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口唇期の恋 [短編小説]

 レモン色したレモン味の飴玉。

 舐めて転がして、最後は奥歯で噛んじゃう。

 小さなパッケージをまた開ける。
 夏の飴は溶けてべとついて、ちょっぴり取り出しにくい。

 甘い唾液が口の中に広がる。

 そんなにしょっちゅう舐めていたら、虫歯になっちゃいますよ、なんて君は笑う。

 僕の虫歯をもらってよ。
 きっと君を疼かせて眠らせない。

 甘い飴を交換しよう。
 べとべとした唾液で、だらしなく君の口のまわりを汚したい。

 待ち合わせしたコーヒー屋さんで、君は暑いのに熱いコーヒーを飲んでた。
 僕のため、だね。
 暑いときには汗をかきたいって言ったの、覚えてたんだ。
 ほんとうはさ、冷房が寒すぎて死にそう。
 君が温めてくれたらいいんだけどさ。

 僕は君のためにアイスコーヒーを買って、君の隣に座った。

 君がいつもカウンター席を選ぶのは、僕の隣りに座りたいからだよね。そういうことにしとく。

「口唇期性格っていうんだって。」
 僕が話しかけたら、君がふぇって顔でこちらを見た。
 かわいいなぁ。

 タバコ吸ったり、飴舐めたり、ガムかんだり。お酒に溺れてしまうとか。そんなあれやこれ。

 君の耳元で囁いてみた。
「口からの快楽に依存的なんだ。」

 あつっ、て君が呟いた。
 ほら、ぼーっとして熱いの飲むから。


「舌出して。べってしてみて。」
 君は素直に口を開けて舌を差し出す。

 
 僕はアイスコーヒーからストローで氷を掬い出す。救い出す。
 指でつまんだ氷を、君の舌の上にのっけてあげた。

 つるりとして冷たい氷。
 わざと、ちょっとだけ触れた君の舌。

 きれいな粘膜っていいな。
 

 君はしばらく口の中で氷を溶かしていた。


 コーヒーを交換するみたいに交歓したい。

「海へ行くのもいいな。白熊と氷山。」
 君の口の中で溶けていく氷になりたいんだ。ほんとうは。


「泳げるんですか?」
 君が目を丸くする。
「足首までなら。」
 僕は澄まして言う。


 次の約束、次に行くところ。
 次の何かがなかったら、君には会えないのかな。


「今日は図書館にしますか?」

 僕がきょとんとすると、君はさらに戸惑った顔になった。
「ミカミさんが言ったんでしょう?
 夏は本屋か図書館に限るって。」

 そういえばそんなこと、言った。

「飲食禁止でも、飴くらいならきっと大丈夫ですよ。気が付かれませんよ。」
 あやすように君が微笑む。
「俺は今日はもう、このあとは部活は無いです。一緒に行きますよ。」

 うん。

 僕は苦いコーヒーを飲み下す。
 甘い味が欲しくなる。

「うん。一緒に行こう。カシワダくん。」

 きっと大丈夫。
 気が付かれませんよ。

 甘い飴を、舐めて転がして、最後は奥歯で噛んじゃう。


 きっと大丈夫。
 気が付かれないように、注意深く。

 舐めて転がして。

 この恋は君に砕かれる。


《 完 》
 

 

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