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「瞽女の世界を旅する」 △読書感想:歴史△(0028)

いまはもう消えた職能民が生きた記憶の追想。高田瞽女を長期にわたって取材した記録を収めた一冊です。
(本記事/ 文字数:約4000字、読了:約8分)

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。


<こんな方にオススメ>

(1)消えた古い日本文化・民俗に興味がある
(2)日本の職能集団の歴史に興味がある
(3)ノンフィクションが好き

「瞽女の世界を旅する」

著 者: 大山眞人
出版社: 平凡社(平凡社新書)
出版年: 2023年


《引用》Goze Singing in Chrysanthemum Garden(意訳: 菊咲く庭で歌う瞽女)瞽女の手彩色写真
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Eliza_R._Scidmore_-_Japan_1912_-_Goze.jpg
Attribution: Eliza Ruhamah Scidmore, Public domain, via Wikimedia Commons

<概要>

1970年代から十数年にわたり長期に高田瞽女の取材を続けた著者による高田瞽女の春夏秋冬における活動のエピソード集と取材対象となった瞽女の方々の人柄に触れた回顧録といった趣です。
構成は大きく2つに分かれます。第1に、一年のなかで季節ごとの瞽女の活動について様々なエピソードが語られています。盲目というハンディキャップをもつがゆえの過酷な体験や苦労話などが中心となっています。第2に、著者が取材した特定の瞽女の方々との親密な交流とその体験そしてすでに亡くなった瞽女の方々への心象的な回想が中心となっています。

[ポイント]

(1)瞽女をその一年を通じた活動から紹介・解説している
なにか職業や職能民の活動を説明する場合、一般的にその一生を通じた時系列的な方法が多いかと思われます。本書の場合、瞽女の一生を取り入れつつも、おもにその1年間の季節ごとの活動を通じて説明しています。
(2)豊富なエピソードから感じ取れる瞽女の生き生きとした実態
ポイント(1)とも重なりますが、瞽女の1年間を通じた季節ごとの活動が具体的に活写されており、豊富なエピソードと合わせてとても生き生きとした彼女たちの日常や普段の生活を感じ取ることができます。

[著者紹介]

大山眞人
ノンフィクション作家。
その他の著作:
「高田瞽女最後」
「ある瞽女宿の没落」
「わたしは瞽女 杉本キクエ口伝」
など。
リンク先: 大山眞人 (Wikipedia)


※本書本旨に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。

<私的な雑感>

本書「瞽女の世界を旅する」は、前半は長期取材により瞽女の方々から語られたであろう実録的な彼女らの視点からのエピソードとなっており、後半は取材者である著者からの目線での瞽女の認識や理解。以上の2つの側面からとらえられることができると思われます。

なお、客観的アプローチや実証的な考察よりも、著者の私情がけっこう入り込んでいますので情緒的または感傷的に過ぎるという印象を受けるところもあるかと思われます。その点で好みや評価が分かれるかもしれません。そこに共感と好感を抱いて読み続けるか、または否定的もしくはネガティブに捉えるかは読み手側の問題といえるでしょうか。

著者の目線や想いに共感できるならば、より深く心象に入り込んで、消えゆく(すでに消えてしまった)「瞽女」という民俗・文化に心を寄り添うことができるかと思われます。もちろん著者の考えや想いだけが唯一無二の真実や理解ではけしてありませんが。

本書「瞽女の世界を旅する」における、このようなスタイルは著者が意図的にチャレンジしているものであり、よく言えば「客観的」または悪く言えば単なる「傍観者的」ではない立場や視点から、学術的・研究的な取り組みとは異なる、オルタナティブな理解を試みるという面白いアプローチのひとつなのではないかと思われます。
しかしながらそれゆえに(著者自身も言及している通り)、文芸としての「ルポルタージュ」や「ノンフィクション」などといえるのか?という既存の立場からの批判を避けることができないようです。

読んで良かったです!

[本書詳細]

「瞽女の世界を旅する」 (平凡社)


《引用》歌川広重,Utagawa Hiroshige『東海道五拾三次之内 二川 猿ヶ馬場』(東京富士美術館所蔵) 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録 (https://jpsearch.go.jp/item/tfam_art_db-4354)

<消えゆく古き職能・稼業への寂寥>

令和の現代に限らずいつの時代でも起こっていることであると思います。ある時代において定着して社会に浸透していた職業がその当時の民俗や文化として成立し人々の生活に密着して馴染んでいたものの、時代・社会の変化とともに存在基盤を失い消えていくゆくことが多々あるものだと思われます。

「瞽女」はまさにそのようなもののひとつであったと感じます。記録によれば室町時代の頃から同様の人々がいたようですから、700年近くの歴史があったのではないでしょうか。そのころの人々は余暇が豊富であったり、余興にいそしむ時間的余裕も一部を除いてなかったでしょうから、流浪しながら唄を聞かせてくれる彼女たちの存在はたいへんありがたかったのかもしれません。また「瞽女」が来る、ということ自体が余興を催すための格好の機会の口実になっていたのかもしれません。

しかしレコードの誕生やラジオ放送の発明で「瞽女」たちの活躍の場は次第になくなっていってしまいました。もちろん、そのために生で歌唱や演奏をする人々がすべて消えてしまったわけではないです。また盲目などのハンディキャップのある方たちが「瞽女」や「按摩」という職業以外にも生きていく道がつくられていったり、社会福祉の拡大もその背景にあったのでしょう。そうであれば、一人前になるまでに相当に辛い修練が必要であった「瞽女」という生き方が避けれらていったこともあるではないでしょうか。

家族・親族とのつながりや地域社会の在り方の変容も一因でしょうか。本書によれば農閑期に農村を訪れて豪農等のもとに集落の人たちが一堂に会して「瞽女」の歌唱・演奏で一大宴会が行われていたようです。いまはこれがカラオケ大会に取って代わったといえるかもしれないなーとちらりと思いました。

時代の趨勢といってしまえば、それまでにしか過ぎませんが、やはり歴史と記録と記憶の彼方に消えてなくなってしまうのは寂しい気がします。レコードなどでその実演が記録保存されて残っていくことができたのは「歴史の皮肉」のような側面もありますが、完全に消え去ってしまう前に、日本の豊かな文化・民俗を生き写しのように残せているということでたいへん貴重でありまたよかったなーと思います。


<補足>

瞽女 (Wikipedia)
瞽女ミュージアム高田 ※公式サイト

<参考リンク>

書籍「鋼の女 最後の瞽女・小林ハル」 (集英社)
書籍「瞽女うた」 (岩波書店)
動画「Shamisen 瞽女 越後路に三味線音楽の哀歌は流れる No.1034_2」 (中日映画社/YouTube) ※約262秒
動画「《上越妙高百景》瞽女ミュージアム」 (上越妙高タウン情報/YouTube) ※約375秒

敬称略
情報は2024年4月時点のものです。
内容は2023年初版に基づいています。


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」
0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
0025 「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」
0026 「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」
0027 「冷戦史」


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(2024/05/01 上町嵩広)


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