#74 「静寂」を聞きに、もう一度雲上の楽園へ
メモアプリで「note ネタ帳」をつけている。アイディアは軽く100を超えているので、記事のネタには困らない。その中の1つのネタにとても関連が深い内容を、友人が記事にした。とても気持ちがいい記事で、その余韻が消えないうちに、僕も記事にしようと思う。まずはその記事を紹介してから始めたい。
夏季林間学校
大学と最初の大学院を修了した後、2000年4月に都内私立中高一貫校の英語科教師となった。その学校は水泳や登山といった野外活動を教育に取り入れていて、臨海学校や林間学校を行うための校舎も持っていた。
僕は2000年から2002年まで3年間連続で、林間学校に引率教員として参加した。場所は岩手県だったので、東京駅で集合した後東北新幹線で盛岡まで、バスに乗り換えて校舎まで……盛岡駅で降りると東京に比べて空気がひんやりしていたのを覚えている。
にぎやかな開校式
校舎に着くと、林間学校の「開校式」をする。林間学校に行くのは高1の生徒たちで、東京を離れ興奮しているのか、整列させてもおしゃべりは決して止まない。僕を含め引率教員が「開校式を始めるから、静かにしなさい」と叫んでも、ほぼ効果はない。そうこうしているうちに、教頭先生が台に上った。「早く静かにさせないとまずいな……」多くの先生方が焦っていたと思う。
教頭先生が話し始めても、生徒たちのおしゃべりは続き、マイクを通しているとはいえ話はあまり聞こえない。こういう時に「静かにしなさい!」と喝を入れる役割の年配の先生はまだ様子を見ている。僕が出しゃばる幕ではなさそうだ……
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静寂を聞く準備
次の瞬間、教頭先生がわざとボリュームを落とした声で、こうおっしゃった。
なぜか、この瞬間に生徒たち200人のおしゃべりがぴたっと止み、その瞬間、本当に鳥の鳴き声と木々の葉がこすれ合う音が聞こえ始めた。そして、鳥や葉っぱの音の間に、密度の高い空気が作り出す「静寂」がきちんと聞こえた。
音楽の楽譜では音のない部分は空白ではなく休符で表すように、「何も聞こえない」ではなく「静寂が聞こえる」瞬間が確かにあった。先に引用した友人の記事に描かれた瞬間と、同じだったと思う。それは数秒間のことだったが、生徒に貴重な瞬間をプレゼントできたと思った。
尊敬する先生
その教頭先生は、古き良き女子校を体現したような、穏やかで素敵な先生だった。同姓の先生が他にもいたことから、先生方も生徒もその先生のことは下の名前で呼んだ。今でもお元気だろうか、と思う。
作文教育にも力を入れておられた記憶がある。一歩学校から外に出れば、人間が一語一語言葉を紡ぐのではなく、機械に指示を与えて文章を書かせ、それを手直しするのが「新時代の作文」となりつつある滑稽な風潮を、どう思っておられるだろうか。いつか僕の研究成果をご報告できるまで、お元気でいてほしいと思う。
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残念ながら、その校舎は老朽化のため取り壊されてしまい、現在は校舎跡地が記念公園となっている。いつか、盛岡駅でレンタカーを借りてもう一度行ってみようか、と思う。校舎のあった場所に着いたら、深呼吸をして話を止めよう。そうすればまた、あの「静寂」が聞こえるはずだ。
今日もお読みくださって、ありがとうございました🌲🌙
(2023年10月21日)
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