スローターハウス5
ブルータスの「村上春樹の私的読書案内。51 BOOK GUIDE」でも紹介されていたカート・ヴォネガット・ジュニアの長篇小説。原著1969年、訳本刊行は1973年。
とかくローズウォーターと彼が崇拝するSF作家が気になる。ローズウォーター氏は前の作品やらにも出ていたらしい。久々にいいキャラ見つけた。
ヴォネガットの作品はいつ何が飛び出すかわからんおもしろさがあった。本を読んで笑えるのは良い。そういうものだ。
【出版社Webによる紹介】
時の流れの呪縛から解き放たれたビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去とを往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り……異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され……やがては第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるピリー。時間の迷路の果てに彼が見たものは何か? 著者自身の戦争体験をまじえて描き、映画化もされた半自伝的長篇。
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ビリーのとなりのベッドには、エリオット・ローズウォーターと名乗る元歩兵隊がいた。ローズウォーターは、四六時ちゅう飲んだくれている人生にうんざりし、そのために病んでいた。
ビリーに、SFを、特にキルゴア・トラウトの作品を紹介したのは、このローズウォーターである。ローズウォーターのベッドの下には、ペーパーバックSFの厖大なコレクションがあった。彼は旅行用トランクにSFをいっぱい詰めこんで入院した。病棟には、一ヵ月も取り換えられていないフランネル・パジャマのような、アイルランド・シチューのような、においがたちこめていたが、それは、愛情ある主人に恵まれた、このうすぎたない本のにおいであった。
キルゴア・トラウトはビリーの大好きな作家となり、SFは彼を満足させる唯一の小説類となった。
ローズウォーターは頭の回転の速さではビリーよりも数等まさっていたが、二人が直面している精神的危機やその対処の方法は似たようなものだった。二人とも人生の意味を見失っており、その原因の一端はどちらも戦争にあった。たとえばローズウォーターは、ドイツ兵と見誤って十四歳の消防夫を射殺していた。そういうものだ。一方ビリーは、ヨーロッパ史上最大の虐殺、ドレスデン焼夷弾爆撃の体験者であった。そういうものだ。
そのような事情から、二人は自身とその宇宙を再発明しようと努力しているのだった。それにはSFが大いに役に立った。
あるときローズウォーターがビリーにおもしろいことをいった。SFではないが、これも本の話である。人生について知るべきことは、すでにフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と彼はいうのだった。そしてこうつけ加えた、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」
またあるとき、ローズウォーターは精神科医にこう言った、「思うんだがね、あんたたちはそろそろ、すてきな新しい嘘をたくさんこしらえなきゃいけないんじゃないか。でないと、みんな生きてくのがいやんなっちまうぜ」
(本文より)
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(以下は村上春樹さんによるブルータスの中でのこの本に関する著述の一部)
当時ヴォネガットが我々に突きつけたのは、「この世界、どこまでがシリアスで、どこからがシリアスではないのですか?」という問いだった。そう、そんな線引きなんてできっこないのだ。