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note連続小説『むかしむかしの宇宙人」第11話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリと同郷することに。弟の健吉を彼に預け、銀行行員として働きに出かけるが……

→前回(第10話)

→第1話

銀行の業務が終わっても、息を抜く暇はない。これから夕食の準備だ。足早に銀行を出ると家へと向かう。

バシャリのどたばたのせいで、財布を忘れてしまったからだ。

「ただいま」と、戸を開けた直後、わたしは目の前の光景に絶句した。

廊下が、器で埋まっていた。

茶碗、皿、湯のみのみならず、銅鍋、真鍮鍋、土鍋、すり鉢、蒸し器、焙烙、鰹節削りなどなど。家中の食器と調理器具が散乱しているのだ。

その中心にバシャリと健吉が座り込んでいた。バシャリは真剣な顔つきで、茶碗の内側を指でなぞっている。

しばらく器に触れていたが、やがて残念そうに首をふると、健吉に茶碗を渡した。

健吉はその茶碗を床に置き、慎重な手つきで新たな皿を手渡す。

二人の奇妙なふるまいにわたしは唖然とした。この行動の意味するところが皆目わからない。

「……一体、何をしてるの……?」

「おー、幸子じゃないですか」

バシャリが頓狂な声をあげて、健吉に顔を向けた。

「ほらっ、健吉、あなたの血をわけた姉が日々の労働から解放され、無事帰宅しましたよ

何ておおげさな言い回しなのかしら……そう思ったが、それは口に出さずにこの状況の説明を求めた。

「それよりこの騒ぎは何なの?」

過的推進化合物皮膜容器(ラングシャック)をさがしていました」

「ラングシャック?」


聞きなれない言葉だ。

「はい。ラングシャックです」

バシャリは頷いた。

「幸子には私の円盤が壊れたと言いましたよね」

「……ええ。そうね」

あいまいに言葉をにごした。正直、バシャリの話の大半は聞き流している。

「あのときはそう言いましたが、正確には円盤が壊れたのではありません。円盤のエネルギーを保管する容器を紛失したのです。

その容器の名称が、ラングシャックなのです。

我々の円盤は、エネルギーが切れるとラングシャックでエネルギーを集め、それを円盤に注入します。

ですがそのラングシャックを紛失したため、エネルギーを補給することができず、アナパシタリ星に帰還できないのです……」

そして、がっくりとうなだれる。お得意の妄想だと思いながらも付き合うことにした。

「つまり、そのなくしたラングシャックをさがしているのね?」

「いいえ、そうではありません。私が所有していたラングシャックは前に立ち寄った星でなくしたので、拾いに戻ることができません。

だから、地球に存在するラングシャックをさがしています」

「地球にそんなのがあるのかしら?」わたしは首をひねった。

「絶対に存在します。これは宇宙の法則ですよ

バシャリは言い切った。

「へえ……」つい、疑わしげな声がもれた。「で、あったの?」

「いいえ、家中の容器をかき集めたのですが、どれもラングシャックではありませんでした」

床にちらばった容器を、バシャリは無念そうに見渡した。

「ラングシャックかどうかはどうやってわかるの?」

「簡単ですよ」

バシャリは茶碗をひょいと拾い上げ、さきほどと同じく指で内側をなぞった。

ラングシャックは内側を過的推進化合物皮膜に覆われています。表面をなでればすぐに判別できますよ」

そういえばこの人、出会ったときも湯のみをなぞっていたわ。あの奇妙な行動にも理由があったのだ。

それにしてもよくこんな凝ったほら話を思いつくものだ、とわたしは力がぬけてしまった。

「ラングシャックが見つからないと、私はアナパシタリ星に帰還できません」

「なるほどね。そんなことより、早くその器を片づけてちょうだい」

バシャリが唇をとがらせた。

「幸子、つれないですよ。人生の一大事なんですから

「あなたには一大事でもわたしには関係ありません。ほらっ、もうこんな時間よ。早く夕飯の買い出しに行かないと」

夕飯という言葉に、バシャリが即座に反応した。

「おお、夕飯ですか。幸子、それは心配ご無用です。私が作りました

「あなたが作ったの?」わたしはぎょっとして声を上げた。

「はい。少々お待ちください。健吉も手伝ってください」

→第12話に続く

#創作大賞2022

作者から一言
とうとうラングシャックが出ました。バシャリ(主人公)の目的は、このラングシャックを探し当てることです。どんな星にもラングシャックは必ず存在する。それが宇宙の法則なんですね。
一体ラングシャックはなんなのか? それを想像しながらこの物語をお楽しみください。あっと驚く結末が待っています。

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浜口倫太郎 作家
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