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『仕事』と『働き方』の棚卸し

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『町家再生・活用の仕事に至るまでの自己紹介』のほか、今から十数年前、自営に転じようかどうしようかと思案していた頃に作った、『仕事』と『働き方』についての図表を文章にまとめ直したり…
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記事一覧

仕事・遊び・家事・用事

仕事・遊び・家事・用事

打合せ前の雑談で、多忙のお施主さんに「お忙しそうですね」と私が言うと、「用事ばっかりですわ」とお施主さんは笑い、こんな話をしてくれた。

人がすることは、『仕事』『遊び』『家事』『用事』の4つに分けられる。

『仕事』は、生計を立てるべくお金を稼ぐためにすること。

『遊び』は、自分だけが楽しむためにお金を払ってでもすること。

『家事』は、自分の家での日々の暮らしに必要なのでするのだが、やったと

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『啓蒙』でも『啓発』でもなく『教養』

『啓蒙』でも『啓発』でもなく『教養』

10年前の今日、私はFacebookにこんな投稿をしていた。

この日の私に何があったのか。
私は手元に保管してある手帳を確認することにした。

Facebookへの投稿は11月9日の未明。
前日に神戸からの客人と大和郡山城下町にて『奈良・町家の芸術祭  はならぁと』などを見て回り、その晩はその客人達との酒席を設けていた。

席上、我々は町家が失われていくことに憂い嘆き、町家の再生や活用に所有者が

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もしも私が名乗るなら

もしも私が名乗るなら

10年前の今日、私はFacebookにこんな記事を投稿していた。

私が『建築家』を名乗ることは、今も昔も将来的にもないのだが、建築士として設計し、監理する際の立ち居振る舞いとしては『ファシリテーター』でありたいとは常々思っていることである。

ちなみに、『ファシリテーション(facilitation)』や『ファシリテーター(facilitator)』の定義について、特定非営利活動法人 日本ファシ

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感情もさることながら、とりあえず動く ~物事に取り組む前の心構え~

感情もさることながら、とりあえず動く ~物事に取り組む前の心構え~

人は悲しいから泣くのではなく、面白いから笑うのでもないらしい。
その証拠に、悲しくもないのに泣いていると、なぜかしら悲しくなってくるし、面白くもないのに笑っていると、なぜかしら面白くなってくるのだという。

感情が涙や笑いを生み出すのではなく、順序が逆なのだという話。

これは、落語家の桂枝雀さんが噺の冒頭にマクラとして喋っていたもので、「つまらないと思う話でも、笑っているうちに面白いと思えるよう

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果たす役割があるならば、私が何者でも構わない

果たす役割があるならば、私が何者でも構わない

12年前の今日、私はFacebookにこんな記事を投稿していた。

『私はこうありたい』と考えることは大事だが、『私は何者か』を考えたところで、私がリアルタイムに自覚することはほぼ不可能だと思う。
なぜなら、それは私の周辺環境が作り上げるものであり、私の後についてくる『おまけ』のようなものだから。

公私を問わず、有形無形に関わらず、どんなに些細なことであったとしても、私の目の前に自身の果たすべき

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困った時には気兼ねなく困りたい

困った時には気兼ねなく困りたい

学生時代の話である。

研究室の仕事の一環で、某所にて合宿しながらワークショップを行うということとなった。
私はそのお世話係をしていたのだが、その間に、まったく何も問題が起こらないなんて事はあり得ない。
むしろ、大小入り交じった問題だらけといった方が正しい。

そして、またトラブルが発生するのである。

「…困りましたねぇ。」と、例のごとく私が呟く。

この呟き、目の前の人達には私が困っているよう

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自己紹介 ~町家再生・活用の仕事に至るまで~

自己紹介 ~町家再生・活用の仕事に至るまで~

今でこそ建築設計事務所を営み、町家の再生・改修設計とその関連が仕事の大半となっていますが、最初からこういうことをやりたいと思っていた訳でありませんでした。

大学卒業後は、大阪の独立系シンクタンクに入社

地方自治体からの業務委託が専らで、行政計画、産業・経済、健康・福祉、環境・景観など、幅広い分野にわたる課題や事象を対象とした調査や研究を行い、結果を報告、時には解決策を提示したりする会社でした。

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私が私から解放される日は来るのか

私が私から解放される日は来るのか

私は、拝郷メイコさんがTwitterに投稿したこの言葉に釘付けになったことがある。

私はその日のうちに、自身のFacebookでこの言葉を引用投稿している。
2017年9月13日に私は、その引用投稿を偶然発見し、改めてノートに書き留めた。それが冒頭の画像である。
そして今日、不意にこの言葉をまた思い出し、今度はnoteに書き付けている。

私はよほど、この言葉が気になっているようだ。

気になる

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保留することができる余裕と勇気

保留することができる余裕と勇気

11年前(2013年)の今日、私はFacebookで、こんなことを書いていた。

当時の私は内田樹さんの書籍を読み漁っていて、その中にこういうことが書いてあり、それをおおよそトレースしたのがこの投稿。

『待ったなし』や『決断が迫られる』などといった、考える余裕を失わせるような言葉が世に飛び交っていたことについて、私は大変つらい気持ちを抱えていたと記憶している。

そんな時に、心底共感できる言葉を

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“分かり合えないこと”も含めて分かり合うということ

“分かり合えないこと”も含めて分かり合うということ

人生の折り返し地点を通過する年齢となり、私がこの世に生を受けてからこの世を去るまでについて、私の記憶にない頃のことや、経験したことのないことをリアルに想像する機会が増えてきた。

もう少し詳しく書くならば、我が親が私とどのような想いで向き合ってきたのかということや、我が子が成長の過程で経験していることを私も経験したであろうということ、私に起こるかもしれないこれからの出来事などをリアルに想像する機会

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掬えたものは『金魚』ではなく、『いまの自分』だったという思い出

掬えたものは『金魚』ではなく、『いまの自分』だったという思い出

11年前の今日、私はFacebookにこんな記事を投稿していた。

子どもの頃は金魚をすくい上げたい一心で、すぐにポイの紙が破れていたのにね。

歳を重ねるに連れ思うのは、『慎重な中にも思い切りが欲しい』ということだったりする。

変に尖らず、装わず

変に尖らず、装わず

私の手元には一冊のモレスキンノートがある。
いろんな人の言葉に触れ、共感できるところがあれば書き留めていたこのノートは、折に触れて何度も開いたり閉じたりしたせいか、ゴムバンドはすっかり伸びてしまっている。

結果的に出来上がった『私のための金言集』の製作期間は、私が自営に転じて建築設計事務所を開設する前後に重なる。

シンクタンクから建築設計事務所に職を転じ、最終的には自営業の道を選ぶこととなる当

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“たいへん”が惜しむ理由にはならない

“たいへん”が惜しむ理由にはならない

お子が発熱すると保育園に預ける訳にはいかず、我が家の場合、基本的には私か妻のどちらかが自宅で世話をすることになる。
夫婦の仕事の状況を鑑み、今回は私がお子の世話をすることとなった。

子供は発熱に強いというか、大人からすればとても辛いだろうと思うような体温でも、そんなことはお構いなしで元気に遊び続けていたりする。
そうかと思えば、やはり身体はしんどいのだろう、動きが緩慢になってきたかと思えば布団の

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