マークの大冒険 古代ローマ編 | 選択の代償 Chapter:5
前回のあらすじ
残されたホルスの力を覚醒させるため、マークたちはエジプトの降神を実行しようとする。だが、カエサルらの激しい妨害に遭い、彼らの体力は既に限界に来ていた。カッシウスとブルートゥスが降神陣を描く時間を稼ごうとするマークだが、ユピテルの力を一部継承したオクタウィウスが繰り出す稲妻を前に身動きが取れずにいた。
▼前回のストーリー▼
マークの大冒険 古代ローマ編 | 選択の代償 Chapter:4
「ブルートゥス!どこへ行こうと無駄だ。もう決着は着いているではないか!」
「うるさい!私たちは最後まで諦めない」
「往生際が悪いな。負けを認めれば、自死することは許してやったのに」
ブルートゥスはカエサルに蹴り飛ばされた傷で、うろたえながらも距離を取ろうとするが、既に追いつかれようとしていた。
「弱いな、カッシウス。お前は弱すぎる」
「クソが......」
アントニウスの強力な一撃で、カッシウスは剣を吹き飛ばされてしまう。武器を失ったカッシウスは、焦りの表情を見せながら後退りした。
「まずい、やっぱりアントニウス相手じゃ無理があったか。それでも、よく耐えた方だ」
マークは武器を落としたカッシウスを見て焦った。
「おいおい、守ってばかりか?少しは反撃してくれないとつまらないぞ」
マークがアムラシュリングで出現させた盾は、オクタウィウスが繰り出す稲妻で次々と壊されていく。そして、最後の一枚もついに木っ端微塵となった。
「ダメだ。もう残りの盾がない。カッシウスとブルートゥスを守りきれない。このままだと確実に全員やられる」
「終いか?もう少し楽しめると思ったが」
オクタウィウスはマークを目掛けて剣を振り下ろし、稲妻を飛ばす。無防備のマークに激しい電撃が迫ろうとしていた。
「仕方ない。あれを使うしかないのか......」
マークはリュックの中から何かを取り出した。黄金色に輝くリンゴのような果実。マークが何かを話しかけると、果実は突如、眩い光を放ちながら開いた。
「なんだ?」
カッシウスは眉をひそめた。
「止まってる?」
ブルートゥスも同様の表情を浮かべた。
カッシウスとブルートゥスが周囲の状況の変化に気づく。オクタウィウスの電撃はマークに当たる直前で止まっており、カエサルもアントニウスも固まっていた。
「マーク、どうなってる?」
状況を読み込めないカッシウスがマークに問うた。
「説明してる暇はない!黄金の果実の使用制限は24秒間だ!急いで降神陣を描くんだ!!」
カッシウスとブルートゥスはマークの険しい表情に驚き、言われるがままに拾った瓦礫で地面に降神陣を描いていく。三人は全力で駆け回り、巨大な陣を描き上げた。
「完成だ!カッシウス、ブルートゥス、ボクの剣を使うんだ!!レガリアとレックスをキミらに渡す」
マークはそう言うと、アムラシュリングの力で周囲に何本もの剣を出現させ、レガリアという剣をカッシウスに、レックスという剣をブルートゥスに手渡した。そして、自身はオリエンタル・ウィンドという剣を握る。
「陣の中央のウジャトの眼に、この三本の剣を突き刺すんだ!」
三人は同時に剣を突き刺した。すると、大地に描いた眼から血のようなものが流れ、地面に描かれた降神陣の模様の溝に満たされていく。そして、全てが満たされると大地に描いた降神陣が眩い光を放った。
「成功した!?」
上手くいったか焦るマーク。
「何だあれは……!?」
カッシウスは、空から挿す強い光線に驚いていた。
「来るぞ!ムウト女神だ!」
マークが叫んだ。
すると、光の中から虹色の翼を持つ女神が突然現れた。女神は大地全体をその巨大な翼で覆っていく。耳ではなく、脳に直接囁きかけてくるような神秘的な歌声が響く。辺りは地殻変動を起こし、大地から何本ものオベリスクが突き出した。激しい砂嵐に包まれた大地は砂漠に変容し、最後に巨大な三つのピラミッドが大地から地響きを立てて姿を表した。大空には無数の鷲が飛び、鳴き声を上げている。そして、ホルスの身体が黄金色に輝きを放ち始めた。
「これがエジプト……!?でも、どうやって?」
ブルートゥスが言った。
「黄金の果実。それで時を止めていたんだ。でも、その代償としてボクは記憶がなくなる」
「嘘だろ?冗談はよせよ」
カッシウスは半信半疑な様子だった。
「何事にも代償はある。この戦いが終わったら、ボクの記憶は消える。キミらとの会話も冒険の思い出も全部思い出せなくなるってこと!」
「そんな……」
ブルートゥスはマークの言っていることが信じ切れずにいた。
「マーク……」
カッシウスは何かを言い出そうとしたが、沈黙した。
「でも、死ぬわけじゃない。またどこかで会うことがあったら、その時はよろしく!ボクらの思い出を聞かせてくれよな。そんなことより、周囲は何もない砂漠。これで何も気にせず、自由に戦える!」
カエサル、アントニウス、オクタウィウスの姿は見えなくなっていた。だが、ユピテルは砂漠の中に佇んでいる。しばらくすると、ユピテルは地面に空間を空け、ブラックホールのような黒い穴の中から稲妻の投槍ケラウノスを取り出した。そして、投槍を振りかざすと、数え切れないほどの電撃の矢がホルスの方に飛んでいく。だが、ホルスは交わそうとせず、勢いよく自身の身体から蒸気を放った。
「ホルスがユピテルの電撃を熱で中和している?太陽神の力を覚醒させたのか?」
マークはホルスの様子を窺っていた。激しい蒸気の灼熱でユピテルの電撃はかき消され、ホルスの蒸気の中に溶けていく。
「勝てるかもしれない……」
マークがそう呟いても、カッシウスとブルートゥスは無言のままだった。
-1ヶ月前-
マークとカッシウスは、マルス神殿の地下階段を降り、神殿の最深部にまで来ていた。
「ここが最深部か?暗くて狭いな。神殿は身近なものだが、普段はこんなところまで入れないからな」
カッシウスは松明で天井を照らしながら言った。
「あのマルスの彫像が天界にいるマルスと交信する媒体だ」
マークが奥に佇む等身大の大理石彫刻を指して言う。
「これか?」
「で、どうやって、そのマルス様を呼ぶわけさ?」
「まあ、見てなよ。香料を貸してくれるかい?」
「ほらよ」
「この三つ足の台に香料をセットする。そして、その松明の火も貸してくれないか?」
「おう」
「こうやって、香料を弱火で蒸すように焚く。これで準備は完了だ。あとはこの麦の粉で、この部屋の床に降神陣を描く。マルスの降神陣の図はこうだ。さあ、手伝ってくれ」
マークはパピルスに記されたマルスの降神陣の図案をカッシウスに見せた。
「細かい図案だな。これを描くのか?」
「当たり前だ。そう文句を言うな。神を呼ぶんだぞ。そう簡単なわけがない。誰にでも簡単にできたら、逆に困るだろ?」
「まあ、それもそうだな」
二人は麦の白い粉を使って地面に降神陣を描いていく。
「完成だ!それじゃ、後はマルスに問いかける呪文だけだ。ボクが今から言う呪文をこの降神陣の中央に立って唱えるんだ」
「分かった」
「我が名はガイウス・カッシウス・ロンギヌス。マルスの子ロムルスの末裔。永遠にして偉大なるローマの子にして、気高き戦士の志しを継ぐ者。神の名において、ここに忠誠を誓って述べる。供物を捧げし者として、汝の力を分け与えることを請う。我が名はガイウス・カッシウス・ロンギヌス。マルスの子ロムルスの末裔。ローマの永遠の繁栄と栄光を願いし者」
「長いな」
「長いよ」
カッシウスは文句を言いながらも、降神陣の中央でマークに言われた通りの呪文を唱えた。すると、彫像が光出し、言葉を発した。
「人間が何をしに来た?」
マルスの彫像が頭に直接言葉を投げかけてくる。
「神のお出ましか?」
カッシウスは驚き、目の前の彫像まじまじと観て言った。
「あんたの力を貸してほしい」
「貴様ら人間に力を貸して、何の得になる?」
「何の得って?神が人間を助けるのは当たり前じゃないのか?」
「愚かな人間たち。恩恵を当然と勘違いする」
「だが、このままじゃ俺らも帰れない。香料を捧げたんだ。大金だぞ?」
「人の子が神に口答えするとは。それもローマの始祖である我マルスに。思い知るがいい。自分たちの過ちと浅はかさを」
「さあ、マルス様はお怒りのようだ。どうするカッシウス?このまま逃げ出すか?」
「今さらどうにもならんだろ、俺は進む!」
「キミなら大丈夫だ、カッシウス。信じてる」
マークの言葉が次第にかすれていき、カッシウスの視界は真っ白になっていく。
「夢を諦めるな!たとえ東の風が吹こうとも、ボクらの冒険は……」
To be continued...
Route:ΔΛΦOI 3.141592 第三次中間報告書
古代ローマの歴史について | 前1世紀のローマ社会
前1世紀末、ローマではカエサル派と共和派の間で激しい抗争が繰り広げられていた。だが、一人の青年の仲介で和平条約が結ばれることになった。その青年に関する詳しい情報は残されていないが、ローマ人ではなく、東方から来た旅人だったとカエサルやキケロ、レアテのウァッロは記している。また、彼自身は自分のことを「MARCVS(マルクス)」と名乗っていたようだが、正確な名は定かではない。加えて、彼が色白だったことから、一部の人間は「白い男」を意味する「ALBINVS(アルビヌス)」の渾名でも呼んでいたという。
和平条約が結ばれた後の青年の消息は不明だが、鉄でできた漆黒の大鷲に乗って空の彼方に消えたという不可解な伝承が存在している。後世の歴史家らは、ガレー船に乗ってローマにやって来た豊穣神サトゥルヌスとの類似性を指摘している。
また、一時期その青年と行動を共にしていたカッシウスとブルートゥスが彼に出身地を訊ねると、ローマから東方に位置する「IAPAN(ヤーパン)」から来たと答えたという。この言葉が日本を意味する「Japan(英:ジャパン/独:ヤーパン)」に類似していると指摘する学者もおり、一時話題にもなったが、偶然性によるもので関係性はないというのが現在の定説である。むしろ、ギリシアの牧神パンとの関係性が指摘されており、ローマから遥か東方に存在した豊かな地域だったと推測される。ローマ人の伝承により生み出された架空の地とも考えられるが、この「IAPAN」という地名は、ブルートゥスがキケロに宛てた手紙の中にしか登場せず、ローマの領域で広く伝わっていた伝承とも考えづらい。
結局、青年が口にした地名については全てが謎に包まれている。だが、この一人の青年を介して前1世紀に結ばれたローマの派閥間の和平条約は、彼らの繁栄をさらに促進すると共に、長らく問題となっていた貴族と平民間の融和をもたらしたことは確かと言える。青年の登場により、カエサル派によるローマの帝政移行運動は阻止され、伝統的な共和体制が継続されるに至った。
Shelk 詩瑠久🦋