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サルコイドーシス療養記6 #245
1/6㈪に入院して今日で25日目。入院生活の様子をお伝えします。今回のは少し長めですが、最後までお付き合いください。
よかったら前回の記事もあわせてお読みください。
明日わたしはここを出ます
狩人の「あずさ2号」の出だしっぽく(笑)
明日、1月31日(金)に退院となります。1月6日(月)に入院して26日目での退院となります。当初は短くて28日間(ならば退院は2月2日)、長くて42日間(ならば退院は2月16日)の入院という見込みであったのですが、26日目で退院できることになりました。副作用のなかで最も心配していた「ステロイド糖尿病」に(今のところは)なることもなく、また、いろいろな副作用はありながらもプレドニンの容量を順調に漸減することができ、自宅で療養しつつの服薬治療に切り替えましょうという担当医の先生の診断で、退院となりました。守りと皆さまのお祈りがあってのことです。ありがとうございます。
治療の効果、たくさん
治療により、生活に著しい不自由をきたしていた病変がやわらいだことは本当にありがたいです。
〇視界が霞んでいない。曇っていない。クリアだ。
〇光がまぶしくない。逆光でも相手の顔がわかる。
〇二重には見えない範囲が広がった(3メートル弱まで)。
〇右耳の聞こえも悪くない。聞き返さなくていい。
〇顔面神経麻痺もきつくない。しゃべりやすくなった。
入院前とはほんとうに世界が違います。そのせいでしょうか、気持ちも違ってきています。治療に感謝ですし、恵みに感謝です。
ステロイドとうまく付き合わねば
ただ、これまでにあった不自由が和らいでいるのはステロイドが効いているから、と見ることは確かにできるわけで、今後、だんだんとステロイドの容量を下げていったときに「再発」するという可能性も全くないわけではありません。また、いまは病院にいて、仕事も休んで、管理されたなかで健康に留意して生活できていますが、退院したらそうもいかない。食生活(←特にこれが心配。ちなみに私からすればお酒は食品の一種)も含め、自分できちんと整え、「ステロイド糖尿病」などにならないようにしないといけない。これはなかなか意志が試されると言えます。
入院生活で得たものをもって
今後はこの入院生活で得たものをもって過ごすことが大切だと思うところです。この入院生活で自分が得たものは、習慣やら考え方やらといろいろあります。サルコイドーシスの治療とは関係ないものもありますが、この入院がなければおそらくそうはしていなかったというものもあります。4つあげます。
①運動(ストレッチ、筋トレ)の習慣化。朝おきてと、各食後に軽くと、寝る前にすこし多めに。それ以外でも気がついたら体を動かす(ほぐす)。体の健康は大事。継続が大事。
②英語運用力を意識して高める学習の習慣化。とあるYoutubeの動画を活用しています。朝起きて和文英訳ぶつぶつ、寝る前にシャドウイングぶつぶつ。ともに10分くらい。継続が大事。勉強は筋トレと同じ。今更ながらとは思わず、絶えず初学者の姿勢で行くことはとても大事。
③よく噛んで食べる。ゆっくり味わって食べる。当たり前のことというか、それこそ小さいころ、母親や祖母から言われていたこと。どれだけ胃袋が働いてくれると言ったって、胃袋からすれば、少しずつ流してもらったほうがいいわけだし、そのほうが栄養を吸収できるし、味わいも豊かになる。満腹中枢の働きが健全になる。いままでどこか、「目の前のものをすべて平らげる」ことを食卓の目標にしてしまっていた自分(←大盛り、特盛り、食べ放題、飲み放題、大好き)。でもこれは基本的に改めねば(←しかし大盛り、特盛り、飲み食べ放題を否定するものではない←これはこれで楽しみ←矛盾?そうではない。次元の違い)。
④無理をしない。これは何回か前の記事にも書きました(#242)。
これは本当に大切なことで。ひょっとしたら上の③と同根であるように思えます。言い換えれば「目の前にあるものを制覇してなんぼ」の価値観です。これ自体が悪いというのではありません。ただ、制覇しようとするあまり、無理をしたのでは元も子もなくなるということです。強欲にならず、慎ましくあれということにもなるのかな。
…ん? この③や④のこと、「説教集」にあったなあ。
あ、これだ!!
(noteにあげてあるのは試訳の段階のものです。出版されているものとは訳文がずいぶんと違います。念のため)。
そう、暴飲や暴食によって私たちは離れてはいけないところから離れてしまうのでした。人間生活における他のさまざまな「行き過ぎ」や「過剰」、つまり「慎みのなさ」によって人間は崩れていくのでした。
話を戻しますが、そう、「無理はしない」ということが大切です。頑張りや工夫と無理は違う。無理をしてしまう根底には「底知れない肉的な欲」があるのかもしれないと思って、慎ましく。心の健康は体の健康と同じく大事です。適度に節制をもった行動は愛に基づきます。
主にこれらの気づきを得ました。ほぼ4週間にわたる入院のなかで得た学び、これからの人生に生かしてなんぼ(←制覇とは違う)だと思います。これからが真価の発揮どころです。
この入院中のさまざまなおとも
入院中のおともについても何回か前の記事に書いてあります(#241)。
昼食後のブラックコーヒーと、教会でお世話になっている方からいただいた「たなごころの十字架」が癒やしとなっていることをお伝えしましたが、これらに加え、この二つの本にとてもお世話になりました。
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渡邉雅子さんの「論理的思考とは何か(岩波新書)」と今井むつみさんの「学力喪失~認知科学による回復への道筋(同)」です。入院中のベッドの上で、あるいは、診察の(けっこう長い)待ち時間にお世話になりました。ごくごく簡単に紹介すると、前者は「相手の論理を知らないで事を論じても通じない」ということであると大きく捉えられます。高校で生徒に文章の添削指導を行う機会は多いのですが、この本を読んでこれからそうできるのはラッキーだなと思えました。
後者は一言でいえば、(私なりの表現ですが)(良い意味で)とても恐ろしい本です。「勉強ができない」「基礎学力がない」と、そういうのは生徒の事象にすぎず、ではなぜそうでありどういう視座が教師に求められるのかということについて、現代社会の問題を包括的にからめて解き明かしてくれています。目から鱗でした。この本を読めたのもラッキーなことでした。ほんとうに2冊ともおすすめです。特に同業の高校の先生方!
入院中の楽しみ(食事)
さて、いわゆる「病院食」というとみなさんはどういうものを想像するでしょうか。あまりいいイメージがないかもしれません。実際、とても健康的で、私も最初は物足りない感じさえしました(それでも間食は最初のうちはまったくしませんでした。このところはごく少ししていますが)。しかし、上にも書いてあるとおり、よく噛んで、ゆっくり食べて味わうと、しっかりお腹にずしんときます(腹八分目です)。すごいのは栄養士さんたちがカロリー計算もしたうえで、見た目にもよい食事を提供してくれていることです。
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そして加えて、入院しているこのT北大病院には「選択食」というメニューがあって、カロリーそのままでありながら、希望により標準とは別メニューでいただくことができます(一食あたり300円増しになります)。メニューをみて、あ、これ食べてみたいなとお願いしました。
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こういうサービスがあるのってとてもいい。300円余計にかかりますが、それでもいろんなことを考えると、もとを十分にとれるように思います。体も心も喜べる。そして、元気になってはやく退院して、美味しいものをもっと食べたいなという気持ちになる。そのために健康でい続けようと意志を持つようになれる。いろいろな人の愛が、また、そのいろいろな人を包む世の愛が、自分のなかにこう作用していることに感謝です。
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入院して26日目となる明日で退院します。先生方、看護師のみなさん、栄養士のみなさん、その他たくさんのスタッフのみなさん、大変お世話になりました。まだいてもいいかな、という気持ちもなくはないのですが、外に出て、きちんと生きていこうと思います。表現が適切か微妙ですが、さながら洗礼と堅信の恵みに与り「新しい命に歩む」ように。
そんななかでの出版のこと
前回の記事でもお伝えしましたが、『高校英語教師が翻訳した十六世紀英国教会説教集Kindle版』の出版にむけて準備をし始めています。テーマ別に18分冊で、また簡便さを求めて説教の本文のみで、というものです。準備をはじめてみていろいろ、気づいていなかったことに気づかされています。
前回の記事では、今年度中から少しずつリリースしていって、今年の真夏くらいにコンプリート、なんて思っていたのですが、これはもっとゆっくり進めていこうと思うに至りました。少しずつ少しずつ、年単位のスパンで世に広めていきたいと思っています。
とはいえ近いうちに、ここでも、あるいは他のSNSでもいろいろ具体的に告知していきます。みなさまどうそお楽しみに。コンセプトは「シェイクスピア時代の教会説教をお手元に!」です。あわせて、ペーパーバック版もよろしくお願いします。
では今回はこのへんで。みなさまお体にはご自愛ください。あらためて、この入院中、たくさんのお声がけをいただき、ありがとうございました。