夜想曲集-音楽と夕暮れをめぐる五つの物語

書影

まず、たて続けに外国の小説を読んでいると、とりわけそこに短編集なども入ってくると、正直なところ人物名がごちゃごちゃになってくるし、そろそろ話の筋もサリンジャーの短編集(ナイン・ストーリーズ)やら、フィリップ・マーロウやら、入り乱れてきて、ただ読んでいるだけなのだけれど、頭の中では勝手に自分の世界が広がっていくような…。そんなスペクタクルもあるいは魅力といえるかもしれない。(ちょっと読むペースを落とした方が良さそうだ…)

このカズオ・イシグロの五本の短編は、共通のテーマというのも見受けられるし、だいたいは主人公が冷静中立ニュートラルで、そこにつっかかってくる人たちが過剰気味、という構図がある。読んでいて半ばイライラしてくるところもあるが、おもしろくて吹き出してしまうポイントが随所にあるので相殺される。いや、相殺されるなんてチープなものではない。おかしな話であり、深い話であり、不可解な話であり、笑える話であり…をこれだけ昇華させる物語は、そうそうないと改めて感じた。そう、カズオ・イシグロの大ファンに僕はなりつつある。そんな短編集。(「日の名残り」も「わたしを離さないで」もすごくよかった)

僕はこういう作品に触れるたびに「グレート・ギャツビー」の冒頭ではないけれど、ニック・キャラウェイが父から言われたように「何ごとによらずものごとをすぐに決めつけない」を大切にしようと思う。そしてまた、ひとりじゃないんだとも思える。

収められている5作の短編はどれもよかった。だけど強いていえば「夜想曲」と最後の「チェリスト」がよかった。

ちょっとネタバレさせると…いや、やめておこう…。とても読みやすいということもあるので、ぜひ多くの方にこの短編集をお読みいただきたい。

タイトルの通り、主人公は少なくとも「音楽を奏でる」という能力や才能を持っている。(そうじゃない話もあったかもしれない)

最後の「チェリスト」を読んで、やや大仰にいえば「もしかして僕のこういう部分は才能といえるのかもしれない」と思えるような自分の性質を確認した。
いや、それを見つけたことの衝撃よりも「実は意外なことが芽を摘んでいるのかもしれない」ということに気づいた衝撃が大きかった。一番はっとさせられたシーンかもしれない。

上記2作だけでなく、細かく言えば他でも印象に残った箇所はたくさんある。

それから!サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」(僕は柴田元幸訳で読んだ)とこの「夜想曲集」をセットで読んでみると、すごくいいかもしれない。
(準備運動は前者に収められている「可憐なる口もと 緑なる君が瞳」だ。20ページしかない。で、「バナナフィッシュ」にいって次に「降っても晴れても」…という具合に…、直感で好きなやつから読んでみてください)

というわけで「カズオ・イシグロ」の世界にもゆっくり浸っていきたいと思います。
ちょうど来月には新刊も出るので楽しみです。

【著書紹介文】
ベネチアのサンマルコ広場で演奏するギタリストが垣間見た、アメリカの大物シンガーの生き方を描く「老歌手」。芽の出ないサックス奏者が、一流ホテルの秘密階でセレブリティと過ごした数夜を回想する「夜想曲」など、書き下ろしの連作五篇を収録。人生の夕暮れに直面した人々の悲哀と揺れる心を、切なくユーモラスに描きだした著者初の短篇集。

(書影と著書紹介文は https://www.hayakawa-online.co.jp より拝借いたしました)

「ナイン・ストーリーズ」読後感想(関連note)
https://note.com/seishinkoji/n/nc2ca9a4dd097

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