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読んで、張り巡らせるこころの根
サルスベリ 都わすれ ヒツジグサ ダァリヤ …
目次を眺めているだけで、草花に親しんでいた子どもの頃の記憶が呼び覚まされます。
オシロイバナで作る色水の透明感、種から出てくる粉の白っぽさ。
吹けば飛ぶたんぽぽの綿毛の軽やかさ、つくしを手折るときに耳にしたかすかな音。
ひろい集めた松ぼっくりや、どんぐりが並ぶ光景。
ヘビいちご、茱萸の実を口にした瞬間の、青い味。
そんなことを思い浮かべながら、この頃、眠る前に少しずつ読み進めていたのが、梨木香歩さんの「家守綺譚」です。
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本を閉じて、表紙を眺める時間も好きです。
この作品に出会ったのは、十数年前のこと。
図書館で題名に心惹かれて手に取り、その後、文庫本を購入しました。
引越しのときに手放してしまったのですが、先日、本屋さんで目が合い、もう一度読みたいのと、やっぱり手元に置きたいという気持ちが芽生え、ふたたびお迎えした本なのです。
何度目になるか分からない再読で、物語の大筋も覚えているのに、読んでいると、指先までほのかにあたたかくなるような、じんわりとしたぬくもりを感じます。
それから午後はサルスベリの根方に座り、本を読んでやる。あまり撫でさするのはやめた。サルスベリも最初は不満げであったが、次第に本にのめり込むのが分かる。
サルスベリにも好みがあって、好きな作家の本の時は葉っぱの傾斜度が違うようだ。ちなみに私の作品を読み聞かせたら、幹全体を震わせるようにして喜ぶ。
駆け出しの物書きである綿貫征四郎は、若くして亡くなった親友の高堂の実家に、"家守り"として住まうことになります。
庭に植えられたサルスベリを撫でさすっていたところ、思わぬことにサルスベリに懸想されてしまう綿貫氏。
しかもその事実を告げるのは、床の間の掛け軸の中からボートを漕いでやって来た亡き高堂で…というお話から始まる物語の流れを追っていると、それがおよそ百年前の出来事であるのを忘れて、不思議な懐かしさを感じるのですよね。
まるで、綿貫氏と犬のゴローが住まう家に居候をさせてもらい、ヒツジグサが鳴くのを耳にし、リュウノヒゲの青さに見入り、四季の巡りをともに感じているような心地を覚えます。
河童や狸などと出会い、不可思議な出来事に見舞われることも多い綿貫氏ですが、動転したり戸惑ったりしながらも、自分と異なるものたちを、"違うから"という理由で否定せず、さりとて安易な理解も示さない彼の姿勢に、あらためて心強さと安心感を抱きました。
はじめて読んだ梨木香歩さんの作品は、小学生のときに手に取った「西の魔女が死んだ」だったのですが、主人公の意志の強さと、まっすぐに物事を見つめようとする凛とした姿に心を動かされたことを、今でも忘れられません。
同じように、物語の終盤で、湖の底の国から家に還る為に、自らの決心をきっぱりと述べる綿貫氏の声を久しぶりに耳にして、"そうだった。彼の声が鮮明にこころに響いて、この本に出会ったころのわたしは、何かを選ぶときに道しるべのようにしていたのだったな"と、はっとしたのです。
自分のこころを樹にたとえると、たとえば地面が大きく揺れ動いたり、水が足りなくなったりしたときに、倒れそうになってしまうことがある。
そんなときに支えになるのが、根だと思うのです。
本を読むというのは、その根を増やして、長く伸ばしていくことなのかもしれないと、ふと思いました。
ふだんは地中深くにあって目には見えないけれど、しっかりと張り巡らされているそれが、自分の幹を支え続けている。
"本は心の栄養"ということばを、十代二十代の頃のわたしは、半分わかるような、でも半分わからないような気持ちで聞いていたのですが、歳をかさねるに従って、確かな重みを持つことばとして、自分の中に深く沈んでいくのを感じます。
気持ちを揺り動かされて、繰り返し読んだ本は、こころの根を支えるものとして、自身の中で生きている。
そして、そんなふうに感じられる本との再会の喜びを、夜の静けさのなかで、ゆっくりと味わうのでした。
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