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「私にとっての名文」は古本屋のいろんな地味なところに隠れている、だから本の世界は面白い!
たとえば1976年に刊行された那谷敏郎さんの『ビザンチンの光芒』は、いささか意表をついて、著者の幼少の思い出から始まる。
北陸の厳しい寒さの中、父親の書棚から世界美術大全を抜き取って炬燵で開いたところ、たちまちビザンチン美術に魅惑された、というところから、
ぐぐっと現代ギリシャ旅行記にリンクし、カメラマン同伴で、ミストラスを、サントリニを、聖地アトスを訪問する。
名文ラッシュの本と、私には読めました。
まったく偶然手にした本だというのにいたく共感した。こういう出会いがあるから「本」の世界は面白い。
でも、私がこの著者のこの本を「名文だ!」と思ったのは、私自身がギリシャ正教の世界に少年の頃から思い入れがあり、父に連れられてまさにギリシャ正教会の修道院を見学した思い出があるから、かもしれない。私自身のビザンチンとの縁が、この那谷敏郎さんの『ビザンチンの光芒』をこんなに感動させてくれるスイッチなのかもしれない。
もしかしたら、こういうレベルで「自分の人生に触れてくる」本は、どこのガイドブックにも、誰の推薦図書リストにも乗っておらず、自分で古本屋を歩き回って「偶然の出会い」を待つしかないのかもしれない。
見方を変えれば、「私にとっての名文」は古本屋のとんでもなく地味なところに、ひそかに隠れているものなのかもしれない。だから本の世界というのは面白い。