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「吾妻鏡 鎌倉幕府『正史』の虚実」 ◆読書感想:歴史◆(0035)
勝者によって後から描かれる「歴史」への批判の眼差しが秀逸。鎌倉幕府の正史とされる『吾妻鏡』の虚々実々と同書の真意を考察する一冊です。
(本記事/ 文字数:約4500字、読了:約9分)
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東京国立博物館,Tokyo National Museum『伝源頼朝像(模本)』(東京国立博物館所蔵)
「ColBase」収録 (https://jpsearch.go.jp/item/cobas-46621)
<こんな方にオススメ>
(1)鎌倉時代が好き
(2)源平合戦から源頼朝による鎌倉幕府創設までの歴史に興味がある
(3)執権・北条得宗家による鎌倉幕府支配について知りたい
<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
※以下、本書の本旨や核心に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。
「吾妻鏡 鎌倉幕府『正史』の虚実」
著 者: 藪本勝治
出版社: 中央公論新社(中公新書)
出版年: 2024年
<概要>
本書では、人々に陰に陽に自らの正統性を浸透させようとする「吾妻鏡」に対して、客観的立場から批評する歴史的視点に立ちつつ、さらに物語化を基軸とする文学上の分析と考察により、同書の背後にある真の目的を浮かび上がらせようとしています。
本書は序章と終章を含めて全十章で構成されています。
序章では「吾妻鏡」の全体的な説明がなされ、終章では総括的に歴史書で語られる「歴史」についての考察と「吾妻鏡」の後半部について簡潔にまとめられています。
また第1章から第8章では、鎌倉幕府における大きなトピックを時系列的にそれぞれ取り上げてその事象が「吾妻鏡」にどのように(どのような視点や作為をもって)描かれているかを分析しています。
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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tsurugaoka_Hachimangu_From_Third_Torii_until_First_Torii.jpg
Attribution: Naokijp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
<ポイント>
(1)源頼朝の蜂起から執権・北条得宗家の覇権確立までの鎌倉時代前半期のプロセスが把握できる
時系列に沿って鎌倉時代のメルクマールとなるような大きな歴史的事件を追いながら解説されているので鎌倉幕府の成立と発展の歴史的プロセスを分かりやすく理解できます。
(2)歴史書という建前をもつ吾妻鏡の背後にある本質的な立場や目的を理解できる
『吾妻鏡』の依って立つ価値観や主張・正当化しようとする目的を浮かび上がらせ、さらにそのための歴史に対する虚飾と物語化の手法を分析しています。
[著者紹介]
藪本勝治
神戸大学大学院人文学研究科博士号。灘中学校・高等学校教諭(国語)。専門は日本中世文学。
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<個人的な感想>
本書は「吾妻鏡」の背景にある歴史書としての目的を明らかにし、その虚飾性や虚飾の手法などを逐次的・具体的に示して解説してくれる一冊だなあという印象です。
とりわけ、著者による「吾妻鏡」の記載内容やその手法への分析や考察を読むと、学問・研究の世界において、史料などに対してどのような姿勢で解釈にあたるか? その一端がうかがえるのではないかと思われます。
また、著者が歴史学者ではなく、主たる研究領域が日本中世文学であるので、歴史学から一歩引いた別の角度から「吾妻鏡」とその真意を分析している点も特徴的であると感じました。
『吾妻鏡』は歴史書という建前をもち、その「歴史的事実」を語りますが、著者も説明する通り、それは執筆者や作成を命じた権力者に意に沿った(または忖度した)「物語」です。つまり源氏や北条得宗家にとって都合のよい「事実」の繋ぎ合わせになります。
ただ、強いて言いますと、吾妻鏡の本旨が執権・北条得宗家の正当化であることは事実であるとして、そこが重点的に取り上げられるあまり(吾妻鏡自体がそれを強調しているのでそのように取り上げざるを得ないのでしょうが)、執権政治や得宗家の覇権がネガティブな面ばかりに受け取られかねないような気がします。とはいえ、そこは歴史学の研究における客観的な考察を合わせて理解が必要ということでしょうか。
吾妻鏡の虚飾性が江戸時代からすでに指摘されていたことは恥ずかしながら知りませんでした。本書では反証的に別の文献の内容と照らし合わせることで吾妻鏡の虚実を明らかにしています。
また具体的にどのような手法で虚飾しているかを明らかにしています。これはほかの史書や軍記物などに接する際にその内容をどのように受け止めるかの参考になるかと思われます。史料で語られる「歴史」に対して必要となる視線や姿勢についての洞察を深めるための一冊になると感じました。
読んで良かったです!
[本書詳細]
「吾妻鏡 鎌倉幕府『正史』の虚実」 (中央公論新社)
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<源頼朝すら”虚飾”なのか?>
鎌倉に行った際に源頼朝のお墓(法華堂跡)をお参りしたことがあります。小学校と小さな都市公園の間の静かな細い路地のさらに奥に位置する丘陵の斜面の途中にひっそりとありました。
「お墓があります」と書きましたが、実際には墓標などはありません。その場所に「埋葬されたであろう」と推定されているだけで、具体的にその場所のどこに頼朝が埋葬されているのか確認はされていないようです。いまはお堂などの建物もなく、江戸時代に建てられた供養塔のようなものが残されているだけです。
本格的武家政権を創建し、以後500年近くにわたる武家政治の創始者にしてはあまりにも寂しい扱いに思えます。徳川家康を祀った日光東照宮などとは比べ物になりません。
振り返ると、吾妻鏡にも頼朝の死の記述(その当時の記録)はなく、その数年後の記録に頼朝の死が言及されているだけにしかすぎません。頼朝の死去に伴う、その顕彰の記載や一族郎党・御家人たちの悲嘆の記述などはまったくありません(頼朝死去の同年の記録が完全に欠落しているのですが)。不都合があるので頼朝の死の痕跡を意図的に消し去ろうとしたのではないかと疑ってしまうほどです。
後世から見ると、源頼朝は武家の貴種であり正統的カリスマのように思えますが、実際には当時から”お飾り”扱いだったのかのもしれません(もちろん相応の尊重や敬意は払われていたでしょうが)。そうでもなければ、頼朝の直系断絶後(源実朝の暗殺)、将軍位を源氏の別系統に引き継がせてもよかったのではないかと感じます。北条家やほかの有力御家人からすれば、源氏の血統を引いた征夷大将軍など邪魔だったのでしょうか……。
本書を読んであらためて「源頼朝の歴史的意義や役割てなんだったんだろう?」と思い返しました。あまりにも冷たい(と個人的に感じる)扱いはなにを意味するのでしょうか。まあ、立派なお墓があればいいってもんじゃないでしょうが。松尾芭蕉は奥州平泉で「兵どもが夢の跡」と語りましたが、源頼朝の墓所(法華堂跡)を見たときに同様の感想を禁じえませんでした。
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<補足>
吾妻鏡 (Wikipedia)
明月記 (Wikipedia)
愚管抄 (Wikipedia)
玉葉 (Wikipedia)
源頼朝 (Wikipedia)
執権 (Wikipedia)
北条得宗家 (Wikipedia)
<参考リンク>
書籍「現代語訳 吾妻鏡」 (吉川弘文館)
書籍「鎌倉幕府抗争史」 (光文社)
書籍「宝治合戦」 (朝日新聞出版)
書籍「執権 北条氏と鎌倉幕府」 (講談社)
書籍「鎌倉殿と執権北条 130年史」 (KADOKAWA)
書籍「増補 吾妻鏡の方法<新装版>」 (吉川弘文館)
Web記事「著者に聞く」 (Web中公新書)※著者インタビュー
敬称略
情報は2024年6月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。
<関連ブックレビュー記事>
本書「吾妻鏡」に関連する上町嵩広のブックレビュー記事です。
<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。
0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」
0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
0025 「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」
0026 「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」
0027 「冷戦史」
0028 「瞽女の世界を旅する」
0029 「ローマ帝国の誕生」
0030 「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」
0031 「暴力とポピュリズムのアメリカ史 ミリシアがもたらす分断」
0032 「平安王朝と源平武士」
0033 「神聖ローマ帝国 『弱体なる大国』の実像」
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(2024/12/31 上町嵩広)