マルクス・ガブリエルさんがシェイクスピアとソフォクレスに言及する
ソーシャルメディアで人の行動が変わるということは、ソーシャルメディアが我々に自己を与えているということです。しかしフェイスブックに私が何者であるかを決める権限などありません。とんでもないことです。そんなことに時間を費やすよりも、ソフォクレスやシェークスピアの作品を読んだり、友人と話をする方がよっぽどいい。(マルクス・ガブリエル『つながり過ぎた世界の先に』PHP新書より)
本当かもですね。でも、ソフォクレスやシェイクスピアの話をSNS上でよく展開している私のような人にはとても苦しい立場に追い込まれる発言だ。
「いままでのSNSは問題だらけだったので、この失敗をいかした、真に公平で冷静な議論ができるプラットフォームがインターネットには必要では」というような意味のことも同書にありますが、たしかに、今のSNSはそれまでのあくまで過渡期のツールと信じるしかないかもしれない。
いずれにせよ、マルクス・ガブリエルがソフォクレスをこういう議論の引き合いに出してくれたのは、ギリシャ擁護派の私にはとても嬉しかった!