【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】
一章【呉 理嘉 -転生-】
【転生】1歳 魔法とママとそんなのと[2]
「……ちゃん? ネイちゃん?」
「え?」
ハッと我に返る。
ママの顔が私の目の前にあった。
「わああっ。マ、ママ。どうかした?」
「どうかした? はママの台詞よ? 声が聞こえないほどボーッとして。ネイちゃん、どうかしたの?」
そうだった。私はママの使った魔法を見て、ママの女神の笑み――悪魔の笑み?――を見てそのまま思考の海に流されてしまったのだった。
それでもママの呼び掛けに反応出来ないほど思考に没頭するのは、我ながらどうかしてる。
そういうのは一人になった時じゃないと心配されてしまう。
当然だ。私はまだ1歳の赤ちゃんなんだから。
赤ん坊なら赤ん坊らしくしなくちゃ。
不安にさせてしまうじゃないか。
「……ネイちゃん、あのね。ママね」
少し間を空けてママが続ける。
ママはいつものように微笑んでいる。
「ネイちゃんが何か考え事してたのは分かってるのよ。だってネイちゃんは産まれてすぐにはっきりと意思を持ってたんですもの。何を考えてるのかまでは分からないけれど、今のネイちゃんが複雑な事を考えているのは、ネイちゃんの感情の色を見れば分かるわ。疑問と興味、愛情と少しの不安。他にも色んな感情がまぜこぜになってる」
わお。
ママってば、そんなに細かな感情の種類まで見れるんだ。
そんな力があるんだ。
でもそれ、正直ちょっと怖いんだけど。
「あ、不安が増えた」
ひぇっ。
「大丈夫。これもママの魔法の一つなの。ずっとこんな風にネイちゃんを視てる訳じゃないわ。安心して?」
「う、うん……。ちょっと、そのまほぉ、こわい……」
私は俯く。
不安が少しずつ胸の中に積もる。
「でしょ? だから、ママも滅多に使わないわ。ネイちゃんを視たのも、産まれた時と、たまにじーっと黙って一人で考え事をしている時だけよ?」
ひぇぇっ。私いつの間にか見られてたっ。
え、それっていつの私を見てたの?
生まれた直後から意識はあったから、ママからおっぱ……母乳をもらう時以外はわりと一人で考え事してたんだけど……。
ちなみに母乳をもらう時は強い眠気が差すので、あまりに意識ははっきりしていなかった。微睡みの中ご飯を食べているような感覚だ。
もらった後はお腹一杯でまた眠くなるし。
心はともかく、体は本当に赤ん坊のそれだ。
そういう場面で意識が不安定なのは、羞恥心を抑制してくれているという意味で逆にありがたかった。
1歳になる前には離乳食に移行したから今は恥ずかしさを感じることはあまりないけど、その分思考に浸る時間が増えた。
つまり、一人でボーッとする時間が増えた。
それをママは覗き見ていたということなのか。
「ママ……その……まほぉで見るの、い、いや……だよ?」
ママの衝撃的な告白に思わず伏せてしまった視線を向け、ママを正面から見つめる。
ママのことだから私の思考を読もうと思って魔法を使っていた訳じゃないことは分かる。
きっと赤ちゃんなのに泣いたり喚いたりせずじーっと黙っている私を心配して確認の為に見たんだろう。……そうであって。
でも、悪意が無いのであれば見ないでほしい。
ちょっと怖いし、誰にだって一人でいたい時はあると思うのだ。
それを見られているのはやましいことなどなくても恥ずかしいし、……ちょっと……いや、さすがに"嫌"だ。
そしてママはその気持ちを分かってくれる人だ。
「そうね。勝手に魔法でネイちゃんの感情を視てしまってごめんなさい。これからはそんなこと、絶対にしないわ」
ほら。この通り。
ママは相手が赤ん坊であっても、それを理由に一方的に言い包めたり気持ちを無視するような事は絶対にしない。
この1年この人に愛されてきたのだから、それくらいママのことは解ってる。
「だから、ママからもお願いがあるわ」
きた。
そういうママだからこそ、私を一人の魔属として扱うってこと。解ってる。
一人前に扱ってくれるってこと。
だから私はそれに応えなくちゃいけない。
私も一人の魔属としてママに応えなくては。
「いいよ。ママのおねがい、おしえて」
「ありがとう。ママのお願いはね」
ママは私の目を確り見詰めて、優しく微笑む。
いつものママの笑顔だ。
「あなたが考えてること、ママにも教えてほしい。あなたが何か、確りと意志を持って考えているのママ解ってるつもり。だから、少しで良いからママにもそれを教えてほしいの」
「……なんで、しりたいの……?」
絶対にそんなことは無いと、そんなこと絶対に有り得ないと理解していても、不安になる。
確認せずにはいられない。
震える唇に力を込めた。
「ママ、わたしのこと、こわい……? へんなこどもだっておもう?」
ぐっと泣きそうになる胸のつかえを我慢して、堪えて言葉にする。
「ひとりでじぃってかんがえごとしてたら、わたしがへんなこどもだって、ふあんになる?」
泣きそうになる、震える声を、必死に堪えて言葉を繋ぐ。
「こどもなのにこどもじゃないみたいって、きみがわるいって、こわいって、……ママ、そうおもーー「そんなこと、あると思う?」
ママが私の言葉を遮った。
他人の意思を、意志を、尊重するママが、私の言葉を遮った。
私は驚いてしまう。
脅かされたわけでもないのに、私はびくっと肩を震わせた。
「ねぇ、ネイル。あなたの言葉で教えて? ママがそんな事を、あなたに対して思ったりすると思う?」
思う訳ない。
もう、ダメ。
涙、我慢できない。
だって。
「ぅっ……。ふっ……ぅぐぅ……。うぅぅ……」
ずずっ、と鼻をすすり、私は涙を流す。
恥ずかしい。ママの前で泣いてしまうなんて。
「ううぅぅ……。うううぅぐううぅぅぅ………………」
何度も鼻をすすり、我慢しようと、涙を止めようと堪える。堪えようとする。
全然止まってくれないけど。
「ううううううううううううううううううぁぁああああああぁぁぁぁぁあ……」
必死に、必死に堪えていた、堪えようと必死につぐんでいた口から声が漏れる。溢れてくる。
悲しい。苦しい。
ママの、私を見つめる瞳が。
一人の私を見詰めるママの瞳が。
泣きじゃくる私を少し悲しそうに見詰めてくる。
緩やかなハの字を描く眉毛の形。
普段絶対に見せないママのその表情。
こんな表情をさせているのが私だなんて。
優しい微笑みを歪めているのが私の所為だなんて。
ママ、何でそんな顔するの。
何で、何でそんなふうに見るの。
私は、一人で頑張ってるだけなのに。
私、誰にも迷惑かけてないのに。
悲しい。苦しい。
「ーー何で我慢なんかするの!」
ママがぐっと私を抱き寄せ、強く、強く強く抱き締める。
「私はあなたのママよ!? 何で我慢なんかするの! 私は絶対にあなたを変だなんて思ったりしない! あなたを視て不安になったりしない! 怖くなったりしない!! 絶対にあなたを嫌いになったりしない!! あなたは私の大事な子供。大事な大事な私の子供よ! あなたを愛してるんだから!!」
ママの力が強くなる。
もう、痛いくらい。
苦しいくらい。
「ううぅっ……う……うぐぅぅ……」
苦しいくらい、嬉しい。
嬉しいよ。
「もっと私に甘えて良いの! 全部受け止めてあげるんだから! 全部あなたを愛してみせる! 私はあなたのママなんだから!!!!!」
「ま、ままぁ……ぅ……うぅ……う……あぁ……うううあああああああ! ままあああぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ!!!!!!」
バカみたいに声を出して泣いた。
一度もママの前で泣いたことなかったのに。
バカみたいに声を出して喚いた。
一度だってママを困らせたことないのに。
でもママは困らせて良いと言う。
それでも良いって言う。
それでも受け入れてくれるって言う。
ママったら、女神過ぎるでしょ。
何なのさ。魔属とか人属とか。
呼び方なんて、全然関係無いじゃん。
「うううぅ……。っく、ううう……っく」
まだ息が引き攣る。
止まらないしゃっくりのように、ひっ、ひっ、と小さく刻みながら息を吸い込む。
「大丈夫よ、大丈夫。ママが付いてる。だから我慢しなくて良いんだからね」
とん、とん、とママがゆっくり私の背中を叩く。優しく、ゆっくりと。
私の鼓動に合わせるように。ママの鼓動と同じリズムでとん、とん、と。
私の息が整うのを待つようにゆっくり、ゆっくり、とん、とん、とん、とん。
次第に荒かった呼吸が穏やかになる。
抱き締めてとんとんしてくれたからなのかな。
ママに抱き締められると、やっぱりすごく落ち着く。
私はママの子供なんだな、って実感する。
私、子供なんだな。
「……ママ」
「なぁに?」
「わたしがかんがえてることはなしたら、ママはうれしい? ふあんにならない?」
「そうね。ママは、あなたが考えていること知りたいの。あなたが何を考えて、何を知りたいと思ってるのか知りたい。あなたに教えてあげれることが、きっと沢山あるわ。あなたが甘えてくれるとママも安心する。あなたに甘えられることが嬉しい。だから不安になんてならないの。絶対よ」
そっか。そういうものなんだ。
私が一人で抱えている不安が、ママにも伝わってたんだ。
一人で出来ないことの方が多い私をそばで見ていて、ママはもっと頼ってほしかったんだ。
不安を打ち明けてほしかったんだ。
ママの愛情って深いんだな。……すごい。
私はゆっくりと息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
そして出来るだけ丁寧に言葉を紡いだ。
「ママ、わたし、きっとふつうの子供とはちがうと思う。まぞくのなかでも、きっと変わってると思う」
「うん」
ママが頷く。
「パパやママ、それにおしろではたらく大人のまぞくともちがう事を考えたりするかもしれない。……すると思う」
「うん」
「でも、それがわたしなの。それがわたし」
「うん」
「ふあんにならない?」
「ちっとも。ネイルはネイルだもの。それがあなたの、あなたらしさだもの」
「よかった。……わたし、ひとりで色々考えたよ。やってみたいことがたくさんある。しりたい事もたくさんあるの」
「教えてちょうだい。ママに出来ることなら手伝うし、教えてあげる」
「わたし、ママがわたしのママでほんとうによかったって思う」
「うふふ。ありがとう」
ママが私の頭を2回、ゆっくりと撫でる。
「私も、ネイちゃんが私の子供に生まれてきてくれて、本当に幸せよ。あなたは私達の最高の宝物」
ママが微笑む。
その笑みはいつもよりも深く優しくて、ハの字に垂れた眉毛が、微笑んだママの表情をより一層優しくみせる。
「こんなに素敵な宝物を恵んでくださった幸せを、女神様に感謝しなくっちゃね」
「ママ、めがみさまって、誰? かみさまがいるの?」
女神様はママのことじゃないの?
そう思いつつ、さっそく気になった単語を聞いてみる。
「うふふ、神様はいらっしゃるわよぉ。私達の目の前に現れたりはされないけれど、きっと世界のどこかにいらっしゃって私達を見守ってくださっているわ。女神様はこの世界とこの世界に住む全ての生き物を創造された方なのよ。昔からある、ふる~~~~~~~~いっ、お伽噺でそう伝えられているわ」
へぇ……そうなのかぁ。
こちらでは夢物語をお伽噺と呼ぶんじゃないのか。
てっきり私はママがその女神様なんだと思ってたけど、それは冗談が過ぎたか。
前世では偶像的な存在だった神様も、魔法があるような世界では実在するということか。まあ、お伽噺はあくまでも言い伝えなんだろうけど。
「他には? ママに聞きたいことはない?」
ママが期待したような眼差しで私に問い掛ける。
質問攻めにしてあげようか。答えられないような科学的、前世の異世界的な質問をしてあげようか。いや、さすがにそれはやり過ぎか。
「ううん。今はまだだいじょうぶ。でも、これからは気になったこと、すぐにきくね」
そう言って、ママの手を見つめる。
「ん? どうしたの? ママの手、気になる?」
「ううん。何でもないよ」
「ほんとに? 我慢してない?」
ママが悪戯な笑みで返す。
そんな言い方、ズルくない?
「……あたまをなでてほしい」
「はい。素直でよろしい」
そう言ってまた微笑み、ママは私の頭をぐしぐしと何度も何度も撫でてくれた。
思わず私も笑う。
まだ少しぎこちないけど、これからはもっとママに、そしてパパにも甘えていけると思う。
思ったこと、感じたことを素直に口にすれば良いのだ。出来ないことないはずだ。
「あ、ネイちゃん見て」
ママが何かに気付いたように声を上げ指差す。
そこにはさっき見付けた小さな花の蕾。
小振りな蕾が今にも花開きそうにふるふると震えていた。
「お花、さきそうだね」
「えぇ、元気になったみたい。私達と一緒ね」
「うん、いっしょ」
私は笑う。
まだ瞼が熱い。ちりちりと眼の周りが火照ってる。
きっと瞳が真っ赤に充血して、瞼は腫れているのだと思う。
こんなになるほど泣いたのは生まれて初めて。
たぶん、前世でもこんなに泣いたことなかったんじゃないかと思う。
人間だった頃は気恥ずかしくて出来なかったことが、魔属になったら出来ちゃうようになるなんて、何だかあべこべで可笑しく思える。
いや、やっぱり魔属だとか、そんなの関係無いんだろうな。
ママは魔属である前に私のママだし、私は魔属である前に私なのだ。
魔属だから、人間だからと決め付けるのは止めよう。そんなの私の中だけのイメージ、偏った価値観でしかないんだから。
この世界での私は、もっと多くの体験をしよう。
もっと広い視野で物事を見よう。
生まれ変わって、ママの元に産まれたのが神様の思し召しだとするなら、きっと私が生まれた理由だってあるはず。
例えそうじゃなくても別に構わない。
私は私のしたいことをやるだけだ。
それを純粋に願ってくれる人が隣に居るのだから。
今にも咲きそうな淡い蕾を見ながら微笑むママの顔を見る。
私の瞼はまだ熱いまま。
「ん? ネイちゃん、どうしたの?」
「ううん。何でもないよ。ママのかお、見てただけ」
「そう? じゃあ~ママも、ネイちゃんの顔いっぱい見ちゃおっ」
ママが小悪魔な笑みを浮かべ、指をわきわき動かしながら両手を伸ばしてくる。
頬を両手でロックされ、むにむにと頬っぺた押されたり引っ張られたり、されるがままになる。
何だかヤなようなそうでもないような。
恥ずかしいような、少し嬉しいような。
正直に言って照れ臭い。
すごくすごく泣いたついさっきのことを思い出すとちょっと恥ずかしいし、泣き顔を見られたママに泣き腫らした顔をさらにまじまじと見つめられるのも、やっぱり恥ずかしい。
でも、全然嫌な気持ちじゃない。
「ママ、わたしたち、いっしょだね」
そう言って、私もママの頬に手を伸ばした。
こんな恥ずかしい気持ちも、全然嫌じゃない。
きっとママも私と同じ気持ちだから。
「うふふ、うん。一緒」
だって、私以上にママの目は真っ赤に腫れてたんだもん。
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続き
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