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唯識の学び(5) 大乗仏教の深層心理学 『摂大乗論』を読む 第六章 菩薩の三つの学び<戒・定・慧>の三学とは何か~その1「戒」

昨年の5月から、成人発達理論の研究者である加藤洋平さんのゼミに参加し、大乗仏教の唯識について学んでいます[1]。
  このゼミでは、まず、太田久紀:増補改訂 玄奘三蔵訳『唯識三十頌』要講 について学び、その次に岡野守也:大乗仏教の深層心理学――『摂大乗論』を読む[2]について、毎週、学んでいます。
 今回は、第六章 その1「戒」についてまとめたいと思います。

前回の復習ですが、「摂大乗論」の全体構造の概要を把握したいと思います。[2]

「大乗仏教の深層心理学: 摂大乗論を読む」[2]の目次


序章 ブッダからアサンガへ
第一章 心の深層にあるもの<アーラヤ>識とは何か
第二章 世界を見る角度<三性>とは何か
第三章 心の変容の方法<唯識観>とは何か
第四章 菩薩になる方法<六波羅密>とは何か
第五章 菩薩の発達段階論<十地>とは何か
第六章 菩薩の三つの学び<戒・定・慧>の三学とは何か
第七章 究極の自由<無住処涅槃>とは何か
第八章 究極のアイデンティティ<三種の仏身>とは何か
あとがき
新装版によせて

このように第一章では、「迷いと覚りの根拠としてのアーラヤ識」が、第二章では「迷いと覚りの構造的な違いを解明する三性説」が語られています。
 そこで「覚り」とは何かがしっかり理解できると、読者の心には自然ななりゆきとして、「ではどうしたら覚れるのか?」という問いが自然に湧いてくるでしょう。
 そうした問いに答えるように、摂大乗論の第三章から第八章まで、どうすれば、どういう段階を踏んで、迷いから悟りの境地へと入っていけるのか、理路整然と説かれています。いわば、唯識の「心理臨床論」(実践編)であります。

 「第三章 心の変容の方法<唯識観>とは何か」では、上記のどうすれば、どういう段階を踏んで、迷いから悟りの境地へと入っていけるのか、その全体のプロセスについて説かれています。

 「第四章 菩薩になる方法<六波羅密>とは何か」では、具体的に覚りに近づいていくための具体的な実践方法として、「六波羅蜜」について述べられています。

 「第五章 菩薩の発達段階論<十地>とは何か」では、菩薩から究極の仏の境地に至るまでの段階を十段階に分けて説明しています。
 

 「第六章 菩薩の三つの学び<戒・定・慧>の三学とは何か」では、すでに述べられてた唯識観や六波羅蜜と重なる持戒、禅定、智慧について、大乗が小乗に比べてどこが優れているかが明らかにされています。
今回は、<戒>すなわち持戒について取り扱います。

1. 持戒とは何か

  • 持戒の定義: 戒律を守り、道徳的で正しい行いを実践すること。

    • 仏教における戒律(シーラ)は、煩悩を抑え、心を清めるための指針。

    • 持戒は、悟りへの基盤となる行為とされ、他者と調和した関係を築く上でも重要。

  • 大乗仏教における持戒: 個人の修行だけでなく、他者への慈悲や利他の実践と結びついている。


2. 持戒の目的

  • 自己の清浄: 自分の行動を律することで、心を浄化し、執着や欲望から解放される。

  • 他者への影響: 自らの持戒を通じて、他者に安心感を与え、道徳的な模範となる。

  • 悟りへの道: 戒律を守ることで、安定した心を保ち、瞑想や智慧の実践が深まる。


3. 持戒の種類(違い)

菩薩の戒律には、四種類の違いがある。

  • 種類の違い

  • 共に学ぶもの、学ばないものの違い

  • 広大さの違い

  • 深さの違い

3. 1 種類の違い

種類の違いには、以下の三種類がある。

  • 摂正護戒(しょうしょうごかい):抑制し防御する戒。戒律を守り、不善業(悪い行い)を避ける。嘘をつかない、盗まない、殺さない、酒を飲まないなど。

  • 摂善法戒(しょうぜんほうかい): あらゆる善を包摂する戒。善い行いを積極的に実践する。慈悲や布施など、他者の幸福を増進する行為。

  • 摂衆利益戒(しょうしゅうりやくかい): 衆生の利益をなす戒。他者を救い、導くための行動。菩薩としての利他の精神を実践するなど。

3. 2 共に学ぶもの、学ばないものの違い

これは、大乗仏教(菩薩の道)と小乗仏教(声聞の道)における修行や戒律の違いを明確にするためのものです。以下に、それぞれの具体的な内容を整理して説明します。


3.2.1 共に学ぶ戒律

大乗(菩薩)と小乗(声聞)が共通して学ぶ戒律

  • 基本的な内容: 仏教全般における基礎的な倫理規範であり、仏教徒として守るべき普遍的な戒律を指します。

  • 具体例:

    • 不殺生: 生き物を殺さない。

    • 不偸盗: 他人のものを盗まない。

    • 不妄語: 嘘をつかない。

    • 不邪淫: 不道徳な性的行為をしない。

    • 不飲酒: 酒を飲まない。

  • 意義:

    • これらは、仏教徒が心の清浄さを保ち、道徳的に生きるための基盤となる戒律です。

    • 大乗・小乗を問わず、仏教全体の共通基盤として重要です。


3.2.2  共に学ばない戒律

菩薩(大乗)と声聞(小乗)が異なる内容や視点を持つ戒律

  • 基本的な内容: 大乗仏教では、菩薩道に特有の倫理観や行動規範を重視します。これに対し、小乗仏教では、主に自己の解脱を目的とした戒律を中心に学びます。

  • 具体例:

    • 菩薩の持戒(摂善法戒、摂衆生戒):

      • 他者を救済するための行動を積極的に行うこと。

      • 例: 布施、利他の行い、他者を正しい道に導く努力。

    • 声聞の持戒(摂律儀戒):

      • 自己の解脱を目指して、行為を抑制することを中心とする。

      • 例: 社会的な関わりを避け、瞑想や隠遁生活に専念する。

  • 意義:

    • 菩薩道は、他者への慈悲と救済を中心とするため、社会や他者と積極的に関わることが求められます。

    • 一方、声聞道は自己の悟りに集中するため、煩悩を減らすために社会的な活動を制限します。


3.2.3 対比のポイント



3.2.4 まとめ

  • 共に学ぶ戒律は、大乗・小乗を問わず仏教徒全般に求められる普遍的な倫理規範。

  • 共に学ばない戒律は、大乗仏教特有の「利他を目的とした行動規範」と、小乗仏教特有の「自己解脱を目指した行動規範」の違いを反映しています。

この区別を理解することで、大乗仏教の菩薩道が持つ独自性や社会性、他者への貢献を重視する姿勢がより明確になります。

3. 3 広大さの違い

広大さの違いには、以下の四種類があります。

  • 学ぶ事柄が種々であり量り知れないという広大さ

  • 量り知れない福徳を含むという広大さ

  • 一切の衆生を包んで利益し安楽にしたいという意思の広大さ

  • この上ない覚りの拠りどころであるという広大さ

3. 4 深さの違い

「持戒の深さ」は、持戒が単なる表面的な行動規範にとどまらず、菩薩の精神や悟りの深さに直接つながるものであることを示しています。以下に、その具体的な内容を整理して説明します。


3.4.1 持戒の深さの基本的な意義

  • 行為だけでなく、心のあり方に及ぶ:

    • 持戒は単に「行動を制御する」ものではなく、「心の浄化」や「内面の成長」を伴うもの。

    • 行為の結果だけではなく、その動機や意図が重要視される。

  • 悟りの基盤としての持戒:

    • 持戒の実践を通じて、心が清らかになり、智慧(般若)が発展するための土台が築かれる。


3.4.2 持戒の深さの3つの次元

持戒の「深さ」は多次元的であり、それらは、表面的な行動から心の深奥に至るまでを含みます。

(1) 表面的な次元: 行為としての持戒

  • 内容:

    • 他者に対して具体的な悪を行わない(不殺生、不偸盗、不妄語など)。

    • 実際の行動として、戒律を守ることを重視。

  • :

    • 他者を傷つけないために意識的に行動をコントロールする。

(2) 動機の次元: 心の持戒

  • 内容:

    • 行動だけでなく、その背後にある動機が清らかであること。

    • 慈悲や利他の心を持ち、行為を行う際に自己中心的な欲望を排除する。

  • :

    • 布施を行う際に見返りを求めるのではなく、純粋に他者の幸福を願う心で行う。

(3) 深奥的な次元: 智慧としての持戒

  • 内容:

    • 持戒を通じて、現象の本質(無常、無我、空)を悟る智慧が得られる。

    • 戒律が「真理を体現する行為」として機能する。

  • :

    • 他者を傷つけない行為を続ける中で、すべての生命が相互に依存していることを悟る。


3.4.3 持戒の深さがもたらす影響

  • 個人への影響:

    • 心が浄化され、煩悩(執着や怒り)が軽減される。

    • 精神的な安定や幸福感が得られる。

  • 他者への影響:

    • 他者が安心感や信頼感を持つようになる。

    • 菩薩の行いを見て、他者が善行を学ぶ契機となる。

  • 社会への影響:

    • 持戒の実践が、社会全体の調和や平和に寄与する。


3.4.4 持戒の深さと菩薩道

  • 大乗仏教における持戒の独自性:

    • 菩薩道では、持戒は単なる自己の解脱のためではなく、他者を救済するための基盤とされる。

    • そのため、持戒の深さが他者との関係性や社会貢献と結びついている。

  • 持戒と智慧の統合:

    • 持戒の実践を通じて、心が清浄になり、智慧が発展する。

    • 智慧は持戒をより深く理解し、効果的に実践する助けとなる。


3.4.5 現代における持戒の深さの意義

  • 日常生活への応用:

    • 仕事や家庭生活の中で、自分の行動の動機や影響を見直すことにより、持戒を深く実践できる。

    • 例: 誠実な行動、他者を尊重する態度を心がける。

  • 精神的な成長:

    • 持戒の深さを意識することで、内面的な成長を促進し、人生の質を向上させる。

  • 社会的な影響:

    • 持戒を深く実践する人が増えることで、社会全体の倫理的基盤が強化される。


3.4.6 まとめ

「持戒」における「深さ」とは、持戒が単なる表面的な行動規範ではなく、動機や智慧、さらには悟りの実現に至るまでの多層的な意義を持つことを指します。これにより、持戒が菩薩道全体を支える中心的な柱であることが明らかになります。

以上、持戒について整理しました。

次は、禅定について、扱います。
お楽しみに!

https://note.com/ryuk/n/n7565cbaeb61e

[1] 

[2]

https://bit.ly/4gIgCrb


https://note.com/awaisou/n/n3c06f3001e70

[3] 

https://woman.mynavi.jp/article/230131-8/

[4] 

https://bit.ly/40mENWy

[5] 

https://www.earthship-c.com/psychology/consciousness-evolution-and-no-boundary-by-ken-wilber/

[6]


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