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[ショートショート]その瞳

いつもと違う帰り道で帰っている一人の少女がいた。その背中はどこか悲しげで脆く崩れそうな繊細さを持ち合わせているように見えた。その瞳は何かを見ているような様子は無く、ただただ景色が写っているだけに感じられる。

あっ!自己紹介が遅れましたね。私この少女の守護霊です。この世界では生まれた瞬間から死ぬまで一人につき一体の守護霊が生涯を共にしています。しかし、人間側にはほとんど認識されていません。たまに私たちを見ることができる人間もいますがそれはほんの一握り。

もちろん私たちはお互いのことを認識できるから、人間の友達と同じように私たちにも友達はいます。また守護霊はその人の心の影響をかなり受けるので、優しい子には優しい守護霊がついて、短期で横暴な人には横暴な守護霊が振り分けられる。

だから、人間同士仲がいい人といると守護霊同士も仲がいいことが多いです。ですが、いじめなんて陰湿なものはないですね。それは人間界特有の現象で私たち守護霊も頭を悩ませているんですよね。では、話を現実世界に戻しましょう。

「ね〜まる〜。このまま歩き続けたらどこにいける?」
「そうですね〜今日中には海まで行けると思いますよ。」

そう。この少女は私たち守護霊を認識できる数少ない人間の一人なのです。さらにその中でも私たちの言語を理解することができて話すことができるのです。そんな人間の存在は今まで知られておらず、おそらく今までの歴史上で初めてだと思われる。そんな少女だが周りにはこのことを秘密にしている。

「海まで行ったらお母さん心配するかな?」
「それはもちろん心配しますよ。あなたはお母様の娘なんですから。」
「お母さんに心配かける私は悪い子?」
「いい悪いではなく、それもあなたの一部と受け入れることが大切なんじゃないですか?」
「うーん…。理解はできるけど納得するのはまだ先な気がする。」そう言って少し悪戯っぽく笑いながらこちらを見てきた。守護霊だからって常に後ろにいるわけではないですよ。本人の周りを適当に
「あなたの年齢でこのレベルの会話が成り立っているのは素晴らしいことだと思いますよ。」
「周りのみんなが子供すぎるだけだよ。早く大人になりたいな〜」

これがこの子の口癖だった。いつから口に出し出したのか本人は自覚が無いが小学生に上がった頃からずっと言い続けている。言い出すきっかけになった理由は簡単で、いじめにあったからだ。小学生に上がった頃から自分には周りと違うものが見えていると悟った。しかし気付くのが遅くなって周りから好機の目で見られ注目の的になったしまった。それから始まったいじめは一人の少女の人生を滅茶苦茶にするには十分過ぎた。

それでも彼女は強かった。中々弱音を吐かないから周りのいじめもエスカレートしていきとても小学生の内容には思えなかった。こんな時守護霊ならなんとかするのが仕事じゃ無いのかと怒られそうだが、私たちにできることはほとんど無い。守護霊という名があるものの私たちはただの観察係なのだ。死んだ時に次はどんな人生に生まれ変わるかを上に判断してもらうための情報を集めているだけなのだから。

いじめが起きている最中もこの子は家族には悟られまいと必死に努力していた。少女の父親は海外で働いていて、母親は全盲だった。だから自分がしっかりしなければいけないと小さい頃からほとんど涙を見せなかった。

そんな少女が初めて母親に心配をかける行動を起こしている。この子もどこかに限界がきていることを悟ったのだろう。今日母親にあってしまったら今までの自分を保てないことを本能的に感じ取った。しかしどうすればいいかわからないから、1番単純な距離を取るという方法しか選べなかった。

黙々と歩き続けて気がついたら日はとっくに暮れていて、お月様が天高く登っていた。写真を取ればSNSにでも載せられるくらいには映える写真が撮れそうな気がした。もちろん守護霊の世界にはSNSなんて愚の骨頂のようなものは存在していない。

砂浜まで辿り着いた時、少女は何か付き物が取れたように海へと駆け出した。今までは見えない何かに縛られていた、というよりは自分を縛り付けていたのだろう。母親に心配をかけたくない一心で大丈夫な自分を演じてきてた。そんな少女の目には今の景色はどんな風に写っているんだろう。

砂浜が目に入った時、全てがどうでも良くなったような気がした。だって全て気が付いていたから。自分は周りとは違うものが見えている。なんか、白や赤や黄色みたいにカラフルで実体があるようで無いような変なもの。輪郭もぼやけて見えるから最初は空気が汚れているだけかと思った。でもたまに変な方向から話し声が聞こえてきてそっちを見たら変なもの同士がお喋りしてたの。まるで私がお母さんと話すみたいに普通に。それにびっくりして声をかけたのが最初の出会いだった。ビッっくりしたのはお互い様だったけど、その後は私の大切な話し相手になった。守護霊って言ってるけど最初は言葉の意味がよくわからなかった。観察されていると知った時にはあまりいい気分にはならなかったけど、上からの指示で仕方なくみたいだったから諦めることにした。どこの世界でも上司の指示には逆らえないみたい。

母親には絶対に迷惑をかけたく無い。その一心で今日まで必死に耐えてきたがこの瞬間だけは自由になりたかった。生まれて初めての小さな反抗。携帯の電源は切ったままだ。おそらく母親はたくさん電話をかけてくるだろう。だからもう少ししたら電話をかけて謝ろう。でも、今だけは。

裸足になって飛び込んだ海はとてもひんやりしていて気持ちよかった。潮の香りが風に乗って鼻腔にツンとくる。普段の生活では感じない新鮮な感覚に心が躍る。このまま時間が止まればいいのになんてありきたりなことも考えてみる。

「今時間が止まればいいなんて考えませんでした?」
「バレた?さすがお見通しだね。」
「あなたを観察し始めて12年になりますので。」
「もう一度聞くけど私って悪い子?お母さんに怒られる?」
「そんなことない立派な反抗期ではないですか?お母様も娘がまったく反抗しないことは不思議に思っていらしましたよ。これで少し安心するのではないですか。もちろんあなたが今後ぐれていかなければですが..」
「そんなことあるわけないじゃん!私の反抗期は今日で終わりだよ!」
「もちろんでございます。念のために申し上げただけでございます。」
「ふーん」

そう言って少女は近くのちょうど良い大きさの流木に腰掛けた。そして空を見上げて感嘆の声を上げた。その表情は今まで見たことないくらいに輝いていた。そして少女はその景色を生涯忘れることはないだろう。


どれくらい時間が経ったかわからなかったが、おそらくかなりの時間が経過してたのだろう。砂浜に1台のパトカーが来て彼女は家に送り届けられた。近所の人が通報したのだろう。後に知ることだがあそこら辺は治安が悪いことで有名だったみたいだ。警察に人に事情を説明して母親への連絡はしないでおいてくれることになった。家の事情や彼女の態度を加味して問題ないと判断したからだろう。母親も心配したみたいだが深くは詮索しなかった。それくらい娘の発する空気が前とは変わっていたからだろう。


それから数十年がたった。私は今でも少女の守護霊である。数十年が経ったので少女では失礼か。なので、彼女と訂正しよう。

彼女は今日、ついに夢を叶える。
数多の試練を乗り越え選ばれた一握りの人間だけが到達できる場所に彼女はいる。後々のインタビューで彼女はこう答えた。

「小学生の頃全てが嫌になってひたすら歩いた時があったんです。気が付いたら知らない砂浜まで歩いていました。弱っていた私がちっぽけだと言わんばかりに輝いていた星を見て思ったんです。生意気言いやがって、今度は私が笑ってやるって!それから宇宙飛行士になろうって思ったんです。そこで見た星の景色はいつまで経っても忘れられないです。」

彼女は今、スペースシャトルに乗り込んで発射を待っている。その後宇宙ステーションで半年間の業務に就く予定だ。乗り込んでいく彼女の背中には悲しみも脆さも繊細さもなかった。自信に溢れた逞しい背中がそこにあった。今の彼女の目には今何が写っているのだろうか?

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