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【短編小説】ももいろ秋桜の舞う空 #2 ~ 肌寒い秋の季節に ~

 

――目が覚めると エモンは冷え切った公園のベンチに横たわっていました。澄み切った真っ青な秋の空は一瞬のうちにダーク色に変わり、きらきら光る星をぶら下げています。
 横たわるベンチの下でクークーと鳴く声がしたので、首を傾けて下を覗いてみると、その声の正体は小さな子犬だったのです。目がまんまるで、灰色の毛並みをした子犬を、エモンは抱き上げて優しく撫でてやりました。こんなに小さな子犬がどうして一人ぼっちになってしまったのでしょう。エモンはそれを思うと子犬がかわいそうで仕方ありませんでした。
 ふわふわで、とっても肌が温かいこの子犬を “ホット”と名付けました。
「ホットは、こんなところで一体、何をしているんだい?」
 エモンは、優しくホットに囁きました。ホットはなぜか彼の腕の中で震えています。寒いのか、それともぼくが恐いのか、どっちだろう。エモンは、さらに優しくホットに問いかけました。
「よしよし、もう大丈夫だよ。君もお母さんがいないの? ぼくと同じだね」
 するとホットは、エモンの胸に頭をぐいぐいと押し寄せてきました。そして甘えるように唸りながら、エモンに抱きついてきます。
「おい、くすぐったいよ、ホット。もうわかったからやめろって~」
 エモンは、笑ってホットの頭に顔を寄せました。
「ねぇ、ホットは夢の世界ってあると思う? 現実とは少し違ったところで、たくさんのピエロたちが楽しそうに遊んでいるんだ。ぼくはさっき夢の世界にいってたんだよ。すごいだろ?」
 ホットは、つぶらな瞳をエモンに向けてじっと彼を見つめています。
「なんだよ、ホット。どうしたんだよ。おまえも行ったことがあるのか?」
 エモンはホットの突然の態度の変化に、少しだけ違和感を覚えました。
 すると、勢い良くホットはエモンの腕の中から飛び出し、少し距離を置いてエモンのほうへと振り返りました。
 その瞬間、エモンは衝撃的なものを目の当たりにすることになりました。
さっきまでとぼけた顔で甘えていたホットが、突然、人間の言葉を話し始めたのです。
「エモンさん、はじめまして。驚くなと言っても無理だとは思いますが……。見ての通り、わたしは人間の言葉を話すことができます。どうか今から言うことを落ち着いて聞いてください。いいですね?」
「えっ! う、うそだろ……。犬がしゃべった……」
  エモンはベンチから慌てて立ち上がって、ホットから逃げるように遠ざかりました。辺りを行ったりきたりしながら自分の頬をひっぱたいたり、つねったりもしてみました。明らかに動揺を露わにするエモンにホットは容赦なく話を進めます。
「私は、夢の世界にある“クリネ国”というところからあなたをお迎えに参りました」
「お迎えって? なんだよそれ……。いったいどういうことだよ」
「くわしい話は向こうに行ってからお話します。それでは、ひとまずこれを」
 ホットは冷静な面持ちで、いつの間にか手に握られていた、レンズがまんまるのサングラスをエモンに手渡しました。黙って受け取ったサングラスをエモンは丹念に調べましたが、手に持った感触はスーパーボールのような弾力を帯びていている以外はいたって普通のサングラスのようでした。
 サングラスをかける前に、もう一度、目を擦ってホットを見ました。視界には、ちょこっと座ってつぶらな瞳をパチクリとさせている子犬の姿がたしかに映り、どうやら夢ではないようです。
 エモンは最初に一番気になったことを突然思い出したかのようにホットに問いかけました。
「あの……、それより君はどうして、ぼくを迎えにきたの?」
 ホットはすぐさま答えました。
「この星を救うものとして、あなたが選ばれたのです。地球の未来と言ったほうが適切かもしれませんが……」
「地球を救うため? ぼくが選ばれた? いきなり何の話だよ! 何がどうなってそうなったのかをぼくはきいてるんだよ!」
 エモンは興奮して声を張り上げました。
「まぁ、まぁまぁ、落ち着いてください。それは後ほどお話しするとして、ひとまずそのサングラスをかけてみてください」
 少し強い口調で言われたエモンはホットを一瞥してから、恐る恐るサングラスを耳にかけてみました。その瞬間、耳元で鋭い機械音が響き渡り、脳を刺激するように振動が身体全体へと伝わっていきます。脳天からつま先に一気にしびれるような感覚が走り、数秒後、振動と音が止むと同時にエモンの顔のサイズにぴったりとフィットしました。そして、気がつけば目の前に座っていたホットの姿が消えています。
 背後に何かの気配を感じてエモンが勢い良く振り返ると、真後ろに夢の中で見たおちゃらけたピエロがぼーっと突っ立っていました。
 にんまり笑ってピエロは軽くお辞儀をしました。月の光と青白い街灯の光とが、薄暗い公園で不気味に笑うピエロを照らしています。その姿に怯えてエモンは思わず腰を抜かしてしまいました。
 そして、エモンが声を震わせてたずねました。
「お、おい……。どど、どうして君がここにいるんだ?」
「いえ、わたしは先ほどあなたにお名前をつけていただいたホットです。あらためまして、どうも」
 突然の出来事の連続でエモンは一体何が起こったのかますますわからなくなりました。
「おい、どうなってるんだよ……」
「嘘だと思うなら、ためしにサングラスを外してみてください」
 そう言われたエモンは素直にサングラスを取りました。つける時の刺激とは対照的に、いとも簡単に顔からはずれました。そこには、さっきの愛くるしい瞳の子犬の姿があったのです。
「お分かりいただけましたか? そのサングラスをかけると、地球という星の者ではない外の世界の生きものの姿を見ることができるのです。つまり、わたしもこの子犬に化けてここへきたということです」
 エモンは言い返す言葉が見当たらないまま――

――「ゆうじ、風邪ひくからおきなさい。ほら、ゆうじ」
 耳にかすかに声が届いた。そのあと、肌寒い風が首筋をなめて悠二は目が覚めた。すでに部屋は薄暗い。どうやら、本を読んでいる途中で眠ってしまったようだ。夢か現か、意識がおぼつかないまま、タエの声が再び耳に届く。
「わたしも、ここが心地いいもんで寝てしもうてたわ。茶漬け、ばあちゃんのぶんまで作ってくれとったんやね。ありがとね、ゆうじ」
 悠二は頭を掻きながら、にっこり笑って頷いた。

#3へ続く(最終話)


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