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【小説】去年、その満開の桜の木を観たのは、鳥と虫と雑草と魚と、あの女性だけだったらしい|1スキ=10円が、資生堂さまから医療機関へ寄付されます(~4月14日まで)
去年の今頃、またその季節が来るのかと、嬉しくもあり、億劫でもあった。
一昨年まで、わたしを見上げる人々の顔は笑顔が多く、表情は明るく、スマホやデジカメをたくさん向けていた。撮った画像や動画はSNSに上げられて、世界中の人がわたしを知ることになるらしかった。
一方、三分咲き頃になると、場所取りが始まった。一人ずつポツンポツンと座る人たちは、わたしを一瞥した後は、ずっとスマホやゲームや雑誌に熱中していて、わたしを見上げてくれることはほとんどなかった。
宴会が始まると、心から楽しむ人、付き合いで来てる人がハッキリと分かったが、どちらにせよ。わたしのことはあまり観ていなかった。
狂騒は昼間だけでなく、夜はライトアップされ、そのお祭り騒ぎは2週間続いた。
ただ、一度雨が降ると、人々は逃げ惑い、後には大量のゴミが残された。
だから、毎年春は、嬉しくもあり、鬱陶しくもあるのだ。
それが、去年、人間がほとんど来なくなった。
鳥が飛んで来て枝に止まると、人間が来なくなった理由を教えてくれた。
「シンガタコロナって言うウイルスが流行っていて、飛沫感染するから、人間は密集・密接・密閉を避けているんだ」
そう言って、風がそよぎ、小川がサラサラと流れる中で、好きなだけ囀ずり続けた。
幹を這い上がる虫は、人間に潰されたり、捕まったりすることがなくなって、喜んで動き回った。
雑草も、抜かれたり、人間の足やお尻に潰されなくなって、好きなだけスクスクと伸び続けた。
川を泳ぐ魚も、釣られることがなくなって、気持ち良さそうだ。
そこへ、一人、人間がやってきた。鳥も虫も雑草も魚も、緊張が走った。その人は、スマホでわたしを撮ると、そそくさと帰って行った。
ジョギングに来る人も、立ち止まることはなかった。
まれに来る人間は、みな一瞬わたしを黙って見つめると、足早に去って行った。口には必ずマスクをして。
こんな春は初めてだ。
鳥も、虫も、雑草も、魚も、みんな喜んでいたが、何か物足りなかった。
一人、高齢の女性が杖をつきながらやってきた。
わたしを見上げると
「ありがとう。どんなときも、咲き誇ってくれて、ありがとう」
そう言って、わたしを抱き締めた。しばらく、その女性は動こうとはしなかった。マスクをはずし、おいおいと泣き続けた。
その涙を、虫は飲み込んだ。自分と雑草は吸収した。魚は生き生きと泳いだ。鳥は泣き声に合わせて囀ずった。
人間も必要なんだ。いらない生きものなんていないんだ。
「キレイ」
「ウツクシイ」
「ステキ」
「スキ」
「タノシイ」
「シアワセ」
人間が発する言葉が、空気や地面や川面を揺らし、幸せの波動を地球にもたらしていたことに、鳥も、虫も、雑草も、魚も、わたし自身も気づき始めた。
今年の春は、人間がたくさん来るかな?
花見の場所取りの人や酔っぱらった人は、わたしに興味を示してくれるかな?
一昨年、虫を追いかけ回していた男の子は大きくなっているかな?
けんかしたカップルは、仲直りしているかな?
ゴミは、持ち帰ってくれるかな? コロナとは無関係なところで、スーパーやコンビニのレジ袋にお金がかかるようになったらしいから。
あの高齢の女性は、また自分を抱き締めてくれるだろうか。大地に恵みをもたらしてくれるだろうか。
今年の春は、たくさんの笑顔と再会できるかな?
春を迎えるのに、億劫でなく、鬱陶しくもない。
ああ、こんなに待ち遠しくて、嬉しい春は、わたしは初めてだ。
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