり〈道徳〉や、〈美徳〉や、『〈超越性〉』や、〈国民〉や、世界におけるフランスの役割、等々の語調に応じて、それにふさわしい軽蔑、脅迫、デマゴギーをもって扱うことのできる)である。…」(※1)
 たとえ結果的にどの時点で脱落することになったとしても、少なくともその始まりの時点においては、「あらゆる親たち」は一人残らず、それぞれ自らの子どもが「きっと最終的には、その頂点に達する最後の一部分に残ることであろう」とまずはその始まりの時点では期待しており、その期待を込めてそれぞれ自らの子どもを一人残らず学校へと送り込んでいく。「あらゆる親たち」がそうであるというのは、まさにそのような期待が「あらゆる社会階級に開かれているものだったから」である。
 また、たとえ結果的にどの時点で脱落することになったとしても、その脱落した当人である子どもたち自身は、少なくともその「脱落したレベルにおいて確定する、それぞれにふさわしい社会的な役割」を、それぞれもれなく受け取ることができるものと、その始まりの時点においてすでに約束されており、その約束は、彼らがそれぞれ脱落したその時点において、それぞれに割り当てられることになるその役割を、しかしそれぞれが拒まずに受け入れることを条件に、あらゆる人々において担保されることとなっている。繰り返すがそれらのことは、「その始まりの時点ですでに、あらゆる人々に対して決定されていること」なのである。
 社会的な頂点に達する最後の一部分に残りうるということの可能性が、「あらゆる社会階級」に対してまずは開かれており、しかしたとえその頂点に達する過程のどの時点において脱落することになろうとも、その時点において確定する最低限の社会的な役割は、あらゆる人々に対して予め担保されており、ゆえにその限りで「あらゆる人」は、全ての人間を対象として、そのそれぞれに何らかの社会的な役割を与える「学校の、その社会的な機能としての効力」から、除外されるなどということはけっしてない。
 であれば「その役割の主体」として、その役割を自ら進んで担うことに、「あらゆる人々」の誰一人として、それをためらう何らの理由もないだろうし、その役割に対する何らの疑問や疑念も、そこに芽生えてくることはまずもってないはずであろう。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置----探究のためのノート」西川長夫訳


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