とっておきの京都手帖8 【前編】 むす美
<小満/ くらしを彩る風呂敷文化>
NHK「みんなのうた」で放送された「なんのこれしき ふろしきマン」の歌をご存じだろうか。
初回放送月は2007年12月〜2008年1月。
歌はあの「アニメソング界の帝王」とも呼ばれた水木一郎さんだ。
初めて聴いた時は衝撃を受けた。
思わずCDを買った。
孤独を抱えているかのような悲しげで、そこから立ち上がっていくようなイントロ、そして、歌の途中で曲の雰囲気がガラリと明るく変わり、子ども達の合唱とともに水木一郎さんが歌う箇所がある。
私が好きなのはまさにそこだ。
その歌詞の要旨は、風呂敷は薄っぺらくても人情が厚く、雨が降れば傘にもなり、濡れた体も辛い涙も全部拭ってくれるというのだ。
歌詞だけ見ると笑みがこぼれる。
しかし、いざ耳にすると涙が出そうになる。
私はこういうメロディの変化に弱い。
それだけ、メロディに乗せた力強い歌唱とストーリー性が胸に迫ってくる。
私は風呂敷を傘にしたことはないが、時代劇やドラマでたまに見かける、羽織や上着を小雨よけに、雨宿りできるところまで小走りするようなシーンだろうか。
ふろしきマンが全部まとめて拭ってくれるという安心感に、ふと身を委ねたくなるような歌詞だ。
そして、「なんのこれしき」とは最強のポジティブ思考だ。
水木一郎さんが歌うことで、もの凄いヒーロー感と、自分の心強い味方でいてくれるという、擬人化された風呂敷、いや、「ふろしきマン」の熱い思いが伝わってくる。
この歌の曲調について、私が好きな歌詞に至るまでは、わりと21世紀のヒーローっぽい音楽だなと思っていた。
すると、突如として子ども達の合唱とともに現れるのは転調というのだろうか、まるでヒーローと肩を並べて行進するような親しみやすいメロディーが流れる。
私の世代にも懐かしく響くのではなかろうか。
こう私が熱く語らざるを得ないのは、ヒーローものとともに育ってきたという誇りがあるからだ。
子どもの頃、弟達とテレビにかじりつき、目が離せなかった。
ヒーロー達に心を奪われた。
熱心に歌っていたテーマソングを、今なお忘れていない。
「ふろしきマン」の中にはそういった懐かしさもあった。
風呂敷をマントにして遊んだ人も多いだろう。
パーマンは真似しやすかった。
スーパーマン、タイガーマスク…。
どれもなりきるには、マントが必要だった。
だから風呂敷は大活躍だったのだ。
そして飛んだ。
飛ぶためにまとうのだから。
風呂敷をまとえば、無敵になった気がした。
天高く…のつもりで家の中でも飛んだ。
その際は布団に目掛けて飛んだことも数知れず。
布団は家の中で遊ぶ時、必要不可欠な「舞台」にもなった。
時には乗り物でもあっただろう。
外でも飛んだ。
ヒーローを気取り、少し高いところから飛んだ時の着地時に、足の裏から伝わってきた「じ〜ん」は、今は決してやってはならない。
今や「高齢者」の入り口に立つ私だが、ヒーローごっこをしてきた思い出は風呂敷無くして語ることは出来ない。
皆さまも「風呂敷にドラマあり」ではないだろうか。
1枚の風呂敷。
何を包むかというのが風呂敷の使命だろうが、子ども達の心をも包んだと言って良い。
それは子守りの枠を飛び出て、誰人も分け隔てなく、みんなの「なりたい」に寄り添ってきた。
風呂敷ならではだろうか、広げれば広げるほど、一緒に生きてきたドラマがあふれ
出てきて収拾がつかなくなりそうだ。
一晩でも二晩でも語れてしまう世代だ。
しかしそこは風呂敷。
広げた分だけ包み込んで、いつまでも色褪せない思い出として、一旦軽く結んでおこう。
この「なんのこれしき ふろしきマン」の歌の登場に喜んだ人がいた。
風呂敷専門店「むす美」、山田繊維株式会社の広報担当、アートディレクター、取締役の山田悦子さんだ。
彼女はこの歌が放送された当時、ブログにこう綴っている。
「ふろしきの本質をよく理解し、おもしろく擬人化してあって、『ふろしき』を知らない子供たちにも長い間、世の中から忘れ去られていた『ふろしき』を、『このままじゃもったいない……』と考えて下さったのでしょうか。
ありがたいことです」
「ふろしき自身が一番喜んでいるだろうと思います♪」
「聞かずして、教わらずして……はもったいない!!!『過去の知恵を今に活かす。自分の人生に活かす』私ももっと心がけようと思います」
MOTTAINAI Lab. 2008年1月のブログより
山田悦子さんが監修する、風呂敷に関する著書も多数ある。
七変化する使い方、包み方を見ているだけでも楽しくなる本だ。
本の監修者として、山田悦子さんは次のように綴られていた。
「魔法の布『ふろしき』を、あなたの自由な発想で、思う存分楽しんでください。
あなたの毎日が、以前より少しずつ心豊かで楽しくなればそんな嬉しいことはありません」と。
NHKをはじめ、テレビにも何度も出演されているので、ご覧になった方もおられるかもしれない。
最近では、今月5月2日、NHKラジオ第1放送「まんまる」の1時台【ひとのわ】に出演。
風呂敷の歴史、エコバッグの作り方と2リットルのペットボトルの包み方を紹介されていた。
風呂敷の魅力を伝えるために、文化、環境への優しさ、防災グッズ、国際交流等としてワークショップを積極的に開催されている。
「風呂敷で何ができるか」
きっと片時も忘れず、思いを巡らせていらっしゃると思う。
ひと口に「広報」「アートディレクター」と言っても、近年は風呂敷が無くても生活に支障がなかったところからの提案である。
伝統的な風呂敷の柄、素材を大事にすることはもちろん、持っていて楽しくなるような模様やキャラクター、遊び心をくすぐる包み方という工夫を凝らし、風呂敷としての機能を日常使いしてもらう努力は如何許りか。
間もなく梅雨入りを迎える。
赤紫蘇が出回る。
暑くなる一方のこれからの季節に、多忙な彼女を支える一つとも言えるのが「紫蘇ジュース」だろう。
お母様から伝授されたという「紫蘇ジュース」。
コップの中で氷の擦れ合う音と美しい赤紫色、母娘で語らう風呂敷の未来。
日々の生活を楽しむ中に、四季を感じて生きる中に、風呂敷の新たな魅力を見出しているのかもしれない。
コロナ禍前、大阪の友人がどうしても、三条通りにある「むす美」さんのショップに行きたいと伴われて、私は初めてお店に入った。
大手企業の支店長をする友は、出張が多いため風呂敷は必須の旅のアイテムという。
そして、必ずネームも入れてもらっていると、とても嬉しそうに、渋さが光る無地の風呂敷を買い求めていた。
京都に住む私より、京都好きの人から教えてもらうことは実に多い。
この時、素敵な店長さんと案内に立ってくれたのが、山田悦子さんだった。
ショップのディスプレイを見、お話を伺い、私の今までの風呂敷のイメージが一変した。
後のフェアで見た、災害時にペットボトルが6本運べるという風呂敷の便利さにも改めて感心した。
その後のご活躍も目を見張る。
今年3月末には、テレビ朝日「グッド!モーニング」「ワイド!スクランブル」で取材された。
26の地方紙にも掲載された。
京都新聞にも、昨年2023年1月13日付け夕刊に掲載され、「紙面の約1/3…大きくてビックリ!」と、「むす美」さん公式サイトで喜びを発信されていた。
イベント「ふろしきSDGs LIFE」は今年で3回目。
今年のテーマは「ボーダレス」だった。
日常、災害時にも使え、テーマに沿って、シーンや人を選ばず様々な人達の生活スタイルに合わせて、風呂敷が出来ることを提案。
風呂敷と寝食をともにしていないと思いつかない発想だ。
風呂敷の魅力が伝えられているのは、日本だけに止まらない。
京都文化博物館でのワークショップ、パリでの展示会、国内マスコミの報道は言うまでもなく、ニューヨークタイムズでのフィーチャーと見事にSDGsの時代に心を捉えた。
昨年10月に投稿された「むす美」さんのインスタグラムの動画は、2024年5月末現在で979万回以上の再生回数だ。
「ふろしきパッチン」という磁石で閉じる風呂敷バッグの留め口を使った動画だ。
海外で拡散され、たくさんのコメントがあったそう。
英語、スペイン語、アラビア語…、これに一番驚いたのは「むす美」さん。
風呂敷のデザイン性、1枚の布から作り出される意外な使い方、包み方が、新鮮に映っているようだと。
今や、「Instagramで『むす美』を見つけて、ここでふろしきを選ぶのを楽しみに日本に来ました!」と言われるまでに。
日本で1300年以上の歴史を持つ風呂敷。
日本文化から世界のSDGsを。
風呂敷が楽しく進めてくれる。
現代において、風呂敷のイメージを変え、風呂敷の新たな使命を引き出し続ける挑戦。
その山田悦子さんとともに、山田繊維株式会社を愛し継承する人、それが、弟であり社長の山田芳生(よしお)さんだ。
山田社長と初めてお会いした時、とびきりの笑顔で迎えてくださったことがとても印象的だった。
そして、この姉弟に共通する見た目があった。
メガネのレンズ部分をクルッと90度上に向けて頭に乗っけているところだった。
この時点ですでに、親しみやすさが滲み出ていたのだ。
ーーーー【後編】へ続くーーーー
<参考> NHK「みんなのうた」 タイトル「なんのこれしき ふろしきマン」
<参考・協力> MOTTAINAI Lab. 2008年1月山田悦子さんのブログ
「むす美」山田繊維株式会社HP
「むす美」Instagram
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