菊人形は、毎年ずっと見続けると思っていたあの秋の日
暑い盛りの夏を終え、空気が澄んでいく秋。
秋には沢山のイベントがあります。
運動会、遠足、芋掘り、七五三。
そんな忙しく過ぎていく日々の中に、
我が家の恒例行事がもう一つありました。
「菊人形を観に行く」ことです。
大阪の枚方市に、ひらかたパークというテーマパークがあります。
私が幼い頃は、毎年秋になるとそこで菊人形展が開催されていました。
行くと、遊園地で遊べるし、
あいている芝生にシートを広げ、
大好きな母のお弁当が食べられることもあり、私はその日を心待ちにしていました。
菊人形を見ることが目的のはずでしたが、
子供の私にとっては、むしろ菊人形がお弁当のオマケのような存在でした。
ものすごい職人技の結晶だとか、何万個の菊の花でできているとか、大河ドラマの有名な一場面であるとか、父が説明してくれても、ピンと来なかったものです。
けれど、毎年、入って一番初めに目にする菊人形には、分からないなりに圧倒されました。
ひな人形のような白い顔をして、
黄色・桃色・白・紫などの菊で彩られた着物を身につけた人形は、自分の身長の倍ほど背丈があり、とても華やかでした。
ただ、光の宿っていない瞳で見つめられると、人形と分かっていても、なんだか怖く感じたものでした。
けれど、幾体もの人形を見ているとその表情にも慣れてきます。
そうなれば、もう、会場は私のホームです。
菊特有のスーッと胸を開くような香りを、いっぱいに吸い込み、会場を見回します。
一体一体の菊人形をしげしげと見ている父を、
どうやって早くお弁当の場所まで連れていこうか。
そこからが、私の勝負どころでした。
人混みから脱し、広い芝生に青いシートを敷き、
お弁当を広げた瞬間は、その日一番の笑顔が出ます。
母のお弁当は、彩りよく、私たち姉弟の好物ばかりがきちんと盛り付けられています。
今年の人出はどうだとか、
菊人形の出来は昨年と比べてどうだとかいう、父の話をよそに、
おにぎりやたこさんウィンナーを頬張りました。
そうしながら、
この後乗りたい遊園地の遊具に目星をつけ、
周りに敷かれたシートに座る沢山の家族連れを、
見るともなく眺めるのでした。
きっと来年も、こんなふうに来るんだろうな。
毎年、同じ時期に同じ場所で、
同じものを見て、家族4人で過ごす。
菊人形はちょっぴり怖いけれど、家族の行事だから。そういうもの。
この先もずっとそうなんだろうな、
毎年毎年続くんだろうな。
幼いながら、そんな風に想像していた気がします。
この家族の形が、ずっと続いていくと信じ、
幸せな安心感を覚えていたのでした。
毎年毎年続く、と思っていたけれど、
きっとほんの数年間の出来事だったのではないかな。
今振り返るとと、そう思います。
「今年も、菊人形展に行くぞ」
父がそう言わなかったことにも、気付かぬうちに、
目新しい出来事で埋められ、忙しく過ぎていってしまったあの頃。
懐かしいな、もう一度行ってみたいな。
今見ると、感じ方も違うかもしれない。
大人になってそう思った時に、調べてみると、慣れ親しんだ菊人形展は閉幕していました。
2005年(平成17年)12月4日に閉幕した「義経」をもって「ひらかた大菊人形」は毎年行われる開催としては96年の歴史に幕を下ろした。
(Wikipediaより)
寂しい気持ちと、
96年も続いていたのかと、自分のことのように誇らしい気持ちが入り混じりました。
さらに調べると、
不定期ではありますが、今も、年によっては枚方パークで開催されたり、
市民のボランティアにより、場所を変えて展示がされているようです。
あの頃思い描いていたようには、
家族も、菊人形も、同じではないけれど、
またいつか、秋空の下、見に行きたいなと思います。
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