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初めての危機管理広報の教科書 備えと対応

企業や著名人の事件事故、SNSの不適切な投稿の炎上など、あらゆる危機が一瞬のうちに拡散する世の中です。

企業の広報活動は、”攻めの情報発信”に注目が集まりがちですが、”危機管理”も重要であることを感じます。

本noteでは、広報職の私が学んだ、危機管理広報のポイントをまとめました。
危機管理広報の準備を検討している経営者や広報担当の方などの参考にしていただければと思います。


危機管理広報とは?

危機管理広報は、危機発生後の謝罪会見の対応の話だけではありません。
危機管理は備え~対応までの一連のプロセスがあり、危機管理広報も各プロセスの一旦を担います。

平時は、企業に訪れる危機を予知し、危機を未然に防ぐ「リスク・マネジメント」に取り組み、危機が発生した場合には企業ダメージを最小化する「クライシス・マネジメント」に取り組みます。危機収束後には、事態好転戦略を実行し、企業イメージの修復を行います。

危機管理広報はいつから取り組むか

危機管理は、本来は創業初期から取り組むべきことの1つです。
ただ、重要事項ではあっても緊急性は低いと判断され、本格的な対策がなされるのは事業が安定期に入ってからのことも多いようです。

近年、中小企業やスタートアップ企業は、積極的な情報発信をする広報活動に注目が集まります。しかし、そこには一定のリスクも存在します。
リターンとリスクはトレードオフです。リスクをどこまで受容するかによりますが、企業は成長に合わせて慎重な発信がより求められるようになります。そのためには、危機管理広報の知識も必要になります。

危機管理広報に取り組むには人的リソースや予算もかかりますが、企業の成長を見越した場合、なおざりにするにはリスクが大きすぎます。

中小企業・スタートアップ企業の広報担当の方は、事業の拡大状況を見ながら、危機発生時の初動対応や危機の備えを中心に危機管理広報に取り組みはじめるのがよさそうです。

平時の危機管理広報

危機は、起こった後にどう対応するかは重要だが、理想的には事前に予知し、未然に防げる方がよい。そのためには、企業を取り巻く環境を理解し危機になりうるリスクを洗い出し、危機に備えることが必要。
危機管理マニュアルの作成や研修を通して、社内各所と連携し、危機を防止するための各種施策に取り組みます。

①危機管理委員会の設置

危機管理委員会のプロジェクトを立ち上げ、広報も参画する。
危機管理委員会は、平時に危機への備えを行うために設置されるもので、基準やルールを策定する組織。
全社横断で、メンバーは各部の代表者から成る(経営企画部、総務部、法務部、人事部、財務部、情報システム部、営業部、商品開発部など)。

②リスクの洗い出し

存在するリスクを洗い出し、危機に備える。洗い出したリスクは、発生頻度、影響度で分け、対応を講じる優先順位をつける。

危機は、欠陥商品や過失による事故など人的要因の危機だけではなく、天災などの外部要因の危機もある。また、法律を守っているだけでは会社としての責任を果たしていないと見られるケースもあり、倫理・道徳の観点、日本と世界の常識のズレが危機になることもある。

リスクの洗い出しには、PESTLE分析などいくつかのフレームワークを用いると有効(PESTLE分析とは6つの視点「政治的要因」「経済的要因」「社会的要因」「技術的要因」「法的要因」「環境的要因」で分析するフレームワーク)。
以下のサイトでは企業の事件・不祥事をまとめているので、リスク洗い出しの参考になる。

③情報を吸い上げる仕組み

内部相談窓口を設置し、潜在化しているコンプライアンス事案を早期に発見する仕組みをつくる。相談者が不利益を被らない体制の構築が必須となる。

※公益通報者保護法により、内部告発を行った労働者は保護される。2022年6月から従業員数300人以上の企業は内部通報制度の整備が義務になっており、従業員数300人以下の中小事業者の場合は努力義務となっている。

④社内/メディア/SNSモニタリング

危機の予兆を把握するためにモニタリング(監視)を行う。
内部要因リスクは社内をモニタリングし、外的要因リスクはメディアやSNSをモニタリングをする。

社内モニタリングは、何を測定・監視するかの「予兆指標」が重要になる。広報の視点でいえば、「ルールを守らないことの常態化」「MVVの意識の低下」など、自組織で指標の仮説を立て、検証しながら有効な予兆監視指標を発見していくことが求められる。

メディア・SNSのモニタリングは、自社に関する記事や投稿だけではなく、競合・業界情報も含めることがある。膨大な量になるため、予算があれば専門のメディアの記事クリッピング会社やSNSの監視会社に依頼することもある。

⑤危機管理広報マニュアルの作成

危機管理広報マニュアルは、危機管理マニュアル(事業継続計画マニュアル)に紐づくものであり、危機発生時の情報発信に関してまとめたものを指すことが多い。
危機管理マニュアルとは以下のようなものを指す。
「地震対策をはじめとする危機管理の社内マニュアル」(日本経済団体連合会)
事業継続計画(BCP)の文書構成モデル例(内閣府)

危機管理マニュアルは作成のプロセスで意思決定していくことが重要。
危機管理マニュアルに定型はなく、企業ごとに事業に合わせた危機の場面について作成する。
工場をもつメーカーであれば現場の危機、大量のデータを扱う企業であればデータ流出の危機について重点的にまとめる。

危機管理広報マニュアルは、危機発生後の緊急連絡網、情報開示のフロー、マスコミ連絡リスト、緊急記者会見の手引きなどをまとめておく。

マニュアルは一度作成して終わりではなく、社内の人事異動による情報変更はもちろん、事業の変化により危機も変化するので適宜見直し・更新を行う。

危機管理広報マニュアルの雛形は右記なども参照。災害時の危機管理広報(リスク対策.COM)。

⑥研修/シミュレーション

社員に対するコンプライアンス研修、SNS研修、経営層へのマスコミ対応シミュレーションなどを実施する。

1.コンプライアンス研修
e-ラーニングや講義を用いてのコンプライアンス研修。
法や規約、情報セキュリティに関する内容のほかに、自社のミッションビジョンバリューに基づいた行動規範や振る舞い、SNSの利用などについて研修を行う。
経営企画、法務、総務、人事などが主導して行うケースが多い。

2.SNS研修
コンプライアンス研修とは別途で社員のSNS利用に特化した研修を行うこともある。
近年、スタートアップを中心に採用広報を目的に、社名・顔・氏名を公開したSNSの利用は増えている。それが思わぬ炎上につながってしまうこともある。
こちらは広報が主導することが多い。

SNSを使うことは情報発信のメリットとともに「情報流出リスク」と「炎上リスク」が伴う。どうSNSを使いこなすか、フォロワーをどう増やすかといった攻め運用の研修だけではなく、リスクに関する研修を行う。

企業/個人のSNS利用に関するルールを、コンプライアンス委員会や情報セキュリティ、法務などと策定する。社外公開用に「ソーシャルメディアポリシー」を、社員用には「ソーシャルメディアガイドライン」を作成する。
作成後は、社内掲示板に掲載するとともに社員に読み合わせの研修を実施する。

「ソーシャルメディアポリシー」の内容・文面は他社が公開しているものを参考にできる。「ソーシャルメディアガイドライン」は社内用として作成されるので公開していない企業が多いが、以下などは雛形として参考になる。

SNSガイドラインは、禁止事項を詳細に設定しすぎると、社員は心理的に発信がしづらくなる懸念もある。企業のフェーズにもよるが、敢えてザックリしたルールに留め(「リアルで言わないことは投稿しない」など)、社員からの積極的な発信を推奨するのも一手である。

3.マスコミ対応シミュレーション
マスコミ対応シミュレーションは、危機発生を題材に、記者会見を模して行われる。記者役は元記者や外部コンサルタントに依頼すると、鋭い質問が展開されリアルなリハーサルになる。台本通りの質疑をするだけではリハーサルの効果は弱い。
会見部屋への入場~退場まで通して行い、トレーニングの様子は録画し、レビューをする。
登壇する会社代表のためのトレーニングではあるが、司会役を担う広報担当のトレーニングでもある。

マスコミ対応シミュレーションのリハーサルチェック事項の例

こうした備えを行った上で、大手企業は年に一度は抜き打ちで危機場面の訓練を行っている。リスクとクライシスを具体的に提示し、緊急性のレベルの判断フローなどを確認している。

有事の危機管理広報

どのような備えをしていても、危機は起き得てしまうと心得ること。

万が一危機が発生した場合には、なによりも適切かつ迅速な初期対応、危機に対する誠意ある対応をすることによってのみ、会社へのダメージを最小化することができる。嘘やごまかしは事態を拡大化、深刻化させ、危機の長期化につながる可能性が高くなる。

対応を誤れば小さな危機でも会社にとって致命的な危機に発展し得ることを肝に銘じて危機に対応する必要があります。

①危機の初期対応

危機発生の第一報が入った際は、事実確認が重要となる。5W1Hのみならず、5W5Hのメッシュで事実関係や被害状況を整理・確認する。当然ながら事実隠蔽は厳禁である。
危機が発生した部署のみで処理はせず、危機管理委員会にて対応し、危機対策本部の設置を判断する。

死傷者、健康被害者がいる場合は人命最優先で対応し、被害者対応と被害拡大を防止する施策を迅速に実行する。

上記のフローチャートの「危機発生からの対応の目安時間」に注目すると、事案発生から1時間で危機対策本部の設置是非を判断するなど、一分一秒を争うスピードが要求されることが分かる。

危機によっては、それを聞きつけたマスコミからの問い合わせが早急に入ることがある。危機発生当該部署で対応せず、全て広報担当にて対応する。

たとえば、何かしらの事故の第一報を受けた直後にマスコミから問い合わせが入った場合には、以下のような回答例がある。

本日●月●日●分ごろ、▲▲(場所)にて■■が起こったという報告を受けています。現場の詳しい状況や負傷者の有無などは現在確認中です。原因もわかっていません。当社といたしましては近隣の住民の皆様と従業員の安全確保を第一に、当局と共に初期対応に努めています。今後詳しい情報が入り次第、発表いたします。

②危機対策本部

危機対策本部を設置するかどうかの判断は、危機の大きさ、情報公開の必要性、その迅速性などを考慮する。危機対策本部を設置して情報の一元化と方針決定を行う。
必要と判断した場合には、経営陣を責任者として対策本部長(危機対応における指揮命令系統)を明確にした上で、営業グループおよびコーポレートの中からメンバーを選定する。
広報対応方針や記者会見の実施是非についても対策本部で決定される。

危機対策本部内での役割分担は、主に以下。

  • 現場との連絡電話担当:かかってきた電話に応対する班と、こちらから電話をかける班に分ける。

  • 情報収集・整理担当:続々と対策本部に合流する各担当が、情報をキャッチアップできるように最新情報をまとめ掲出する。タイムスタンパー(重要な進展や意思決定のあった時刻を記録する)も行う。

  • 被害者担当(いる場合):誠意と主体性をもって迅速且つ適切に対応する

  • 業界・行政担当:行政への報告および業界・取引先への説明を行う。

  • 株主対応

  • マスコミ担当:広報担当窓口での一元対応を徹底する。公開するプレスリリース、ステートメントや想定問答集を策定する。
    緊急会見の実施が判断された場合は、出席者へのブリーフィングも。会見に出席する経営陣へは別室でのブリーフィングが望ましい。(経営陣が対策本部内へ入ると議論が止まり、迅速性が損なわれる恐れがあるため)

③適時適切な情報開示

起きた危機の影響度によって、対応を検討する。
程度によっては関係先のみに情報公開することがあるが、情報公開のプレスリリースは、3回公開するのが目安(初動の事実発表、経緯報告、事後対応の報告)。
被害者が出ている事故であれば記者会見を実施する。マスコミからの問い合わせには、「〇時に記者会見をどこどこで行う」と対応する。

案件の重要性と緊急性を総合的に判断し、適切な方針を選択する。

④記者会見

リスクレベルの高い案件によっては、マスコミに説明する必要が出てくる。危機の規模や状況などにより、記者会見の開催是非を対策本部内で広報が中心となって判断する。

記者会見は「誰にどのような理由で謝罪するのか」を明確にして臨む。記者から想定される質問はおおよそ以下。
危機対応で社内はひっ迫した状況、かつ時間はないが、記者会見には「ポジションペーパー」「公式見解(ステートメント)」「想定Q&A」の一連の回答を準備して臨む。

会見では、混乱を招く可能性のある憶測・推測の発言は控え、原因未究明の場合は、いつごろ究明できるかを提示する。行政が調査・介入する事案であれば、公表できることに制限が生じる場合もある。
話せる内容と話せない内容を明確に区別し、何をどこまで説明するかを事前に関係者と擦り合わせる。

平時の危機管理広報に記載した「マスコミ対応シミュレーション」のチェックリストも参照。

⑤二次被害の防止/再発防止策の実施

危機が二次被害に及ぶことを防ぐ。とくに事故や製品の異物混入などはさらなる事故や被害の拡大につながるケースもある。
先述したプレスリリースの公開や記者会見の実施、または謝罪広告によって広く危機発生を周知するのも二次被害を防止するための施策の1つである。リコールによる商品回収広告などもこれにあたる。

再発防止のために原因や社内調査結果を公表することも必要である。
内部要因の場合は、担当者の異動や監査組織の強化など。

⑥企業イメージ回復

信頼回復のためのイベントや地域貢献活動を行う企業があるが、まず、もっとも重要なのは危機を収束させることと、危機に対する誠意ある対応である。言葉だけではなく行動で示すことが求められる。

危機管理広報の事例

LINEヤフー

LINEとヤフーが経営統合する前のヤフー社の事例ですが、リスク管理の重要性を社内に説くために、さまざまな工夫をしていたそうです。
たとえば、リスク対応方針を平たい文章で社内掲示するのではなく、あたかも雑誌に取材を受けたような記事風のビジュアルで掲載したり、社内のリスクマネジメント活動の成果を半期に一度発表する中で、素晴らしい取り組みには賞品として「リスクどらやき」をプレゼントするなどの仕掛けを用意したそうです。

アスクル

2017年に埼玉県の物流センターで大規模火災が発生したアスクル社の危機管理広報の事例です。
プレスリリースは、第一報から第21報(目視で確認できた範囲)まで出しており、第一報は火災発生から4時間以内という迅速なものでした。記者向けの資料には「企業秘密」の在庫配置も掲載し公開したといいます。

また、火災現場の近隣住民の健康被害を考慮した医師による検診の案内や、大気、水質・土壌調査も行っています。こうした責任ある行動によって、近隣住民からの信頼回復に努めています。

企業理念・行動指針の重要性

危機管理広報についてまとめましたが、最終的に大事なのは、社員の企業理念や行動指針の理解、及びその実践だろうと思わされます。
人的要因の危機を防ぐためにも、また予期しにくい外部要因危機が発生した際の対応のどちらも”人間性”が試されるからです。

普段から社会や人々から信頼・共感される企業・事業であれば、危機発生の抑止になり、たとえ危機が発生したときにも支援の声が広がることもあるでしょう。
奇をてらった施策を行うのではなく、日々、企業理念・行動指針に基づいた正しい行いを実践することが危機管理広報のもっともよい施策になるはずだと学びました。

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