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【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】
一章【呉 理嘉 -転生-】
【転生】1歳 魔法とママとそんなのと[1]
じぃーーー。
おっ。
へぇー。
あー。
へぇー。
おぉ?
おおぉ?
えぇっ!?
あっ……ふぅーん。はぁー。なるほどぉ。
なるほどなるほど。そういうアレかー。なるほどねー。
「ん? なぁに、ネイちゃん? ママの魔法、気になるの?」
「うん。わたしもママみたいに、まほぉつかってみたい。だからママがまほぉつかうとこみてた」
ママの身体で練られていた魔力の流れを、傍らでじっと見ていた。
柔らかな黄色い光がママの身体の内側をゆっくりと移動し、交ざり合い、混ざり合い、膨らみ、黄色から翠に色を変え、ママの両手に移動するのが見えた。
そんなふうに私たちの魔力は魔法に変わっていくのだと、なんとなく理解することができた。
恐らく今の私にはまだ出来ないのだろうけど。
……後で試してみよう。覚えるのは得意だ。
「そう。ふふっ。じゃあ、ママがお手本にならなくっちゃね」
きらきらと光る翠色の粒子が、掲げられたママの両手を離れ、ふわりとゆっくり舞い上がり、散っていく。
ママの両手から放たれた花びらのようなそれはすぐに姿を変え、まるで光を纏った粉雪のようにゆっくりと広がり、降りてゆく。
きらきらときらめく粉雪が降りる先には、パウダーピンク、ホワイト、バタフライイエロー、ミントグリーン、ターコイズ、ラベンダー。
淡く色づき可愛らしく膨らんだたくさんの蕾達。
その一つ一つに優しく触れるように、舞い降る光の粒が蕾を包み込む。
「きれい……」
「うふふ、ありがと。魔法って、とっても素敵なものなのよ。ネイちゃんにもきっと素敵で優しい魔法が使えるわ」
ママが言い終えるのが合図だったのだろうか。
蕾の一つが、ぴく、ぴくぴくっ、と動き始める。
動きはあっと言う間に全体に拡がり、次第に動きを変えていく。
始めは指でつつかれたようにぴこっ、ぴこっと揺れていたのが、やがてぶるぶるとした大きな振動となり、一瞬、ピタリと止んだかと思うと、今度はまるで目の前に出されたおやつを我慢できなくなった幼い子供のように、小さな蕾はその身体をうずうずと揺らし始めた。
そわそわそわそわ、蕾達が騒ぎ出す。
そして、とうとう我慢しきれなくなったのか、ひとひら、ひとひら、可愛らしかった蕾は、可憐で美しく、淡く儚げな花びらを満開にさせた。
スッとママが手を下ろす。
ママの両手はまだ光の残滓がきらきらと輝いていて、まるでママの手が輝いているように見える。
私は、ハッと我に返った。
ママの魔法に心を奪われていたことに気付く。
「……おはなは、ママのまほぉのちからでさいたの?」
「うぅーん、半分正解。今ママが使った魔法は、お花を咲かせる魔法ではないの」
ママは自身の胸の前で掌を合わせ、両手の指先だけを何度か合わせては離し、少し考えている。
きっと私に分かりやすい言葉を選んでくれているのだろう。
「ネイちゃん、あそこの蕾が見える? 開いたお花とお花の間に、まだ咲いていないお花があるの、見える?」
何度か指先をぱちぱちと合わせた後、満開になった花畑の一点を指差した。
隣にしゃがんで咲き広がった花々を見ていた私は立ち上がり、ママが指差した先をじっと見つめる。
そこには花びらを大きく広げ一心に光を浴びようとする花達。さらにその隙間を食い入るように見詰め、ようやく私は花達の陰にふるふると震える小さな小さな蕾を見つけることができた。
「あ、ママ、つぼみ、あった。ちいさいやつ。みつけたよ」
「そう、小さな蕾。隣のお花に隠れて、少し元気がなかったお花なの。ママが使った魔法は、その元気がなかったお花に、元気を分けてあげる魔法なのよ。そのまま元気になれなくて枯れてしまわないように。元気になれー元気になれーって、ママがいつもネイちゃんのために神様にお願いしている気持ちを、あのお花にも分けてあげたの」
そう言ってママは微笑み、私の頭を2回、ゆっくりと撫でる。
背の低い私の頭を撫でるために前屈みになると、特徴的な薄い白桃色の長い髪がふわりと揺れて、甘い香りが私の鼻先をくすぐった。
……女神かな?
私は柔らかな笑みを浮かべたまま花達を優しく見守るママを見て、愕然としてしまう。
こんな美しく、優しい完璧な女性がいるのか。
ママの優しさに果ては無いのだろうか。
「でもちょっぴり元気になり過ぎたお花もあるみたい。あ、でも大丈夫よ。元気いっぱいになっても枯れたりしないから。……実は、魔力を込め過ぎて、枯らしちゃったこともあるんだけどねっ。……パパには内緒よ?」
……小悪魔かな?
声をひそめ、ママは私にこっそり耳打ちする。
ぺろっ、と小さく舌を出してウインクするその表情は、小悪魔と表現するに値する破壊力だった。
いや、いっそ『悪魔的』と表現したほうがしっくりくる程、魅力的で蠱惑的だ。
こういうふとした瞬間に感じるママの可愛いズルさは、とても悪魔チックだ。
私のイメージする『魔属』っぽさがある。ママの言葉に悪意は少しも感じられないけど。
他意の無い悪意ってことなのかな?
城外。
城と城壁の間にある空間の一画に位置するそこは、ママの庭園。
城の表側、正門近くに堂々と陣取るそれは、ママが作ったものだ。
専任の庭師が管理こそしているが、ここに庭園を手づから設けたのはママ自身であり、造ることを提案したのもママからなのだという。
それまでここには石畳と城壁、そして城を視覚的に遮る為の樹木しかなかったのだそうだ。
私が持つ『お城』のイメージと言えば白磁の美しい城と、城を彩るように咲き誇る美しい庭園、そして城を囲むように静謐を讃える湖畔。そんなステレオタイプなものだった。と言うか、そういうものであってほしかった。
だけど私の住まうお城はそんな美しいものとは異なるものだった。
今でこそ愛らしい花達が小振りな庭園を彩り、ささやかながらお城の雰囲気を明るく感じさせているが、以前は堅牢な防衛を主眼とした要塞に近いものだったらしい。
だからこそ防衛の観点に不要な物を意図して排除していたのだそうだ。
まあ、一国の主を守護する建物なのだから、そういう用途で作られたのならそれは宜なるかなと言うしかないのだけど。
しかし、それを一変させたのが私のママだった。
一見おっとりした心優しい女性。
「ママの半分は優しさで出来ている」と言われたら「え? たったの半分なんですか? 8割くらいだろうと思ってましたよ」と思わず反論すらしてしまいそうになる、さながら優しさの塊である私のママだが、実はその幼さが残る外見に反し行動派で、溢れ出る優しさの内に鮮烈な熱意が隠るタイプらしく、后になって間もない頃には魔王城を色とりどりの花で埋め尽くそうと暴れまわったらしい。
しかし、「さすがにそれは思いきり過ぎだろう。新しい息吹きを取り入れることは大事だけれど、新しい職人を雇う前に多くの人材を解雇しなければならなくなってしまうよ」というパパの優しい宥めに諭され、ママは渋々『一画に庭園を設ける』という案を提示した。
パパが先んじて牽制したことによって、ママの案は他の誰にも反対されることなく受諾されたのだそうだ。
しかしそれは言い換えると当時の城内にはママに反論する人が存在したということ。
今の城内からはそんな剣呑とした雰囲気は少しも感じられないし、物騒な気配を漂わせる人も見当たらない。
少なくとも私はそんな危ない雰囲気を感じたことは一度もない。
つまりそれはママの人格が反対派を変えたのか。
それともパパが納得させたのか。
まさか優しい二人に限って反乱分子を排除した。などということは無いだろう。そう思いたい。
いや、きっと無いはずだ。
だって、そんな想像すら出来ないほど二人は『善人』なのだもの。
魔属だけど。
兎に角。
斯くして庭園そのものは小ぢんまりとしているものの、城外にその淡い可憐な花弁を広げることを許されたそうだ。
正門の真横に堂々と陣取っているのは、ママのせめてもの反抗と言ったところだろう。
いや、これは確信犯の犯行か。
許可したのはきっと他ならぬパパなのだから、それはパパなりの譲歩だったのかもしれない。
パパ、ママには特に甘いみたいだから。私と妹にもだけど。
それにしても。
私は疑問に思うのだ。
『魔属』とは、何を以て『魔属』なのだろう、と。
パパとママはその容姿に反して――主にパパだけど――優しく誠実な人格者だ。
その言動は争い事を好まず、平和を愛し、穏和を尊び、融和を願っている。
ここで言う融和とは魔属の異種間交流の事を指す。
パパとママがその最たる例だ。
二人は悪魔種と精霊種の異種婚である。
妹が水の精霊なのは、ママが精霊種だからだ。
種族は両親の種族どちらかになることが殆どらしい。
つまり私も精霊種だということだ。
頭に角が無いのだから、そうに違いない。
何となくだけど、悪魔種は……ちょっと……語感的に嫌と言うか……避けたいんだよなぁ……。
パパやパパの部下の悪魔達を見る限り悪魔種に悪い人はいないようだし、悪魔種を嫌ったりしている訳じゃないんだけど、イメージ的に……ね? そんな感じです。はい。
まあまあ、この辺りの話はまだ詳しく聞いていないので、いずれパパかママに聞いてみようと思う。
さておき、悪魔種や精霊種、種族こそ違えど私達は生まれながらにして魔属だ。
魔属。
魔に属する者。
それは前世では『悪』と称される、忌避される存在であるーーだったはずだ。
だがしかし。
私が感じている限り、私のパパとママは私がイメージとして持っていた悪魔からはかけ離れている。
悪魔なら人の魂を奪うのだと思っていたし、例えば人を殺めてもそれを悪だと思わない。そんな残虐な存在なのだろうと考えていた。
なのに、私はこの1年パパとママに大事に育てられてきた。
甘やかされてこそいないが、ママにはいつだって優しく頭を撫でられ抱き締められ、パパからはうりうりと頬擦りされて……つまり、両親から特大の愛を注がれて育ったのだ。
たまにパパの角が私の頬に刺さりそうになった時などはママがパパを叱っている姿だって見てきた。
円満な家庭の普通の人間と何一つ変わらない。
立場が一国の主とその后である。そしてその国が魔王国でパパが魔王である。たったそれだけのことでしかなかった。
いや、本来であればそれは大事であって、私はとても稀有な立場なのだろうけど、それを殊更特別な事だと感じさせない分け隔てない愛情をもらっているのである。
さらには魔王城で従事する使用人やパパの部下の魔属の人達(魔人?)も、皆優しく親切な人ばかり。
どこが魔なのだろうか?
価値観が前世と違うから、私がそのギャップを感じているだけなのだろうか?
こちらに来て1年、まだ納得出来ない部分である。
魔属は見た目こそ様々だが、そんなものただの種族の違いでしかない。
しかし、『魔に属する者』みたいに呼ばれている。
自分達で魔属と呼び合っているのだから、やはりそういうふうに自身を認識しているのだと思う。
そして私には、自らを魔属と称して呼び合う意味が全然解らないのだ。
そもそもこの世界で『魔』が付く呼ばれ方をするものは私が知る限り『魔属』『魔獣』と『魔竜』の3種類――魔王は職業扱いである――だ。
その他には『人属』や『亜人』などが存在するらしい。
らしい、というのは私が魔属以外と接触したことが無いからだが、魔属の中でもさらに細かく種族が分かれているので、パパやママのような悪魔種や精霊種の他にも多様な種族がいるのだと分かる。
ここで引っ掛かるのが『魔属』と『人属』の違いだ。
『亜人』や『魔獣』などもよく分からないがそれは一旦置くとして、『人属』とはつまり人間の事を指すのだと思う。
では『魔属』と『人属』は何が違うのか。
これが分からない。
人種の違いではないのか?
日本人、アメリカ人、イギリス人、そういう国ごとの人種の違いではないか?
魔王国だから『魔属』人国だから『人属』そういうことなのか。
これもパパやママに聞けば解決するのだろうか。
前世と今世の世界の違い。
こちらと向こうの世界の差。
そういうものを強く感じる問題だ。
うぅむぅ……。
人類学を研究してる人がいたりするのかなぁ。
生物学とかゲノム研究とか生理学とか、そんな専門的な話になったら一介の高校生だった私には対処のしようがないが。
ないのだけど、やはり気になるから誰か研究したものが残ってたりしないかなぁ。
いやぁ……科学が進歩するのを全力で拒否するような魔法主力のこの世界のことだ、残ってないどころかそもそも調べた人さえいないだろう。
最悪、私がその道の第一人者になるしかないのかも。
…………いやぁ、それはナイなぁ。ナイナイ。
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