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まいにち易経_0827【中枢を動かすリーダーの心得】言行は君子の枢機なり。枢機の発は栄辱の主なり。言行は君子の天地を動かすゆえんなり。慎まざるべけんや。[繋辞上伝:第八章]

言行君子之樞機。樞機之發。榮辱之主也。言行。君子所以動天地也。可不慎乎。

言行げんこうは君子の枢機すうきなり。枢機の発は、栄辱えいじょくしゅなり。言行は君子の天地を動かす所以なり。つつしまざるべけんや。

言葉と行動は君子にとって、扉の蝶番や《ど・おおゆみ》の引き金のように重要だ。その引き金を引く瞬間が、未来における名誉と恥辱の分かれ目を決定づける。言葉と行動は君子が天地を動かすほどの影響力を持つ。慎重でないわけにはいかない。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

まず、「枢機」という言葉から始めましょう。「枢」は中心や核心を意味し、「機」は精巧な仕組みの要点や勘所を指します。つまり、「枢機」とは、物事の中で最も重要な部分、全体を動かす鍵となる要素のことを言うのです。

リーダーの皆さんにとって、この「枢機」とは何でしょうか。それは、皆さんの言葉と行動です。リーダーの言葉と行動は、組織全体を動かす力を持っています。まるで、大きな歯車の中心にある小さな歯車のようなものです。小さな歯車が動くことで、大きな歯車全体が動き出すのです。

ここで、ちょっとした豆知識をお話ししましょう。古代中国の故事に「一言興邦、一言喪邦」というものがあります。これは「一つの言葉で国を興し、一つの言葉で国を滅ぼす」という意味です。リーダーの言葉がいかに重要かを端的に表していますね。

さて、リーダーの言葉と行動が重要だということは分かりました。では、なぜそれほど重要なのでしょうか。

それは、リーダーの評価がその言葉と行動によって決まるからです。リーダーが称賛されるか、あるいは批判されるかは、すべてリーダー自身の言動にかかっているのです。

例えば、ある会社の社長が「顧客第一」と言いながら、実際の行動では利益ばかりを追求していたらどうでしょう。従業員や顧客からの信頼を失うことは間違いありません。逆に、「顧客第一」と言い、実際に顧客のために尽くす行動を取れば、多くの人から尊敬され、支持されるでしょう。

ここで、もう一つ興味深い例え話をしましょう。かつて、ある国の王様が「私の国には貧しい人はいない」と言いました。しかし、実際には多くの貧しい人々がいました。この王様の言葉は、現実を無視した空虚なものでした。結果として、人々の信頼を失い、やがてその国は衰退していったのです。

このように、リーダーの言葉と行動には大きな責任が伴います。だからこそ、易経は「リーダーはその言葉と行いに深く慎まなくてはならない」と教えているのです。

では、具体的にどのように「慎む」べきなのでしょうか。

まず、言葉については、常に真実を語ることが大切です。嘘や誇張は、一時的には効果があるかもしれませんが、長期的には信頼を失うことになります。また、言葉の影響力を常に意識し、相手の立場や感情を考えて話すことも重要です。

行動については、言葉と一致させることが何より大切です。「言行一致」という言葉がありますが、まさにこれです。また、常に倫理的で公正な行動を心がけることも重要です。

ここで、現代のビジネスリーダーの例を挙げてみましょう。アップル社の共同創業者、スティーブ・ジョブズは、「顧客は自分が何を欲しいのか分かっていない」という有名な言葉を残しています。一見、傲慢に聞こえるかもしれません。しかし、彼はこの言葉通り、顧客が欲しいと思っていなかった製品を次々と生み出し、世界を変えました。彼の言葉と行動は一致していたのです。

一方で、言葉と行動の不一致が大きな問題を引き起こした例もあります。2001年に起きたエンロン社の不正会計事件は、経営陣が「誠実さと正直さ」を掲げながら、実際には虚偽の財務報告を行っていたことが原因でした。この事件は、言行不一致がいかに深刻な結果をもたらすかを示しています。

さて、ここまでお話ししてきて、皆さんの中には「そんなに慎重になりすぎると、思い切った決断ができなくなるのではないか」と思う方もいるかもしれません。確かに、そういう面もあるでしょう。しかし、ここで言う「慎む」とは、萎縮することではありません。

むしろ、自分の言葉と行動の重要性を十分に理解した上で、より責任を持って決断し、行動することを意味しているのです。言葉の一つ一つ、行動の一つ一つに意味を持たせ、それらを通じて組織全体を良い方向に導いていくこと。それこそが、真のリーダーシップなのです。

ここで、もう一つ興味深い話をしましょう。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「エートス(品性)」「パトス(感情)」「ロゴス(論理)」という三つの説得の技法を提唱しました。これは、リーダーシップにも当てはまります。

「エートス」は、話し手の信頼性や誠実さを指します。これは、まさに私たちが話している「言行一致」に通じるものです。「パトス」は、聞き手の感情に訴える力です。リーダーは、言葉や行動を通じて、人々の心を動かす必要があります。そして「ロゴス」は、論理的な説得力です。リーダーの言葉や行動には、しっかりとした理由や根拠が必要なのです。


参考出典

枢機
「枢機」の「枢」は中枢、最も大切なもの、「機」は精巧な仕組みの要、勘所である。
リーダーの言葉と行いは、天下の仕組みを動かす、最も大切な要である。
リーダーが褒め称えられるか辱めを受けるかは、その言行によって決まる。
ゆえにリーダーは、その言葉と行いに深く慎まなくてはならない。

易経一日一言/竹村亞希子

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