教える人のヒリヒリ
授業が終わったあと、ベテラン先生と二人で話す機会があった。
いかにも生徒に人気がありそうな雰囲気で、気さくな笑顔の話しやすい先生。
複数校にまたがって、平日フルでみっちり教えているそう。
オファーを次々に引き受けていたら増えた、という授業コマ数を聞いてびっくりした。
意外にも先生は去年、苦しい一年を過ごしたそうだ。
授業運営がうまくいかず、生徒の下がりきった意欲を高めようと奮闘したという。
これまでの定石を見直し、アプローチを変え、やり方を変え、なのにうまくいかない。
試行錯誤はどれも裏目に出て、教室の温度は結局、最後まで上がることはなかった。
「とにかく大変だった」と言う。
「新しい教科じゃなくても、先生みたいにベテランでも、うまくいかないときがあるんですね」
いかにもペーペーなわたしの質問に、先生は頷いて「あるんですよ」と笑った。
当時うまくいかなかった痛みや、生徒からのリアクション(無反応という反応)は今でも思い出すとつらいそうだ。
それでも、他の先生に相談し、教材を見直し、体制を変え、改善をあきらめなかった結果どうなったか。
今年受け持つクラスはどこの学校も、いい温度なのだそうだ。
お互いの授業が重なるタイミングでしか会わないので、ほかの先生方と話せる機会はあまりない。
けれど、たまに休憩時間中でゆとりがあるときに自分の経験を話してくれる先生がいる。
守秘義務があるので相手も詳しくは言わないし、こちらも詳細には触れない。
すでに解決したことを笑い話で話すケースがほとんど。
それでも、聞くたびすごいな、と思う。
「先生」としてのふるまいが求められる場だけに、ジャケットをびしっと着こなして、落ち着いた物腰と自信に満ちた先生たち。
これまでの経験で築いた安定感を感じさせる「教える側」の表。
だけど、裏ではひりひりするほど「生徒」だ。
どうやったら伝わる?
どうやったら理解できる?
どうすれば理解してもらえる?
どうすれば引き出せる?
二世代くらい離れた生徒の「いま」や「なま」を知り、彼らに適した授業構成をつかもうとする姿勢は「教える側」というより「学ぶ側」。
これまで上手くいっていても、上手くいかない教室がでてくる。
これまで響いていた言葉が、届かない生徒がでてくる。
生徒は毎年新しくなり、年齢差は毎年開いていく。
先生はこれまでの既知を更新して、あるいは刷新して、新しく教える。
「教える人がいちばん学ぶ」
って、ほんとうだな。
ヒリヒリから何かをつかんで、また明日に生かす。
次の学校に向かう支度を始める先生に、2本持っていった島バナナを1本わたして一緒に食べた。
「初めて食べます」と笑う先生。
わたしもがんばろう。
今のわたしのヒリヒリにも、先人がいるありがたさ。
まさに「先生」だ。
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