【エッセイ】 世界一おいしいパン ~山梨、恐るべし!~
市川三郷町 清真堂の「はちみつバター」
めずらしく食べ物の話…
InstagramやXで食べ物を並べるのは、私はあまり好きでない。
地方にいると、ローカル番組やタウン誌はグルメの情報ばかりで、地方はそんなに話題に乏しいのか? 関心はそれしかないのか? と寂しい気持ちになってしまう。
そんなことを常々考えているが、今日はパンの話をしたい。
お気に入りのパンを、「このパンが、世界で一番おいしいと思うんだよね…」なんて豪語すると、「世界のパンを食べつくしたわけでもないのに…」と呆れられてしまう。
いままで「世界で一番」が地元のパン屋さんの「チョコドーナツ」だった。ドーナツ風のパン生地にカスタードクリームが挟まって、その上からチョコレートがかけられている。見た目はエクレアに似ている。パン生地と、甘さ控えめのカスタードクリームとチョコの相性がいい。パンなのにエクレアを食べているような満足感がある。
大門碑林公園
今日、山梨県の市川三郷町に行った。「大人の休日俱楽部パス」(JR東日本)も使えるし、お天気もいいようだし、と休暇を取って以前から行ってみたかった市川三郷町の「大門碑林公園」へ行った。
中国西安に「碑林博物館」というのがあって、そこは、中国各地から名碑が集められ、書の歴史をみることができる博物館である。市川三郷町は平成の大合併の前は市川大門町といい、古くは紙の生産で栄えていた。紙といっても、書画に使用する画仙紙から障子紙、懐紙など様々あるが、画仙紙を縁に中国と交流があり、碑林博物館の主な石碑のレプリカを立てて、「大門碑林公園」とした。漢碑や唐の四大家など満足できるメンバーだったが、書を理解している人以外これに関心はないだろうから、観光の場としてこれで町おこしとは容易にいかなかったであろう。平日ということもあっただろうが、私以外に客はなく、入場チケット売場の方は中でうとうとしていた。
キラキラ輝くパン
公園を終えて、せっかくだからとこの街を歩いた。地方の例に漏れず、商店街があった気配がさみしく漂っていた。
ケーキ屋さんなのかベーカリーなのか。開いているお店があったので、店先から覗いてみると、ガラスの向こう側に棚があって、数種のパンが置いてあった。商品名と値段の札も見えた。「はちみつバターパン」という札が見えた。その商品名が気になりながら、寂しい商店街の、遠慮なくいうとうらぶれた感じのお店でもあったので一瞬迷ったが、14時過ぎなのに昼食もまだだったので、お店に入った。
都会のイケてるお店でない。味が“外れ”かもしれない。しかし、この町にもう来ることはないだろうと思うと、このパン屋さんに限らず、出会ったものには触れておこうと思った。
「はちみつバターパン」100円をひとつ買った。
すぐ近くの市川本町駅(身延線)はホームだけの無人駅。甲府への列車時刻まで20分あったので、そこのベンチで食べることにした。
砂糖がかかっていてラグビーボールのようなかたち。中はぎゅっと生地が詰まっているのだろうと思いながら、ビニール袋を開けてかじった。
すると、中は空洞だった! そこに、はちみつが詰まっていた。甘すぎず、はちみつとバターの香りが心地いい。
感動した。
おいしいものはたくさんあるが、感動するものはそうそうないと思う。私は、普段の会話でも、本当においしいものは「感動する味」と表現して、それはめったにないのだが、これは「感動する」おいしさだった。
そのパンはキラキラ輝いて見えた。
今なら戻って買える
列車の時刻まで15分ある。お店には、この「はちみつバターパン」がまだ2個あった。家に持って帰り、家族にも食べさせたい。お店と往復しても大丈夫と踏んだ。そして、ホームを出た。
お店について、入口を入り、来客を知らせるチャイムが鳴っても、先ほどのご主人らしき方は出ていらっしゃらなかった。奥に気配はするが返答がないので、入口に近づいてまたチャイムが鳴る位置に立つ。それでもお店の方が出ていらっしゃらなかった。
「ごめんください!」
ようやく出ていらしたが、先ほどのご主人ではなく、老婦人だった。先のご主人が出ていらしたら、「食べてみたら、素晴らしくおいしかったので…」とひとこと話そうと考えながら歩いてきたので、拍子抜けしたというか、残念だった。
「今、ちょっと出てまして、売れないんです。」
とおっしゃる。あのご主人は用事にでも出かけたらしい。それでも「売れない」とおっしゃるのが気になって、
「売っていただけないんですか?」
と聞いた。
「はい…」
そのご様子をよく見ると、目が不自由でいらっしゃるようだった。
財布に小銭があれば、200円を置いて、「はちみつバターパン」を2個いただく旨のお話ができると思ったが、さっきの買い物で財布の100円玉をすべて使い切ったのを覚えている。
お店を出た。駅まで3分で行けるので5分待てると思い、お店の前で待ったが、ご主人は戻ってこなかった。
通りがかった下校途中の中学生が、私に「こんにちは」とあいさつしてくれた。雲ひとつない小春日和と一緒にさわやかだった。
また行こう!
「はちみつバターパン」
もう一度会えるだろうか?
あの味だったら、「はちみつバターパン」のためだけに、ここに来てもいいと思う。
新宿から甲府まで特急で1時間半、身延線に乗り換えて40分。また来ようと思った。
山梨、恐るべし!
(2023年12月 8日)