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【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】
一章【呉 理嘉 -転生-】
【転生】1歳 二人の侍女と私と[2]
「ネイル様! まだ寝ないの!? 寝ないのですか!?」
パニャから声をかけられた。
彼女は人に合わせて言葉遣いを変えるのが苦手なのか、私と話す時は敬語で言い直すことがよくある。
「パニャ、いつもみたいにお話ししていいよ?」
「そうもいきません! またファーラ先輩に叱られちゃいますから!」
だそうだ。
言葉遣いはアレだけど、パニャが真面目なのは私もよく知っている。
パニャが私の側仕えになってからで数えるならまだ日が浅いけど、生まれてから1年以上、私やママに仕える侍女達を見てきたから、パニャや他の侍女達の性格や仕事ぶりは身をもって知っているのだ。
「私を雇い入れてくださったユーナ様! そして受け入れてくださった先輩方に恥じない仕事をしたいのです!」
真面目だ。
どういう経緯でパニャが侍女として働くことになったのかは知らないけど、きっと小さくないドラマがあったのだろう。
気になる。
「パニャはどうしてじじょとしてはたらくことになったの?」
だから聞いてみた。
お昼寝の時間だけど、まだ眠くないし、絵本の読み聞かせみたいな感じで話を聞いていたら眠くなるかもしれない。
絵本代わりに聞くのは失礼かもしれないけど。
「えーと、そうですね」
パニャがつぶらな猫目をぱちくりさせている。
1歳の幼児がそんなことを聞くものだろうかと訝しんでいるのかも。
まあ、子供には大人に『なんで?』を繰り返す時期があると言うし、その類いだと思ってもらおう。
「パニャ、なんでじじょになったの? ねぇおしえておしえて」
「はいはい、分かりましたよ。えーと、でもネイル様はまだ小さいから分からないかもしれないしなー。あ、お分かりにならないかもしれませんし…」
パニャの言いたいことは分かる。
大人の事情を幼児に話したところで、理解出来ないと思われるのは当然だ。
「おはなし、ききたいの。おねがい」
「うーん、まーいいですよ」
私が理解出来るか否かは置いといて、主人が聞きたいと言うのだからとりあえず話しておくか。
そう判断してくれたようだ。
押してみるものである。
「お話ししますので、ネイル様はベッドに入ってください。お話はそれからです」
まあ、当然だ。
内容はどうあれ、多少の小難しい経緯があるのだろうから、話を聞いている間に私が寝落ちすると考えたのだろう。
私もその可能性は高いと思う。
そのつもりもあって聞いたのだし。
私はベッドにもそもそと乗り込んで、姿勢をパニャへと向ける。マットがとても柔らかく身体が沈む。
パニャがふわふわの毛布をかけてくれた。あたたかい。
「途中でオブ様とファーラさんがお戻りになったら、お話はそこまでですからね? いいですか?」
「うん。わかった」
こくりと頷く。
オブとファーラは散歩に出かけている。
オブが目を覚ました後、ファーラはオブをおくるみで包んで抱っこして出かけてしまった。
オブがもう一度寝るまで、城内か庭園辺りを散歩するのだろう。
「あーでも、話しても大丈夫なのかなー。ユーナ様に怒られないかな。ファーラさんと侍女長に叱られないかな」
ごにょごにょ呟きながらパニャはベッドの脇に膝をついてしゃがみ込む。
やけに深刻そうな表情で心配している。
城で働き始めたきっかけを話すだけでこんなに心配するものだろうか。
内容的に聞かないほうが良いんじゃなかろうかと私も心配になってきた。
「まぁ大丈夫かな。みんな知ってる事だし。似たような境遇の者ばっかりだし」
余計に気になるようなことを言うなぁ。
「ネイル様、怖かったらすぐに言ってくださいね。やめますからね」
「うん」
もう一度、こくりと頷く。
「もう3年前の話ですが」
パニャが語ったのは、とある小さな町の惨劇。
平和だった町が一夜のうちに炎に沈んだ話。
パニャの家族、そして多くの魔属が亡くなった日の話だった。
「ソドという小さな町でした。このお城からずっと遠くにあって、ものすごく田舎で。町の者はほとんどがその町で一生を過ごすような、そんな小さな町でした」
パニャという侍女は、いつも笑顔で、底抜けに明るい。そんな印象の人物だ。
猫頭の彼女はネコ科特有の愛くるしさを持っていて、私が彼女のモフモフに触るとゴロゴロと喉を鳴らしながら『もう、ネイル様やめてくださいよ。今はお仕事中なんですから。』と笑う。
二人きりでいる時は鼻歌を奏でながら穏やかに仕事をしている。
のびのびと、楽しそうに働いてる姿を見るのが私は好きだ。
明るく、裏表を感じさせない自然体で働く彼女が好きだ。
「あの日もいつも通り、特別なことは何もない普通の日でした。朝起きて、家族と質素な朝ごはんを食べて、お父さんは仕事に出かけて、お母さんと私は家事を済ませて二人で編み物をして、お昼になったら私はお弁当をお父さんの仕事場に届けて、お父さんの仕事仲間とお話をしたりして。町のみんな仲良しだった。そんな平和な町だったんです」
パニャは少し上を向いて、少し悲しそうに笑っている。
「その夜、大きな音がして家族全員が目を覚ましました。何かが爆発したような大きな音でした。キーンと耳鳴りがして、音が何も聞こえなくなったくらい、とてもとても大きな音」
パニャは私にとても優しい。
小さい子供が好きなんだと思う。
でもよくよく考えてみると、彼女は周囲の侍女達にも可愛がられている。
パニャをよく叱るファーラにしたって、5回に1回はため息一つで許すくらいだ。
パニャは仲間に愛されている。
それは言い換えると、パニャが周囲を愛しているからではないだろうか。
好意には好意で返す。
だから私も彼女の仕事ぶりが、パニャのことが好きなのではないだろうか。
「窓から見えた夜の空は赤黒く光っていて、大きな事故なのか、何かとても良くない事が起きたのだと分かりました」
私の視線と顔を下げたパニャの視線が交差する。
パニャは私の顔を見て微笑んだ。
「事故ではなく、事件でした。街は悪い人達に襲われたんです。その事件で私の両親は亡くなりました。町の者達も、たくさん。……ネイル様、怖くないですか?」
「……だいじょうぶ」
だからこうして、パニャが辛そうな表情をしているのがとてもショックだった。
自分から話を聞いておいて、こんな返り討ちに遭うとは思いもしなかった。
いや、本当に辛いのは、パニャの方か。
子供の興味本位で、思い出したくもないことを口にしているのだから。
「ネイル様は強いですね。……私は今でも怖いです。あの夜の事を思い出すと、今でも身体がすくみます。震えてしまいます」
パニャは両手を固く結んでいた。
震えているようにも……見える。
「あの時、魔王様とユーナ様、そして近衛の方々がいらっしゃらなければ、私は今こうして生きていないと思います。私はネイル様のお父様、お母様に命を救われました。そして無くなってしまった町の生き残りはその地を離れ、この魔王都にやってきました。ユーナ様がそうするのが良いと。仕事をあてがってくださいました。私の知り合いは街で働いています」
パニャは先ほどより少し表情を明るくして続けた。
「私はユーナ様に召し抱えていただき、ここで働いています。他にも顔見知りが雇っていただいています。『ここで働けば良いわ。』そう言ってくださったユーナ様には感謝の気持ちしかございません。ですから私はこの城で一生懸命働いているのです」
パニャがにかっと笑う。いつもの笑顔だ。
「昔話は以上です! おしまい! さあ、お昼寝しましょう!」
思い出したとばかりにパニャは切り替える。
そう言われても、そんな辛い話を聞いて安らかに昼寝なんてできるワケない。と言うか、私の目はすっかり冴えてしまったのだけど……。
「パニャ……つらくはない? くるしくはない?」
同情されても何も変えられないことは分かっているけど、聞かずにいられなかった。
「辛くない、苦しくないと聞かれたら、辛いですし苦しいですけど、仕方ないです。そういうもんです」
それはそう……なのだろうか。仕方ない、で済ますしかないのか。
「ネイル様は優しいですね。さすが魔王様とユーナ様のお嬢様です。私はネイル様に仕えることができて嬉しいです」
パニャがまたにかっと笑う。
辛そうな感情はそこには一切見えない。
「死んでしまったお父さんとお母さんに心配されないためにも、ここで私は一生懸命働きたいです。命の恩人であるお二人のためにも、ネイル様に仕えたいと思ってます」
「うん」
私は頷いた。
パニャの表情から、強い決意を感じた。
「パニャ、わたし、パニャのことすきよ」
「えぇ、私もですよ。ネイル様」
あなた方家族のことをお慕いしていますよ。
パニャはそう言って、口の端を上げてにかっと笑った。人懐っこい表情だ。
つぶらな瞳がらんらんと輝いている。
わずかに涙が滲んでいる様にも見えた。
「お昼寝、しましょうか。ね? ネイル様」
「うん。分かった」
「はい。それはよろしゅうございます」
「パニャ……?」
「はい。何でございましょう?」
「わたしがねむるまで、そばにいてくれる?」
「はい。喜んで」
「ありがとう」
「もったいないお言葉です」
私は目を瞑る。
私が眠りつくまで、パニャは私の手を握ってくれた。
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