ジョアンからの手紙 やあ、ジョアン。 正直に書くよ。 君はきっと分かってくれると思う。 僕の想像力は午後3時が近づくと凍りついてしまうんだ。 大人になるって、どういうことだろう。 だって僕にはあと30分後に何が起こるか、それさえ分からないんだ。 あと20分もしたら、担任のミセス・ブライトは僕たちを並ばせる。 僕はスクールバスの列に並びたいよ。 何で僕のアパートは学校から1マイル以内に入ってるんだろう。 スクールバスに乗って帰れたら、すごくいいんだけどな
3月の終わり。 出会いと別れのほろ苦い季節に甘さを少々、いかがでしょうか? 詞と曲、編曲は岡田朔さん ムービーはウララさん 歌はわたしです #私のプレイリスト
文学フリマのためのアンソロジー『恋毒スーサイド』参加作品です。菖蒲ウララさんhttps://mobile.twitter.com/urara_no_5が、拙作『時間停止恋人』の紹介動画を作ってくださいました✨ 3分間弱の動画ですので、お時間を割いていただけたら嬉しいです。 歌は自分で歌いました!
そのゴーグルみたいな装置をつけると、上が下に右が左に、全て反転して見えるらしい。 「でも、それをかけ続けて生活していると、そのままご飯を食べたり出来るようになるんだって」 イチは読んでいる本の背表紙を見せた。 感覚知覚心理学入門、とある。 きっと神田あたりの古本屋さんで見付けてきたんだろう。字体のいかめしさが古い本だなって感じ。 「トイレは?」 わたしは尋ねた。 イチは不思議そうな顔をした。 さらさらのイチの髪が揺れた。 男の子にしてはちょっと長め。女
アンソロジー「どうか秘密を花束に」に作品を収録していただきました✨ きちんと全ての作品を読ませていただいてから……と思っていたら、お礼が遅くなってしまいました。 発行や文学フリマでの活動に関わって下さった皆さま、作品集の作家の皆さま、ありがとうございます! 織田麻さまのあとがきにて、作品集の表紙の女性が持っているのはミモザの花で「秘密の恋」という花言葉がある、と知りました。 秘密を花束にするという、小粋で想像力が膨らむような、素敵な作品集だと改めて思います💐
かわいいエイプリル。 きみが好きさ。 ぼくの家はきみのおとなりさんで、初めてオーラリア小学校に通い始めた頃から、ずっと一緒。 校庭で、きみがぼくにキスして、ふたりしてブラウン校長先生の部屋に呼び出されたのは、1年生のとき。 「だって今日はエイプリルフールだし、わたしの誕生日なんだもの!」 きみは校長先生に、もの申した。 まあ、きみの誕生日っていうのは、ほんとうだよね。 じゃあ、あのキスは? ジョークだったのかなあ。 2年生のときは、カフェテリアでランチの
それでは次のニュース。 スミソニアン博物館からジョージ・ワシントンの入れ歯が盗まれちゃったんだって。 1981年のことさ。 いや、ハリウッドスターじゃないよ。 知らない?初代大統領。 うん。 それでさ、宮崎県の岬馬が冬毛になっているんだって。 ほら、ほわほわしてちょっとかわいいよね。 ビル火災でたくさんひとが死んだって。 誰かさんと誰かさんが不倫してるって。 あのひとが激痩せして、あのひとが激太りして、あのひとも亡くなって、あのひとの赤ちゃんの
わたしは馨の手元から目を逸らすことは出来ませんでした。 白い白い、陶器で出来ているかのような壊れやすそうな長い指。 馨の指先は蜜柑の房と房とを引っ張っていました。 蜜に汚れた両の、親指と人差し指。 しりしりという僅かな、あるかなきかの音ともに蜜柑は引き離されました。 三日月にも半月にも似た、ひと房同士。 白い薄皮に包まれて透けている橙色の果肉。 「不思議ですね」 馨は不思議でもなんでも無さそうです。 「あんなにしっかりくっついていたのに、一度離れてしまうと、
ニキはいらない子だった。 父母の違う、寄せ集めの13人の兄弟姉妹の末っ子で、地下室で育った。 『クリスマスの12日間』を歌うのには12人で足りる。 ニキの毛むくじゃらの身体を見て、母親は正気を失った。 学校には行かせてもらえなかった。 暗く狭い地下室で、ニキの手足は育たなかった。 冬が近づくと兄さんや姉さんたちが『クリスマスの12日間』の歌を練習する。 ニキは、梨の木もウズラも見たことがなかった。 真実の愛がくれる光り輝く金の輪も。 光という
ベッドの真ん中。 君と僕の間には目に見えない境界線があるよね。 境界線上に僕が右手を出すと、君が僕の手を握ってくれる。 そのまま僕は寝たふり。 ベッドは夜へ滑り出す。浮遊するんだ。 寝たふりしたまま、いつの間にか夢の中。 でも今日は何だか眠れないね。 繋いだ指先から伝わる君の緊張。 ひとつお話をしようか。 君は驚いて手を離そうとした。 僕は君の手を握り直す。 大丈夫。 境界線は超えないから、手は繋いでいて。 ふたりで天井を見る。 天井が
「覚えてる?」 そんなふうに軽い気持ちで聞いたこと。 それがきっかけになった。 今思えば。 「何ですか?」 マモルくんは眼鏡をずり上げながら、わたしの顔をのぞきこんだ。 その仕草が好きなの。 いっしょうけんめいな感じ。 いっしょうけんめい、わたしの話を聞こうとしてくれる。 マモルくん、顔、近い。 「マモルくんが、わたしのことを琴ちゃんって、呼んでくれるようになって、今日で1か月なの。」 ひょろっと長くて眼鏡なマモルくん。 やせっぽちで猫背のマ
路線バスに乗る。 休日の夕暮れ時で、だいたい空いてる。 行き当たりばったりにバスを選んで。 いちばん後ろの座席でがたがたと揺られながら君と手を繋ぐ。 手を繋いだ瞬間に物音が遠くなる。 耳の中の気圧の変化みたい。 遠くなるのに、鋭くなる。 指をそっと絡める。 どこかへ行きたいけど、どこへも行きたくないし。 景色を眺めてる君を眺めていたいだけ。 揺れて眠たくなって睫毛までシェイクされちゃう。 このまま溶けあって混ざりあって、ひとつになり
レモン色したレモン味の飴玉。 舐めて転がして、最後は奥歯で噛んじゃう。 小さなパッケージをまた開ける。 夏の飴は溶けてべとついて、ちょっぴり取り出しにくい。 甘い唾液が口の中に広がる。 そんなにしょっちゅう舐めていたら、虫歯になっちゃいますよ、なんて君は笑う。 僕の虫歯をもらってよ。 きっと君を疼かせて眠らせない。 甘い飴を交換しよう。 べとべとした唾液で、だらしなく君の口のまわりを汚したい。 待ち合わせしたコーヒー屋さんで、君は暑いのに熱
岡崎京子さんのエッセイが好きです。 もちろんマンガも好きです。 ホームドラマにドラマなんかあっちゃいけないって、彼女は書いています。 家庭は機能。家庭はシステム。均一に流れる時間の中で役割を再生産する。 わたしはこれって大切だと思います。 ちゃんと昨日と同じ今日が来る。 子どもが安心して育つには、それが大切だとも思う。 子どもが思春期に入ると家庭内にロケン・ロールがやってくる、と書いてある。この部分がとっても面白い。 楽しい夕食の時間に息子が「ねえねえ
王家衛の映画。90年代半ば。 「恋する惑星」と「天使の涙」 双子のような映画。 この映画が全然面白くない、何だかよくわからない、というひとはいると思う。 わたしもよく分からない。 でも、とても好きだ。 全方位から好かれたいと思わないわけじゃないけれど、一部のひとから熱烈に愛される。そういうのも悪くないと思う。 断片的に映像が流れる。 視点が次々に切り替わる。 気に入っている場面をいくつか。 パイナップルの缶詰を食べ続ける金城武が好きだ。 恋の賞味期限と缶詰。 「天使
カウガール・ブルー せめてコーヒーにすべきだったんじゃないかな。 ほら、古いディズニー映画でロバが飲んでる水みたいな色をしてたとしても、さ。 君は片方の眉をひゅうっと上げて、肩をすくめてコーラを飲む。 君のお母さんそっくりの、顔と仕草。 君は目の前の、罪作りな食べ物にとりかかる。 アップルパイのアイスクリーム添え。 温められたアップルパイのとなりで、夢の残骸みたいにとろけるバニラアイス。 赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスの上に、お行儀悪く肘をつ