コロナで閉店したグルテンフリーカフェ。何度見失っても、また必ず捜し出す。それは命綱なのだから。
これは、KIRIN×noteのコラボコンテスト『#ここで飲むしあわせ』の応募作品です。
「ダメだったか……。」
コロナの影響でお気に入りのカフェが閉店していた。
ただのお気に入りではない。
わたしにとっては命綱でもあったのだ。
というのも、わたしは小麦粉が苦手だ。
食べると、下痢、発疹、全身疲労、不眠の症状が出る。
だから、極力、小麦粉を食べないようにしている。それなのに、一人暮らしなのに、まともな自炊もしないので、食べられる物も限られていた。
そんな生活が10年も続いたとき、ネット検索でそのカフェを知った。
驚くかもしれないが、1000万近くの人がいて、世界の欲しいものがなんでも揃っているようなここ東京でも、グルテンフリーの飲食店は数えるほどしかないのだ。
その日、わたしははやる気持ちを抑えながら、グルテンフリーカフェがあるという最寄り駅に降り立った。
SNSのくちコミだと、グルテンフリーカフェは非常に分かりにくい場所にあるらしい。
最寄り駅からはずっとGoogle マップの機能を使った。
路地裏を歩き、高架下をくぐり、また路地裏を歩き、通りすぎてしまったようなので少し戻り、雑居ビルの3階に着いた。
「こんなところに、SNSで見たカフェがほんとうにあるんだろうか。」
カフェというよりは、一般家庭の玄関ドアを思わせる重たい扉を恐る恐る開けた。わたしはもうグルテンフリーメニューを食べたい一心だったので、恐怖よりも食べたい気持ちが勝っていたのだ。
「いらっしゃいませ。」
拍子抜けした。入ると、若くて優しそうな女性がいた。
「あの~、一人なんですけど。」
「どこでも、どうぞ。」
入ったときは、中には誰もいなかった。座ってメニューを見ると、ハンバーガー、ピザ、スパゲティ、ワッフル、ラーメン、ギョウザ、お好み焼き。
(ほんとうに、小麦粉が入っていないのだろうか。グルテンフリーカフェと間違えて別のカフェに入っちゃったんじゃないだろうか。それか、グルテンフリーカフェって名乗っているけれど、ほんとうは微量に小麦粉が入っているんじゃ⁉)
わたしはキョロキョロまわりを見たけれど、ヒントになりそうな物はなかった。
(どうしよう~、どうしよう~。)
5分、10分、入店してから時間ばかりが過ぎていく。
「あのー、すいません!」
わたしは思いきって、女性スタッフに声をかけた。
「あのー、あのー。」
女性スタッフは不思議そうにわたしを見ていた。
「小麦粉、入っていませんよね⁉」
わたしは失礼を承知で聞いてみた。
「当たり前です‼」
「これもですか⁉ これもこれも全部ですか⁉」
「この店には、小麦粉を一切持ち込んでいません‼」
わたしはそこでようやく安堵した。
「あー、じゃー、じゃー、ハンバーガーと、ピザと、ワッフルをお願いします!」
そこでわたしは、ドリンクメニューも見た。
「のどごしも? のどごしもグルテンフリーなんですか⁉」
「そうです‼」
「のどごしも追加で!あっ!それから、ギョウザも!」
ビールには、ハンバーガーやピザやワッフルよりも、ギョウザが付きものだ。
それから、すぐにのどごしが出てきたのだけど、ギョウザが出てくるまで飲まずに待った。
10分後、ギョウザがテーブルに運ばれてきた。ビールもギョウザも醤油も約10年ぶりだ。
まずは、ギョウザを何も付けずに食べた。こんがり焼けた皮がパリパリいった。
(そうだった!ギョウザって、こんな歯触りだったんだ。)
中からあふれる肉汁が口の中に広がった。
そこで、のどごしが入ったグラスを慎重に両手で持ち上げた。
グビッ、グビッグビッグビッ。
(そうだった!ビールって、のどにシュワシュワくるんだった。)
次は、ギョウザに、醤油を付けた。
(これこれこれ!ギョウザは、やっぱり、これ!)
ギョウザとのどごしを交互に口に入れながら、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。
数十分後、運ばれてきたハンバーガーとピザがアメリカンサイズだったのには驚いたのだけど、それも貪るように食べ尽くした。だけど、食後のデザートであるワッフルは、さすがにテイクアウトにしてもらった。
それからというもの、月に一度、片道1時間半かけて、わたしはそのカフェに通った。
そこで飲むのどごしは、家で飲むのどごしと違う。どんなに仕事が辛いときでも、そのカフェで食べると、また頑張れそうな気がしてくるからだ。
だから、あのカフェの店長である女性スタッフをコロナで見失っても、またカフェを開店したときは必ず見つけ出す。何度でも、何度でも。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
スキ💟をクリックしてくださると、嬉しいです。