手と足と口に。【漢方医放浪記】
少し前から大流行している手足口病に、とうとう息子も罹患しました。エンテロウイルスやコクサッキーウイルスの感染を原因とする独特な疾患で、手と口と足に特徴的な湿疹が出現するものです。
で、痛い。
痛いんですよね。この湿疹が。足の裏に出てると歩くのにチクチク痛むし、手の湿疹が物にあたるとズキンと痛みます。最も厄介なのは口腔内の粘膜疹で、これが小さな子ども達には耐え難い苦痛を、食事の度に齎します。
潜伏期間も発症後の感染力持続も相当に長いものですから、学校等は出席停止になりません。そんなことしても無駄無駄無駄無駄ァ!なのです。では、いつから登園ないし登校できるかというと、ふつうに食べられるようになったら、というのが目安になります。
私が手足口病になったとき、幼心にも彼方此方痛くてツラかった思い出が脳裏に蘇ります。たしかあの時、祖母が作ってくれたものを食べるのも痛くて、仙人系な祖父の繰り出してきた【きなこ牛乳】がスルスルと飲めて、これは神の飲物に違いないと感涙を禁じ得ませんでした。仏陀が断食修行の末に出会った乳粥に抱いた感情に近いものを、私は経験したのかもしれません。
さて、息子の話に戻りましょう。
その夜、不意に息子が言いました。
「なんか!なんか手と足に赤くなってて!いたい!ねぇパパ、ちょっと診てくれないかな。」
主訴が明確で助かります。診ますと、僅かですが手と足に限局した紅斑と丘疹があって、サイズは何れも2mm程、一部には水疱を伴います。口唇の裏側にも発赤と水泡があります。他の皮膚に異常はみられません。その前日から鼻汁や湿性咳嗽が先行していましたから、感冒かと様子を見ておりましたが、これは正しく手足口病ではありませんか!
「…手足口病だね。」
「なにそれ。」
「感染症。ウイルス感染が原因で手と足と口に赤いのが出て、痛い病気。」
「てあし…くち、びょう……。」
「そう。手足口病。」
「な、なんてことだ…。おれが、てあしくちびょうに…。せんせい、なおりますか。」
「治るよ。治療しようか。」
「ああ、よかった。いまパパにほうこくしてよかった。」
診察を続けます。手足口病の特効薬は存在せず、対症療法のほかに治療手段はありませんが、それは西洋医学領域の話。こういう疾患こそ、むしろ漢方医学の得意とする領域であります。
脈を診ますと、浮数緊。特に腑実が目立ち、胃と小腸から大腸まで病邪が及んでいることが分かります。これはエンテロウイルスでしょう。奴等は腸管で増えるのです。大腸から皮膚に影響するのは道理ですから、ここを治せばいい。急性期の腹診はアテにならないことも多いので参考程度に留めますが、やはり胃十二指腸のあたりに不調のあることが読み取れました。
升麻葛根湯です。
これは数ある葛根湯シリーズの中で最も浅い病邪に強く、麻疹風疹の治療薬として有名な処方です。升麻と葛根が協調して辛涼解表に特効し、血を補い気を伸びやかに巡らす芍薬が之を補佐します。生姜で胃を整え末端を温め、甘草が全体を調和することで、升麻葛根湯という処方が完成します。
息子は漢方薬をグイと飲み干して、眠りました。
翌朝、起き抜けに「鼻が!苦しい!おなかいたい!」と泣き叫ぶ息子にトイレを促し、排尿後に腹部がスッキリしたことを確認してから診察を始めました。もはや腹はなんともありません。膀胱が痛むほど充満していたのでしょう。
一方、脈は浮数弦大に変じました。水毒の治療も必要です。そこで五苓散合升麻葛根湯として朝と昼に其々1回ずつ服し、夕刻までには僅かに色素沈着を残しながら体調も湿疹も治癒しました。
先人たちの継承してきた大いなる漢方医学の超絶技巧に畏敬の念を抱きながら、私は今宵も古書を紐解きます。この医学、底が知れません。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、漢方医学がロストテクノロジーにならず継承と発展を遂げますように。
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