一吾(イチゴ)

2020年末から小説を書き始めました。こちらでは、短編小説とエッセイを載せていきたいと思っています。

一吾(イチゴ)

2020年末から小説を書き始めました。こちらでは、短編小説とエッセイを載せていきたいと思っています。

最近の記事

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午後3時のジョアン

ジョアンからの手紙  やあ、ジョアン。  正直に書くよ。  君はきっと分かってくれると思う。  僕の想像力は午後3時が近づくと凍りついてしまうんだ。  大人になるって、どういうことだろう。  だって僕にはあと30分後に何が起こるか、それさえ分からないんだ。  あと20分もしたら、担任のミセス・ブライトは僕たちを並ばせる。  僕はスクールバスの列に並びたいよ。  何で僕のアパートは学校から1マイル以内に入ってるんだろう。  スクールバスに乗って帰れたら、すごくいいんだけどな

    • 砂糖はいかがでしょう

       3月の終わり。  出会いと別れのほろ苦い季節に甘さを少々、いかがでしょうか?  詞と曲、編曲は岡田朔さん  ムービーはウララさん  歌はわたしです   #私のプレイリスト

      • 再生

        短編『時間停止恋人』

        文学フリマのためのアンソロジー『恋毒スーサイド』参加作品です。菖蒲ウララさんhttps://mobile.twitter.com/urara_no_5が、拙作『時間停止恋人』の紹介動画を作ってくださいました✨ 3分間弱の動画ですので、お時間を割いていただけたら嬉しいです。 歌は自分で歌いました!

        • 一凪 [短編小説]

           そのゴーグルみたいな装置をつけると、上が下に右が左に、全て反転して見えるらしい。 「でも、それをかけ続けて生活していると、そのままご飯を食べたり出来るようになるんだって」  イチは読んでいる本の背表紙を見せた。  感覚知覚心理学入門、とある。  きっと神田あたりの古本屋さんで見付けてきたんだろう。字体のいかめしさが古い本だなって感じ。 「トイレは?」  わたしは尋ねた。  イチは不思議そうな顔をした。  さらさらのイチの髪が揺れた。  男の子にしてはちょっと長め。女

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        午後3時のジョアン

          感謝の花束

           アンソロジー「どうか秘密を花束に」に作品を収録していただきました✨  きちんと全ての作品を読ませていただいてから……と思っていたら、お礼が遅くなってしまいました。  発行や文学フリマでの活動に関わって下さった皆さま、作品集の作家の皆さま、ありがとうございます!  織田麻さまのあとがきにて、作品集の表紙の女性が持っているのはミモザの花で「秘密の恋」という花言葉がある、と知りました。  秘密を花束にするという、小粋で想像力が膨らむような、素敵な作品集だと改めて思います💐

          感謝の花束

          うそつきエイプリル[短編]

           かわいいエイプリル。  きみが好きさ。  ぼくの家はきみのおとなりさんで、初めてオーラリア小学校に通い始めた頃から、ずっと一緒。  校庭で、きみがぼくにキスして、ふたりしてブラウン校長先生の部屋に呼び出されたのは、1年生のとき。 「だって今日はエイプリルフールだし、わたしの誕生日なんだもの!」  きみは校長先生に、もの申した。  まあ、きみの誕生日っていうのは、ほんとうだよね。  じゃあ、あのキスは?  ジョークだったのかなあ。  2年生のときは、カフェテリアでランチの

          うそつきエイプリル[短編]

          それでは次のニュース[バレンタインデーのための1,178文字]

           それでは次のニュース。  スミソニアン博物館からジョージ・ワシントンの入れ歯が盗まれちゃったんだって。   1981年のことさ。  いや、ハリウッドスターじゃないよ。  知らない?初代大統領。  うん。  それでさ、宮崎県の岬馬が冬毛になっているんだって。  ほら、ほわほわしてちょっとかわいいよね。  ビル火災でたくさんひとが死んだって。  誰かさんと誰かさんが不倫してるって。  あのひとが激痩せして、あのひとが激太りして、あのひとも亡くなって、あのひとの赤ちゃんの

          それでは次のニュース[バレンタインデーのための1,178文字]

          薄皮[短編小説]

           わたしは馨の手元から目を逸らすことは出来ませんでした。  白い白い、陶器で出来ているかのような壊れやすそうな長い指。  馨の指先は蜜柑の房と房とを引っ張っていました。  蜜に汚れた両の、親指と人差し指。  しりしりという僅かな、あるかなきかの音ともに蜜柑は引き離されました。  三日月にも半月にも似た、ひと房同士。  白い薄皮に包まれて透けている橙色の果肉。 「不思議ですね」  馨は不思議でもなんでも無さそうです。 「あんなにしっかりくっついていたのに、一度離れてしまうと、

          薄皮[短編小説]

          かつてニキだった踊る熊

           ニキはいらない子だった。  父母の違う、寄せ集めの13人の兄弟姉妹の末っ子で、地下室で育った。  『クリスマスの12日間』を歌うのには12人で足りる。  ニキの毛むくじゃらの身体を見て、母親は正気を失った。  学校には行かせてもらえなかった。  暗く狭い地下室で、ニキの手足は育たなかった。  冬が近づくと兄さんや姉さんたちが『クリスマスの12日間』の歌を練習する。  ニキは、梨の木もウズラも見たことがなかった。  真実の愛がくれる光り輝く金の輪も。  光という

          かつてニキだった踊る熊

          二百光年のおやすみなさい

           ベッドの真ん中。  君と僕の間には目に見えない境界線があるよね。  境界線上に僕が右手を出すと、君が僕の手を握ってくれる。  そのまま僕は寝たふり。  ベッドは夜へ滑り出す。浮遊するんだ。  寝たふりしたまま、いつの間にか夢の中。  でも今日は何だか眠れないね。  繋いだ指先から伝わる君の緊張。  ひとつお話をしようか。  君は驚いて手を離そうとした。  僕は君の手を握り直す。  大丈夫。  境界線は超えないから、手は繋いでいて。  ふたりで天井を見る。  天井が

          二百光年のおやすみなさい

          [短編小説]記録係のマモルくん①

          「覚えてる?」  そんなふうに軽い気持ちで聞いたこと。  それがきっかけになった。    今思えば。 「何ですか?」  マモルくんは眼鏡をずり上げながら、わたしの顔をのぞきこんだ。  その仕草が好きなの。  いっしょうけんめいな感じ。  いっしょうけんめい、わたしの話を聞こうとしてくれる。  マモルくん、顔、近い。 「マモルくんが、わたしのことを琴ちゃんって、呼んでくれるようになって、今日で1か月なの。」  ひょろっと長くて眼鏡なマモルくん。  やせっぽちで猫背のマ

          [短編小説]記録係のマモルくん①

          スローな旅

           路線バスに乗る。  休日の夕暮れ時で、だいたい空いてる。    行き当たりばったりにバスを選んで。  いちばん後ろの座席でがたがたと揺られながら君と手を繋ぐ。  手を繋いだ瞬間に物音が遠くなる。  耳の中の気圧の変化みたい。  遠くなるのに、鋭くなる。  指をそっと絡める。  どこかへ行きたいけど、どこへも行きたくないし。  景色を眺めてる君を眺めていたいだけ。  揺れて眠たくなって睫毛までシェイクされちゃう。  このまま溶けあって混ざりあって、ひとつになり

          スローな旅

          口唇期の恋 [短編小説]

           レモン色したレモン味の飴玉。  舐めて転がして、最後は奥歯で噛んじゃう。  小さなパッケージをまた開ける。  夏の飴は溶けてべとついて、ちょっぴり取り出しにくい。  甘い唾液が口の中に広がる。  そんなにしょっちゅう舐めていたら、虫歯になっちゃいますよ、なんて君は笑う。  僕の虫歯をもらってよ。  きっと君を疼かせて眠らせない。  甘い飴を交換しよう。  べとべとした唾液で、だらしなく君の口のまわりを汚したい。  待ち合わせしたコーヒー屋さんで、君は暑いのに熱

          口唇期の恋 [短編小説]

          ホームの中にドラマはあるか

           岡崎京子さんのエッセイが好きです。  もちろんマンガも好きです。  ホームドラマにドラマなんかあっちゃいけないって、彼女は書いています。  家庭は機能。家庭はシステム。均一に流れる時間の中で役割を再生産する。  わたしはこれって大切だと思います。  ちゃんと昨日と同じ今日が来る。  子どもが安心して育つには、それが大切だとも思う。  子どもが思春期に入ると家庭内にロケン・ロールがやってくる、と書いてある。この部分がとっても面白い。  楽しい夕食の時間に息子が「ねえねえ

          ホームの中にドラマはあるか

          ピンクのゴム手袋の女の子

          王家衛の映画。90年代半ば。 「恋する惑星」と「天使の涙」 双子のような映画。 この映画が全然面白くない、何だかよくわからない、というひとはいると思う。 わたしもよく分からない。 でも、とても好きだ。 全方位から好かれたいと思わないわけじゃないけれど、一部のひとから熱烈に愛される。そういうのも悪くないと思う。 断片的に映像が流れる。 視点が次々に切り替わる。 気に入っている場面をいくつか。 パイナップルの缶詰を食べ続ける金城武が好きだ。 恋の賞味期限と缶詰。 「天使

          ピンクのゴム手袋の女の子

          カウガールの憂鬱のための文章②

          カウガール・ブルー  せめてコーヒーにすべきだったんじゃないかな。  ほら、古いディズニー映画でロバが飲んでる水みたいな色をしてたとしても、さ。  君は片方の眉をひゅうっと上げて、肩をすくめてコーラを飲む。  君のお母さんそっくりの、顔と仕草。  君は目の前の、罪作りな食べ物にとりかかる。  アップルパイのアイスクリーム添え。  温められたアップルパイのとなりで、夢の残骸みたいにとろけるバニラアイス。  赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスの上に、お行儀悪く肘をつ

          カウガールの憂鬱のための文章②