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そるとのこころとからだの話

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わたしの経験に基づいたメンタルヘルスの話。わたしは専門家では御座いません。一個人の思いをシェアします。
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#振り返りnote

ネガティブを受け容れて 自由に

恐怖。 わたしは、これを否定してきた。 そりゃあ、恐怖なんて、すぐさまバツ印をつけて、目に見えないところに追いやりたい。 でも、わたしは恐怖がすぐ側にいるような状況を、10年ほど続けてきた。 パニック障害、とか呼ばれちゃうやつだ。 * 発作は怖い。 自分のからだの感覚がなくなり、死をイメージしてしまう。 それが、日常のあらゆる場面で生じる。 決して「愉快ではなかった」かな。 わたしは、恐怖を否定した。 感情が不安・恐怖に動き始めると、必死にそれを押し込め

病気を乗り越えなくても、いいですか?

自分の意志の外にあるものを、ド根性でどうにかする。 だなんて、ムリがある。と、わたしは思う。 こころの不調でなければ、そんなに無茶なことは言われないかもしれないが、わたしは無茶なことを言われるような状況にいた。 他人から言われたというより、自分で言っていた、といった方が正しい。 この社会を見回して、雰囲気に乗ってしまった結果だ。 ド根性でどうにかしようと思った。 不安や発作を自分の中にしまい込み、誰にも言わず、たまに病院に行って、おまじない代わりの頓服をもらう。

軽やかに、頑張らない

頑張らないことを頑張る。 心身に不調をきたしたわたしの課題は、これだった。 人間は力を入れる方が簡単。リラックスは難しい。 わたしは途方に暮れた。 とりあえず、勇気を出して、サボることにした。 サボっても、問題なかった。 「頑張らなきゃ」と100%以上の力を出していたけれど、「70%で十分」と言われた。 冷静になって、あたりを見渡した。 わたしが突っ走っていたことを、自覚した。 どうして、わたしはこんなにバグっちゃったんだろう? こころを見つめ始めた。

本当は、外の世界と繋がっていた

発作が出るとき、わたしはいつも、ひとりぼっちだ。 外の世界から切り離され、わたしはわたしのからだ一つで、何もかもをこなさなければならない。 背中がぞっとして、心臓が「ドドド」と早鐘を打ち、外の世界は真っ暗闇で。 わたしは、これをひとりで収めなくてはならないのに。 エネルギーが足りない。 こわい。たすけて。 * 外の世界と繋がりたくなかった。 理解できない人たち。 理解できない社会構造。 理解できない習慣。 わたしは、それと繋がることを拒否した。 でも、

くらくて密閉された心象風景に重なる時

発作が起こるトリガーがある。 「暗い」「密閉」など、[外の世界とのつながりが絶たれた]ような場合、パニック発作が起こる時がある。 この条件は、昔から抱えていた心象風景と重なる。 * わたしに自己効力感はなかった。 わたしは、なによりも、周りに合わせねばならなかった。 外の世界を見て、わたしに欠けているものを埋め合わせ、感情を握りつぶして感じないフリをする。 わたしが持っているものは、なにも見えなかった。 なにかを付け足さないと生きていけないと思い込み、外の世界

からだの感情をほぐしてきた

首・肩・肩甲骨。 わたしのからだのコリがひどかった箇所には、感情が溜まっていた。 真面目にならなくては。 変に思われないようにしなきゃ。 評価されなくては。 怠惰に思われたくない。 働かなくては。 休むなんてとんでもない。 しんどくてもやらなきゃ。 何十年分もの感情が、重りのようにつり下がり、鉄板のようになっていた。 からだを動かし、ゆっくり時間をかけて、ほんの少しずつ少しずつ解していった。 コリが少しずつ解れると同時に、忘れていた昔の感情を思い出し。

わたしの病気がなおらなくても

病気が"治る"ことが必ずしも正義だ、と思えなくなってきた。 わたしのからだは自然のもので、宇宙の星屑から出来たからだは、わたしの意志ではどうにもならないところがある。 わたしは、白黒に強く二極化した思考で生きてきた。 だから、体調を崩した。 自分が黒になれば己を完全に否定した。 悲鳴を上げるからだを痛めつけ、泥人形のように意志で動かそうとした。 その結果、からだはストライキを始め、わたしの意志ではうまく動かなくなった。 冷静に考えたら、至極、自然のことだ。 人