鳩山家の崩壊 【詩/幻想小説】
1.
この家に
カセイフがいたことは
気配でわかる
今では鳩時計の一部になり
時おり顔を覗かせる
それは
僕しか知らない秘密
あの悲しげな嘴は
僕が生まれる前に
この家にすんでいたカセイフのもの
庭には雑草が繁茂している
もう恐竜の背丈ほどになっている
この家の主人はすっかり憂鬱症になり
毎日ウイスキーを飲んでいる
僕は二階の部屋で参考書を開くが
カセイフが気になって集中できない
時間がくると
(ボッちゃん ボッちゃん)
と鳴くのだ
古代の自然が回帰しつつある庭では
見たこともない虫が飛び交っている
主人はまわらない呂律で何ごとかいいながら
角瓶からウイスキーをあおる
鳩時計が顔を覗かせる
ボッチャン ボッチャン
アナタハハヤクコノイエヲデナケレバイケマセン
コノイエニタベラレテシマウマエニ
バアヤ
ボクハバアヤヲノコシテコノイエヲデテイケナイヨ
バアヤヲヒトリニハデキナイヨ
啜り泣きがひとしきり聞こえたあと
鳩は扉の奥に隠れた
それきり鳴かなかった
僕はぼんやりと窓の外を見ていた
巨大な影が見え 足音が響く
雑草がお化けのように身をくねらせる
鳩は顔を覗かせなくなってしまった
一階から大人たちの声が聞こえた
(早く売り払った方がいい)
(維持管理の責任はどうなっている)
(もう無理なんだ 見ればわかるだろう)
2.
少年は数年ぶりに戸外に出た
強烈な日差しが雑草を焦がす
強い風が吹き
赤ん坊の頭ほどの複眼が近づいた
彼は茂みの中に身を隠す
足もとに重油が流れていた
屋敷のうしろ側に大きな影が見え
絞り出すような咆哮が空気を震わせる
少年は駆けようとして
重油に足を取られる
膝から黒い液体が流れる
彼は進もうとする
足もとを掬われそうになりながら進む
(ボクハデテイクケッシンガツイタヨバアヤ)
空を覆うような羽根が近づき
頭をかすめていく轟音と巨大な影
鱗粉を撒き散らす極彩色の羽根
屋敷の方向から銃声が聞こえた
何回か聞こえた
うしろから近づいている咆哮
立とうとする
進もうとする
荒れ狂う原生林の方へ
その奥へ その奥へと
足を引きずって駆ける
広大な屋敷が燃え上がっている
膝から流れる血は止まらず
銃弾の貫いていった肩が麻痺している