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「信頼できる人」と「信用できる人」

 医師はまず患者さんからの信頼を得られなければ、話になりません。その上で説明内容が信用されて初めて、良い医療が成り立ちます。しかし自分や家族の命がかかっている状況では、簡単に信じることはできません。

「信頼」と「信用」の違いは何でしょうか。

 信頼は、信じて頼ると書きます。「頼む」ではなくて「頼る」方ですね。ここに根拠は必要ありません。直感です。「安心できる」か「なんか胡散臭い」かの違いです。

 信用は、信じて用いると書きます。「頼る」より「頼む」に近いニュアンスですね。それまでの実績からこれからも大丈夫だろうと信じることを信用といいます。過去が根拠になります。

↓↓「頼む」と「頼る」の違いはこちらです。↓↓

 例えば人当たりがよくて物腰が柔らかく、すぐ患者さんから信頼される同僚がいました。働いていて困ったときは必ず助けてくれます。しかし日常生活ではたまに意味のない嘘をつきます。入職して間もない頃に検査室の場所を聞いたら違うフロアを教えられて酷い目に遭いました。でも面白い人だから赦しました。これは「信頼できるが信用ならない人」の典型です。

 例えば全く嘘をつけない研修医がいました。よく勉強もしていて知識は豊富でしたが、たびたび失敗しました。しかしその失敗を決して隠さず謝罪し、同じ失敗を繰り返しませんでした。これは「信用できるが、まだ信頼できない人」です。

 信頼は信用の集大成と考えます。

 人から信用されるようになると、やがて信用が信頼に変化していくのが分かります。そして不思議なことに多くの人からの信頼が集まると、いつの間にか「信頼されやすいオーラ」のようなものが出てくるようです。「オーラ」の正体は言葉遣いかもしれませんし、表情や態度や視線かもしれませんが、兎も角そういうものが出てきます。「纏(てん)、絶(ぜつ)、練(れん)、発(はつ)」といった修行はしておりませんが、ありがたいことに私も多くの初対面の患者さんから信頼していただけるようになってきました。

 貴方の周りはどうでしょうか。

 安易に信じるのは危険です。
「信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つくほうがいい」ですって? 私はどちらも嫌です。
 裏切られたら「傷付く」どころではありません。利害関係にある場合や、「相手が自分を信頼/信用しきった」と確信したとき、悪意のある人は容易に貴方を裏切ります。大事なのは見極めることです。
 信頼できる人に恵まれたら幸運です。信用できる人が多ければ心の負担は大きく減ります。

 貴方自身はどうでしょうか。

 それが「自信」ということです。

 根拠のある自信は自分への「信用」の証です。
 根拠のない自信は自分への「信頼」の証です。

 もし自分に自信がなかったら、自分への小さな信用を積み重ねていくことをオススメします。それは「朝起きられた」とか「ひとつ記事を投稿できた」とか、些細なことでも構いません。自分に「小さな期待」をかけて、それを叶えてあげるのです。やがてそれは確かな信用に至り、いつかきっと信頼に繋がる日が来ることでしょう。

 人からの「信用」や「信頼」を得る前に、貴方が貴方を信じられることが大切です。


 さて、私の言葉は「信用」できるでしょうか?

 貴方は私を「信頼」できそうですか?


 私はただ記事を書き続けます。

 本当に?

「僕を信じろ」なんて言いません。もしそう言う人がいれば、それは空虚で危うい甘言です。信用ならない人ほど「信じる」という言葉を多用し、それを「お願い」してきます。自分の感性に問いかけて、自分の頭で考えることが大切です。

 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の心が疑念から解放されて、澄み渡る青空のように美しく輝いていきますように。


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#僕を信じろとか言うアラジンを初見で信じてはいけない
#実写版は僕を信じてと少しマイルドになったがまだ信じないほうがいい
#原作は ”Do you trust me?”だからギリセーフ
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