山に籠ることなく、日常の機会を活かして悟る時代。
あまり「悟り」について言及したくないのは、
余計な想定を作り出してしまうからでもあります。
悟りはこうだよ、悟るとこうなるよという話は
その道を歩もうとする方にとって毒にしかなりません。
(それを語っている方もいらっしゃいますが・・・。)
悟りはどこかにあるものではありませんし、
何かを勉強して理解するものではありません。
悟りへの入口は、いつもあなたの足元にあります。
(足元というのも考えです。)
外側を探しているうちは、たどり着くことはありません。
内側に向き始め