ジョブ型雇用を導入する際の注意点~日本の「ジョブ型雇用」は二つある~
昨今「働き方改革」や「人的資本経営」に関する認識が広がる中で、従来の日本の伝統的な雇用スタイルを見直し、「ジョブ型雇用」へシフトする動きがあります。
今回は、①法的に見たとき、「ジョブ型雇用」が大きく分けて2類型あること、②「ジョブ型雇用」を導入するにあたって、そのどちらを選択するのか明確に意識すべきであるということをお話します。
1. 「ジョブ型雇用」の意義
ジョブ型雇用の定義について、明確な共通認識があるかというと、よく分かりません。
経団連は、ジョブ型雇用について「特定の仕事・職務、役割・ポストに人を割り当てて処遇する『ジョブ型雇用』」と述べています。これは、ある程度包括的な表現となっており、定義として異論は少ないものと思われます。
そこで、以下では、ジョブ型雇用は、「特定の仕事・職務、役割・ポストに人を割り当てて処遇する雇用スタイル」を指すものとして話を進めます。
2. 二つのジョブ型雇用の共通項
後述する二つのいずれの類型のジョブ型雇用であっても、採用の段階で入社後に割り当てられる職務等が職務記述書(Job Description)により明示される点や、職務等に応じて賃金が決定される職務等級制度や役割等級制度と親和的である点は同じです。
したがって、きちんと設計すれば、いずれの類型であっても、一般にジョブ型雇用のメリットと言われる専門人材の獲得・育成による生産性の向上、ミスマッチによる早期離職の防止、社員評価の客観化によるエンゲージメントの向上等といった効果は期待できると考えられます。
3. 人事権型のジョブ型雇用
一つ目の類型が、雇用主の広範な人事権の存在を前提に、従業員に特定の職務等を割り当てていくスタイルのジョブ型雇用です。本記事では、これを「人事権型のジョブ型雇用」と呼ぶことにします。
人事権型のジョブ型雇用のメリットとしては、従来型のメンバーシップ型雇用制度から移行するときのハードルが比較的低いことが挙げられます。
というのも、人事権型のジョブ型雇用は、人事権の範囲が基本的に従来型のメンバーシップ型雇用と変わらないため、基本的には、雇用契約や就業規則といった契約条件に関する抜本的な見直しを行わずとも、運用を変更する(等級制度を変更や配置転換権の行使等)だけで移行が可能だからです。
もちろん、組織図や等級制度の見直しは必要になりますし、個々の従業員の給与等の雇用条件の不利益変更を伴う場合には一定のケアが必要となります。
4. 契約型のジョブ型雇用
もう一つの類型が、雇用契約の内容として従業員の職務等を限定し、雇用主の配置転換権等の人事権を制限することで、従業員に特定の職務等を割り当てていくスタイルのジョブ型雇用です。本記事では、これを「契約型のジョブ型雇用」と呼ぶことにします。
契約型のジョブ型雇用のメリットとしては、人材の健全な代謝が起きやすくなるという事が考えられます。
日本の労働法制下においては、新卒一括採用・終身雇用という従来のメンバーシップ型雇用制度を前提とした厳格な解雇規制が確立されてきました。
雇用主には、ある従業員が今の職務に見合った成果を上げられなかったとしても、別の職務への配置転換を含めた解雇回避努力が求められ、よっぽどのことがなければ解雇は認めれません。これは、言わば、雇用主に広範な人事権を確保する代わりに、一度採用した従業員の面倒は定年まできちんと見なさいという考え方です。
他方、契約型ジョブ型雇用では、その前提が成り立ちません。すなわち、雇用主は従来の広範な人事権が制限され、自由な配置転換ができませんので、配置転換を含めた解雇回避努力はそもそも不可能なのです。
さらにいえば、従業員からしても見ても、雇用開始の段階でそのことを承知でキャリア形成を考えていはずで。それゆえ、その職務で成果を上げられなければ退職せざるを得ないと覚悟することが可能なのです。
したがって、従来のメンバーシップ型雇用と比較して、解雇規制が緩められる可能性が高いと考えられます(もっとも、この点はまだ裁判例が蓄積していないため断言はできません。)。また、従業員としても、とがったキャリア形成が可能であるため、転職のハードルが低く、退職勧奨を受け入れやすいともいえます。
こうした意味で、契約型のジョブ型雇用では、人材の健全な代謝が起きやすいのです。
5. 二つの類型の違いを認識した選択をすべき
以上の二つの類型の違いは明確に認識しておく必要があります。
通常、従来のメンバーシップ型雇用の意識や慣行が染みついていますので、無意識に進めていると、意図せず「人事権型のジョブ型雇用」になりがちです。
そうなると、「採用時にジョブ型雇用だと認識しているのだから、割り当てられた職務で成果を上げられないければ辞めてもらえばよい(解雇すればよい)」と言うわけにはいきません。
また、採用される従業員側としても、採用時に職務(Job Description)が示されていても、なんとなく従来の日本の慣行どおり、もし合わなければ別の部署に異動させてもらえるだろうと考えているかもしれません。
こうした認識の相違は、いずれ重大なすれ違いを生むことになります。
したがって、上記の二つの類型の違いをきちんと意識し、選択する類型に応じた制度設計を行う必要があります。
なお、上記でも少し述べたとおり、契約内容として職務等を限定して契約型のジョブ型雇用を実現するには、単に職務記述書(Job Discripstion)を提示するだけでは足りず、少し注意が必要です。この点は、別の記事(下記リンク参照)にてお話しできればと思います。